5.ーー遠き日の広島。祖父母たちと過ごした俺の夏休み
◇ ◇ ◇ ◇
「いつまで寝とるんじゃ。だらしない」
「――ハッ!」
眩い光に、思わず手をかざす。
薄茶の天井を背景に、俺のじぃちゃんが立派な眉毛をつり上げて、でも心配そうに俺を見下ろしていた。
「――夢、だったのか?」
身体を起こした拍子に、ヒヤリと冷たい空気が俺の背中を優しく撫でる。
身体中、じっとりと汗をかいていたようだ。
布団のシミを思わず確認する。
……よかった、汗ジミだけだ……。
そんな心配ができるくらいに、俺の思考は目覚めとともにクリアになっていった。
手の動きも確認。
グーパーグーパーしてみる。
未知の生物にのっとられたみたいだった俺の手足は、無事俺の管理下に還ってきたようだ。
「夢、だったのか……」
俺は、ボソリと呟いた。
やたらと鮮明な気がしたけれど、全部全部、夢だったのか。
「なにしとるんじゃ、光一、ばぁちゃんがご飯を作ってくれたぞ。早う来んさい」
――『光一』……!
「そうだ、遺影……! じぃちゃん、あの一番右の人って……!」
一番右、昨晩ほふく全身で迫ってきた男性を指し示す。
じぃちゃんは、遺影と俺をまじまじと見比べた。
「ほんに、似ておるの。まぁ光一も、ワシの若い頃に似てるからのぅ」
「……? どういうこと? じぃちゃん」
「……ワシの双子の兄じゃ。お国のために生命を捧げたんじゃよ」
じぃちゃんは遺影を眺めて目を細めた。
目元の深いシワに、じわりと涙が滲んでゆく気がする。
「じいちゃん、あの人の……」
名前って、と聞こうとした俺の声を遮るように、障子がすうっと音を立てて優しく開いた。
「光一、じぃちゃん、朝ごはん出来ましたよ。あらあら……じぃちゃんどうしました?」
さすが夫婦。
いの一番にじいちゃんの涙に気がついたばぁちゃん。俺もこんなふうに優しくて綺麗な奥さんが欲しい。
「懐かしく……なってしまいましたか……」
「ヒトミさんこそ……」
「……ヒトミ? ばぁちゃんってヒトミ?」
「あら、ばぁちゃんの名前、忘れちゃってたの、光一。まぁ、ばぁちゃんは、ばぁちゃんだものね」
うふふふ、と口元に手を当ててお淑やかなばぁちゃん。
じぃちゃんは、そんなばぁちゃんを見てから――双子の兄に視線を送る。
「さぞ、無念じゃろうて。洋一」
――バタン!
俺はいよいよ、腰を抜かした。
ヒトミとヨウイチ――やっぱり夢じゃなかったんだ。
「あらまぁ。光一ったら。停電したから怖くってあんまり寝られなかったのかしら。……ごめんねぇ、ばぁちゃん、ラジオの電池入れ忘れちゃって。点かなくて怖かったでしょう?」
「え……」
俺は急いでラジオをひっくり返して電池を確認……する必要もないくらい、古びたラジオは軽かった。
「最近はラジオの代わりにテレビを見るから点ける機会がなくての。懐かしいラジオじゃわい」
――バタッ!
「「――光一っ⁉︎ ――大丈夫? 光一っ」」
遠のく意識の中で、聞こえた気がした。
――真っ赤な首は、どうしたのか、と。
きっと暑さでかきむしったんじゃないか、と……。
◇ ◇ ◇ ◆
洋一、じぃちゃんの双子の兄。
ヒトミ――ばぁちゃんの恋人だったらしい。
最愛の人を失ったばぁちゃんを、洋一の双子の弟であるじぃちゃんが支える形で結婚した、というのが真相らしい。
俺は、じぃちゃんに昔話をして欲しい、とねだって真相を得た。
もちろん、昨晩の出来事は伏せたうえだ。
昨晩の出来事を赤裸々に語ることで、いたずらにじぃちゃんたちを傷つけたくなかったから。
じぃちゃんは、仲間から聞いた洋一の最期も教えてくれた。
果敢に戦地に赴き、無念にも殉職したとのことだ。
「……無念……」
あの時の声が、脳裏に響き渡る。
最期の瞬間まで、愛しいばぁちゃんを想っていた洋一。
その胸中たるや、察するに余りある。
――ヴヴー!
8月6日、
広島に原爆が投下されたその日。
戦没者への冥福を祈り、サイレンが鳴る。
「祈りましょう」
「そうじゃの」
「……うん……!」
――語り続けていこう。俺の次代に。
遠き日の広島。
じぃちゃんばぁちゃんたちと過ごした、怖くもあった、俺の大切な夏休みの思い出を……。
★☆謝辞☆★
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本当に、本当にありがとうございます。
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