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天啓

よろしくお願いします。

あれは2歳の頃だっただろうか。

お母さんが結ぶ蝶々結びを、真似してやってみたかった。でも何度やろうとしても上手くできない。

その時思ったのだ。


(ああ、こんな幼い手は、思うように動かすこともできない。不便だな。)

と。まるで大人のような思考で。



でもそんな思考はその後一切なりを潜め、私はごくごく普通の人間として23年間生きてきた。


そう。あんな天啓のようにイメージが降りてきたところで、私の日常には何の影響も変化もない。

むしろ慣れてきた仕事が面白くなってきて、仕事に一生懸命になるにつれて、そのことを思い出すことは、年を経るごとに少しずつ、減っていったのである。





あれから何年経っただろうか。


私は二児の母となり、夫と共に子育てをしながら仕事を続けている。

目まぐるしく殺人的に忙しい日々を送るなかで、ふとした瞬間、私は思い出す。

それは暖かな春の風が頬を撫でた瞬間だったり。

ふと見上げた月が白く輝いていた時だったり。


彼の言葉が脳裏に蘇ってくるのだ。


「まだ、足りないんだよ。俺たちが一緒にいるためには、もう一度、人生をやってこないといけないんだよ。」


「俺だって君と離れるなんて絶対に嫌だ。でもね、これが俺たちが一緒になる為の、最善の方法なんだよ。頑張っておいで。待っているから。ずっと、待っている。」



それはまるで、忘れたらダメだよと、優しく諭すかのように。




「こわっ」


思わず両腕を抱え込む私であった。





夫、悠人と出会ったのは、趣味のカフェ巡りをしていた時。

休日になると、お気に入りのカフェを一人でハシゴするのが楽しみだった私に、同じくカフェ巡りが好きだった悠人が声を掛けてきたのが始まりだ。

何度もカフェで姿を見かけ、一人で楽しそうにコーヒーを飲む私のことが気になっていたらしい。


意気投合した私たちは、幾度となくお気に入りのカフェで会うようになり、自然と付き合うようになった。

5歳年上の悠人は自分よりすごく大人に見えたし、落ち着いた雰囲気に安心感を覚えた。


悠人は私のことを愛してくれているし、私も悠人を愛してる。

可愛い子供たちもいる。



私は幸せ。




ある時私は改めて考えてみた。

天啓のヤツ(名前がわからないので勝手にこう呼ぶことにする)が言っていたことは、どういう意味なのか?


「まだ足りない」と、天啓のヤツは言った。

私とヤツが一緒になるために、何が足りないのだろう?

そして「もう一度人生をやってこないといけない」と言ったのは、人生のなかでその何かをゲットしなければならないということだろうか?



…そもそも私と天啓のヤツは、一緒になる必要があるのだろうか?

23歳の時、そのイメージが降りた瞬間、確かに私はヤツのことが愛しくてたまらないという、激情に襲われた。運命的ななにかだと思った。

それから○十年…もう正直言ってピンとこないのである。



まあ、それは一旦置いておいて…

なにが足りないのか。私はなんとなく、察しがついている。

ただただ日々の子育てや仕事に追われている、私に足りないもの。



ただ、それを得るのはとても難しい。




私、那月なつきが人生を送っているこの世界は、もしかしたら、天国でもあり、地獄でもあるのかもしれないと、私は思っている。

それは人それぞれの価値によって変わるのかな、と。

巨額の富や、地位、名誉を得て、幸せを感じる人もいれば、まだまだ足りない!と不幸に感じる人もいる。


家族や愛する人たちが仲良く元気に過ごして、幸せだと感じる人もいれば、平凡で自分は何も持っていないと、嘆く人もいる。


戦争に巻き込まれて、家族を失い、住むところも食べるものもない人がいる。


なんていうか、この世界で生きている全員が、安心して暮らせる衣食住とそれを維持できる仕組みと環境を作ることが、幸せになる一歩なんじゃないかと。

その土台の上で、幸せを感じるかどうかは、その人次第だけど。



そこを目指して那月の人生を送ることが、私に足りない「徳」を得る条件なんだわ。



「はぁ。…なにこの無理ゲー。」




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