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コSign  作者: 浦世羊島
18/18

18.エピローグ—愛と恋の行方

 逮捕された湯浅剛之介警視監はすべてを供述した。「ウィクトーリア」を名乗ったのは「死に対する勝利」の意味が込められていたという。彼の述懐によれば、近年同世代が他界し始め、自分の「残り時間」に恐怖を感じていたらしい。合意痴漢グループに参加したのは、たまたま乗った電車で痴漢希望と思われる女性に遭遇して味を占めたと供述した。ただ、自分の性癖が世間にバレるのは手段を選ばず防ぐ覚悟だったとも言った。

 アイグレーの殺人幇助罪に問われる、現場で被害者を囲んでいた人物特定もでき、逮捕者は歴代の連続殺人事件でも屈指の人数に達した。自殺の強要、また加古を襲った多和田茜はもちろん、恢復した品田風美も偽の痴漢被害者として逮捕された。とはいえ、茜は全身の痛みを訴えて警察病院に入院した。やはり線維筋痛症だという。犯罪に病状悪化のストレスは付き物だ。

 ジ・アンダーテイカーのメンバーは、殺人罪の三人以外はマトリの捜査で数人の逮捕者が出た。千堂瑞穂も、すでに親の威光は利用できず、篠崎さやか、千堂聡介と一緒に書類送検である。

 さやかと千堂の罪状は非常に微妙な部分が多く、検察がどこまで事実に迫れるかが焦点になった。瑞穂は単純な傷害罪で済むだろう。さやかに関しては未必の故意がどの程度の罪になるか、おそらく執行猶予にはなると思われた。ナイフ運搬と麻薬に関しては不問かも知れない。千堂は藤中組との接点がどうかだが、麻薬取締法違反だけで済めば実刑にはならないはずだ。

 殺人実行犯の矢野と陽晴そしてアンダーテイカーの二人は湯浅の殺人教唆の罪状次第で、実刑か長い執行猶予付きになるか、裁判結果を待つしかない。 

 三鷹北署長高柳は、野津たちが盗聴を公開せず、かろうじて地位を保った。二人に大きな借りを作ったが。

 警察内部的には、三鷹北署をメインとして、捜査に参加した練馬西署、立川南署のメンバーの功績が認められた。とりわけ野津と岩田は一階級昇進した。野津は警部、岩田は警視となった。彼の勤務先は本店つまり警視庁になる。乃木捜査一課長が、ぜひウチに欲しいと言ったからだ。


 「何年一緒にやったっけ」と岩田が野津に話しかける。

署の庭に出てベンチに座っている。草いきれの匂いが初夏を思わせる陽気だ。

「7年ですね。わたしが28歳で巡査部長に成りたてのときからです」

「お前はまだ結婚してなかったもんな。聞き込みで史代さんに出会ったのは翌年か?」

「そうですね。ガンさんもまだ35だったんですね。いまのわたしと同じですか」

「いつの間にか40過ぎていた。内心、結婚は無理かと諦めかけていたよ」

「警視庁勤務の警視なら、色川さんに引け目を感じずに付き合えるでしょう?」

「まあな。彼女は『肩書や収入には拘らない』と言ってはいたけど」岩田は笑顔で、 

「ノリベンの新しい相棒は吉永だろ。大卒1年目のノンキャリだが、彼は独特のセンスがあると思う。うまく育てればいい刑事になるよ。お、噂をすれば」

 吉永が笑顔で二人に近付いてきた。軽く礼をして、

「野津さん、駆け出しでご迷惑をかけますが、よろしくお願いします」と敬礼する。

「まあ、覚えることは山ほどある。やってみないと分からない仕事もあるよ」野津は微笑みながらおだやかに言った。


 加古と慶菜はゴールデンウィーク前の金曜日にディズニーランドに行った。慶菜は何度も来ているので、加古は慶菜を案内役に行動した。擦れ違う人の多くが振り返るのは慶菜の服装のせいだった。下半身の形丸出しの薄手の生成りホットパンツで、少し尻がはみ出している。出かけるときに加古が、

「凄過ぎない?」とビックリして言うと、

「アメリカなら若い子はこのくらい露出はするわよ」と平然としていた。

 二人共ジェットコースター系が好きなので、それを軸にして夕方までほぼノンストップで列に並んではアトラクションに乗った。昼食は並びながらハンバーガーを食べる。夜のパレードを見てから二人はレストランで食事をし、加古のアパートに帰った。

「脚がパンパンだ」と加古が笑うと、

「運動不足じゃない?わたしは全然平気。ほら演劇部って鍛えるからね」と擦り寄って来た。

「きょう、たくさん人に見られて、ホントは興奮しちゃったの」

「あさってはケイちゃんのご両親に挨拶しに行くんだから、ほどほどにね」

「そんなこと言って、ヨシくんだってわたしのお尻見てたでしょ」とつむじアンテナを触る。汗をかいても加古のくせ毛は立ってしまう。結局、疲れているのに2度もHした。

 

二日後慶菜がやって来て、加古の服装をチェックする。

「髪型よし。服装よし。あとはどの靴履いていくの?」

「一番新しい革靴。茶色いやつ」

「OK。白・カーキ・茶で配色もいいわ」慶菜も露出控え目のキャンパスにいるときの服装だ。

 八王子からタクシーで1500円ほどの場所に高島家はあった。京王線には近いらしいが、かなり時間がかかるそうだ。慶菜が、

「たっだいまー」と元気よく玄関に入る。加古は後ろから続く。

母親と姉と見える二人が出て来て、

「おかえり。久し振りだね」と口を揃えた。

「えっと、いま付き合ってる加古くん」と加古を前に押し出す。

「初めまして。加古と申します」とお辞儀をした。

「まあ、どうぞお上がりなさい。おとうさんは庭でゴルフやってるけど」

 案内されるまま、高島家の広いリビングに通された。父親も庭での打ちっ放しをやめて上がって来た。

「和歌山の方ですか。ご両親は先生をね。デキの悪い娘ですがよろしくお願いします」父親は柔らかい物腰の人だった。持ち土地にアパートを建てて家賃収入を得ながら、小さな会社の役員をしているという。

「ケイはマイペースだから大変でしょ」と姉の直美が笑う。

「いえ、そんなことないです。料理も上手ですし」

「わたしがおねえちゃんと一緒に小学生の時から手伝わせて仕込んだんですよ。今風の料理じゃないですけど、お口に合いますか?」と母親がニコニコしている。

「あ、はい。味付けが濃くないので関西人の僕も凄く美味しいです」加古の肩の力も抜けて来た。隣で慶菜が嬉しそうにしている。

「ご実家にお邪魔して、ホントにいいんですか?」と父親が言う。

「はい。キレイな海と食べ物が美味しいくらいしか取り柄のない漁師町ですが」

「ご家族は?」

「祖母と両親と妹です。母はもう教師を辞めています。父は小学校の校長になったそうです」

「ほう。御立派な方だ。かあさん、あれ持ってきて」と母親に言うと、何やらキッチンから紙袋を持って来た。

「少し重いけど、お土産に持って行ってください。この辺でも東京ならではの野菜が採れるんですよ。変わった物はないけど、日持ちがするのを選んだから」

「却ってすみません。僕の提案で帰省するだけなのに」

「だって、この子が何日もお世話になるんだから」と慶菜を見てから加古に目線を移す。


 岩田は3日有給を取って、色川の家に泊っていた。岩田は昇進のことを真っ先に話すと、

「え、凄い。捜査一課の警視なんてドラマや映画でしか見たことないですよ。嬉しいな」

「ドラマみたいに派手な仕事じゃないけどね。喜んでくれるならよかった」

「話はそれだけ?」と色川は暗に催促する。

「いや、真面目な話をします。付き合ってください。結婚を前提に」岩田は緊張した。

「その言葉を待っていたのよ。わたしは下の事務所を管理するだけにして、ハーフリタイヤしてもいい?ちょっと収入は減るけど、子供を産むことも考えれば暇が欲しいの」

「うん、大丈夫だよ。それほど高給取りじゃないけど、ここに住んでいいなら余裕だ。そういえば、奥の空き部屋は?」

「不思議に思ってたでしょ。子供部屋として作って置いたのよ」

「それは準備がいい。きみらしい計画的な発想だね」

「じゃあ、お願いがあるんだけど、今夜から避妊しないで」

「え?まだ結婚したわけじゃ」

「できたら籍を入れればいいでしょう?入籍が先になるかも知れないけど。ねえ、もうここに住んでくださいな。いつでも引っ越して来て。荻窪のほうが警視庁にも便がいいでしょ。あなたの家賃ももったいないし、ね」

「なんだか申し訳ないけど、そうさせて貰おうかな。オレも早く子供が欲しい」

 色川はそっと岩田の肩に顔を埋める。目尻から一筋の涙が流れた。


 史代は野津が有給を取ってゆっくりしているので上機嫌だった。岩田と勉の昇進も喜んでいる。昼間からベッドで寄り添ってテレビを見ていた。

「ねえ、話があるの」と史代が少し甘えた声で言う。

「うん?」

「あのね、部屋がもう一つ必要になるわよ」

「え?・・・」

「鈍感ねえ、できたのよ。赤ちゃん」少し恥ずかしそうだ。

「ああ、えっ!ホント?嬉しいな、昇進を待ってたみたいなタイミングだ」野津ははしゃいだ。

「1週間以上アレが遅れていたから、検査薬で調べたら分かって、きのう婦人科で確定よ」

「2LDKは欲しいよな。三鷹のマンションなら12万くらいかな」

「あのさ、いっそローンで家買わない?」史代は思い切ったように言う。

「家か。そうだな。3500万円までなら、家賃と同じくらいの支払いで買えそうだな」

「場所にもよるけど、この辺だったら、三鷹の新川とか下連雀とか。ちょっと駅は遠くなるけど。それとも武蔵小金井か田無あたりでどうかしらね」

「よし、あとでネット検索しよう。いまは史代を検索する」と笑う。

「隅々まで検索して。まだあなたの知らないわたしがいるわよ」と含み笑いをした。


 篠崎さやかと千堂聡介は、在宅起訴なので自由が制限されていたが、電話で話した。

「豊里の出世頭だったのに、こんなことになって本当に申し訳ない。罪を償ったら小さな会社でも作って大人しく暮らしたいものだ」と千堂はすっかり意気消沈している。さやかは、

「身分や収入より、あなたがわたしを選んでくれるなら、喜んであなたの子を産みたいわ」と本心から言い慰めた。

「きみには無駄に罪を犯させた。一生掛けて幸せにしたい。京くんの将来もあるし。でも、メールの内容をいじったのは何のためだ?」

「それは当然、政治家であるあなたと、わたし自身を世間から守ろうとしたからですよ。労民党党首が離婚と再婚するとなれば、マスコミに詮索されると思っていたから」

「そうか、そうだよな。いらぬ気を遣わせて悪かった。もう一般市民だから、ほとぼりが冷めれば話題にもならないだろう」

「じゃあ、結婚してくれると信じていいんですね」さやかは真剣に確認した。

「もちろん。妻は離婚調停に応じるだろうし、橋爪の遺産も入る。そう高額の財産分与は求めて来ないと思う。ここ世田谷の家は残るし、事業を起こすくらいの資産は守る。離婚が成立したら、すぐにでも婚姻届けを作ろう。男はすぐに再婚できるから」

「ありがとうございます」言いながら涙声になった。


 ゴールデンウィーク前に新幹線切符を買った加古と慶菜は、予定通り朝ののぞみに乗った。新大阪で降り、あとはひたすら在来線なのだが、早く着く方法として加古がレンタカーを提案し、実家の近くに乗り捨てできる車を借りた。帰りも同じ方法を使う予定だ。家にも車はあったが、父親に片道90分以上の送迎を頼むのは忍びない。昼は新大阪で食べた。

 実家のある街のレンタカーに車を返すと、10分ほどで家に着く。

「ただいまー」と加古が玄関で呼ぶと、母親がすぐ出て来た。

「ハイハイ、芳也おかえり。東京の彼女さんもよういらっしゃいましたね」

「高島慶菜と申します。芳也さんと同じ学科の同級生です」とお辞儀をした。

「まあ、なんだか東京の人は垢抜けていて眩しいですわ。ほんと、お美しい。さあ上がって。古い家でお恥ずかしいですけどね。おとうさん、美海、芳也と彼女さんだよ」

 上がってすぐの広い茶の間を通って、奥の空き部屋に行く。

「ここに荷物おいて、茶の間でゆっくりしてね」

戻ると父と美海がいた。

「わあ、お兄ちゃん!キレイな彼女さん連れてっ!あ、妹の美海です」と慶菜に挨拶した。

 父の達也はすでに座っており、

「東京で芳也がお世話になっとります。まあ、座ってくださいな」と笑顔で言う。

加古は高島家で頂いた野菜の袋を出して、

「お土産頂いてきたよ」と差し出す。

「おや、東京の野菜ですか。これはこれは。畑も持っておられるんですか?」

「ええ、そんなに広い畑ではありませんが、八王子という東京でも郊外ですので」

「ありがたく頂戴します。大地主で会社役員のお家だそうで。芳也から聞いて、そんなお嬢さん大丈夫かって言ったんですけどね」と満更でもない様子だ。

 加古は背中から箱を前に持ち替え、

「父さん、校長昇進祝い」と差し出す。達也は笑顔で受け取り、

「おっ、ネクタイ?見ていいか?」と箱を開ける。

「ネットにブランドの新品を安く売ってるサイトがあってさ」

「おい、シャネルじゃないか。これは高価な物を。いいのか?」

「だからほぼ半額の物なんだよ。ただし、去年のモデルだけどね」

「いやいやありがたい。オレも息子からこんなプレゼントを貰えるとは」と破顔した。いや、厳密に言うと泣き笑いかも知れない。

 寝ていた祖母も起きて来て、

「まあ、東京のお嬢さんかい。素敵な娘さんじゃあね。芳也、よかったねえ」と言う。耳が多少遠いと加古が慶菜に耳打ちすると、慶菜は声を張って、

「高島慶菜と申します。芳也さんにお世話になってます」と言った。

ばあちゃんは満面の笑みでしわしわの顔になった。

「うんうん」と呟く。


 お茶を飲みながらひとしきり話が弾み、日が傾いてきた。美海が絶対彼氏に会って欲しい。4ショットで写真撮ろうとしきりに言う。美海も大人びた顔になって来たなと加古は思った。

「ケイちゃん、海見たいって言ってたよね」加古が思い出したように言う。

「ええ、もう潮風の匂いが気持ちいいけど海辺に行ってみたいわ」

「よし、行こう。母さん、ちょっと海に出てくる」

「いいわよ。夕飯までに帰ってきてね」

慶菜は履きやすいカジュアルシューズなので砂浜も大丈夫そうだ。街や漁港でないほうの海へ出る。慶菜は何故か大きいトートバッグを抱えている。

「それ、何?」

「ま、あとで分かるわよ」といなされた。

 海辺に出ると満ち潮の時間帯だった。

「わあ!沖縄でもないのに凄くキレイな海」

「瀬戸内の端だけどね」

「海で焼けたり、泳ぐのはそんなに好きじゃないけど、潮風は大好き。浄化されるわね」慶菜はトートバッグを置き、深呼吸した。赤い夕陽が眩しく海面を彩っている。

「あのさ」と慶菜が切り出した。

「海に浄化して欲しい物があるんだ。この中身放り出させて」とトートバッグを指す。

「海に廃棄するのって本当はダメだけど、まあ今回はいいよ、危険物でなければ」

 無言でトートを持って波打ち際に行った慶菜は、バッグの中身を掴んで投げていく。それはすべて紫色の衣類だった。全部海に投げ終えると慶菜はスッキリした表情になった。

「ケイちゃん・・・」

「そうよ。わたしもバイオレットピープルメンバーだったのよ」

 振り返った慶菜の顔は逆光で見えない。海はそろそろ夕凪を迎える。


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