幼馴染だから
「莉緒、あの幼馴染君とはどうなったの?」
学園祭が終わってから1か月くらいが経過していた。
私が所属する吹奏楽の部活の休憩時間の事。
友人である言葉 詩織と話していた。
話題は学園祭の時のこと。
あの光輝のお姫様抱っこのせいで、光輝との関係を邪推されていた。
幼馴染なのは詩織は知っているけど、中学の頃はあんな感じじゃなかったから余計に怪しいらしい。
「どうにもならないわよ。何度も言ってるけど光輝とは幼馴染だからね?」
そうは返すけど納得してくれない。
詩織は私の返事に明らかに不満そうだ。
「公衆の面前でお姫様抱っこされておいてよく言うわよ。皆競技そっちのけでみてたよ」
「あ、あれは……!光輝が降ろしてくれなかっただけで……」
確かに光輝から付き合いたいとはっきり言われた。
はっきりと光輝とは付き合えないと伝えているけど。
そもそも今までそんな素振りは見せなかった。
私が鈍すぎて気づかなかっただけかもしれないけれど。
先日の学園祭のお姫様抱っこもそうだけど、付き合いたいといわれてから光輝はかなりわかりやすく行為を伝えてきてくれるようになった。
帰りを誘われたり、お出かけのお誘いだったり。
今も所一度だって受けたことはないけれど。
「そもそも弟みたいに見てるから付き合えないってはっきり断っているのよ?進展も何もないでしょ」
「けど伝えたら逆に男に見て貰える様にこれから頑張る。莉緒に好きになって貰いたいって返ってきたんでしょ?」
「そうだけど……」
光輝が本気で私を好いていてくれているというのはあの告白以降も猛アピールしてくれているからわかる。けど私はどうしても光輝を恋愛対象としては見れない。
「一途で可愛いじゃない。最近はよく帰り誘われてるし。一度くらい一緒に帰ってあげたらいいのに」
「……あそこまで言われると悪い気はしないけど、やっぱり先に来るのって男っていうより、私を慕ってくれている可愛い弟なんだよね。そうしか見れてないのに、変に気を持たせちゃうのって光輝に悪いきがしてできないわよ」
「ふーん。……つまり弟みたいな子だけど、あんな感じで一途に来られて莉緒も満更ではなく、できたら気持ちにきちんと応えたい、と」
「……そんなこと一言も言ってないんだけど」
実際悪い気はしていない。
お姫様抱っこも目立ちはしたけど、してきた相手が光輝だからか別に嫌ではなかった。……悪目立ちしたこと以外は。
光輝が私をからかってる訳じゃなく、本気で付き合いたいって思ってくれてるのは分かる。
けど、わざわざ年上の私じゃなくても身近に可愛い子はいるだろうし、そもそも一時の気の迷いではとも思う。
私が付き合ったのは、光輝がクリスマスに目撃した同級生の男の子だけ。
図書委員で一緒になり、話すようになって告白され付き合いだしたけど、付き合って一か月がたったころに彼の浮気現場を目撃してしまいそのまま別れた。
彼曰く「私といてもつまらない」ってことらしい。
他にも連れて行かれた合コンでも、ノリが悪いとか言われる始末。
どうも私には恋愛自体が向いてないみたいだと気づいた。
「光輝とは幼馴染でしかないから、詩織が思うような関係にはならないわよ。お付き合いとか考えてないもの」
「えー、そんなのつまらないわよ」
「面白がらないでよ……」
だから光輝と付き合うなんて絶対にないよ。
……だって関係壊したくないもの。
そう決意した数日後の事。
私が家でテレビを見ていると光輝が家にやってきた。
私と光輝の家は両親が仲がいいからそもそも家に行き来がわりと頻繁だった。
光輝の受験とかがあったから、私と光輝の交流がなかっただけで、親同士は度々外食をともにしたりしていた。
ちなみに今は家に私一人だけ。
「話が話があるんだけどいいか?」
「何か用?」
「夏休み入ってすぐなんだけどさ。俺と莉緒の両親旅行行くだろ?」
「らしいね。私は部活があるからって断ったけど」
「俺もそれで断ったんだけどさ。その……、その日晩御飯一緒に食べない?というか一緒させて欲しいんだけど」
要するに晩御飯を作れないから、私に作ってと言いたいらしい。
光輝が料理しているところは見たことないから、多分私がこれを断れば光輝のその日の晩御飯はカップラーメンにでもなるんだろう。
……仕方ないか。
「いいわよ。その日くらいなら。あんまり期待しないでほしいけど」
大層なものは作れないけど、多分カップラーメンを食べるよりはましだと思う。
私が了承すると光輝はぱーっと顔を輝かせた。
「莉緒が作ってくれるなら何でも嬉しいから!いや、ほんとにありがとう」
何がそんなにうれしいのか、顔を綻ばせている。
過去の出来事から恋愛にいい感情を持っていない私からすればよく分からない。
まぁ、こういう冷たいところがつまらないって言われるのかもしれないけれど。
まぁ、幼馴染だしほんとにたまにならいいかな?
夏休み。
今日は莉緒の家で一緒に晩御飯を食べる約束をしていた。
互いの両親は一生に温泉旅行に行っていて不在。
つまり莉緒と二人切るなわけだけど、だからと言って手を出そうとは思わない。
そもそも今までご飯を一緒にと誘っても、全部断られていた身だ。
しかもお姫様抱っこの件以来、莉緒の俺への警戒度が上がった気がする。
莉緒に対してはグイグイ行き過ぎるのも駄目だなと最近考えてる。
「いたっ」
俺がリビングでテレビを見ながら晩御飯を待っていると、キッチンのほうから莉緒が痛いと声をあげるから何事だとキッチンに入る。
どうも指を切ってしまったようで、人差し指から血が出てた。
パッと見ではそこまで傷は深くないから絆創膏で事足りるだろう。
「血でてるじゃん。ちょっとこっち来てくれ」
リビングに莉緒を連れ出し、ソファーに座らせて、持ってきた救急箱から消毒液と絆創膏を取り出して手当を始める。
「そんなに大した傷じゃないわよ」
「菌が入ったら大変だからキチンと手当しとかないとダメ。痕残っても駄目だし。……はい、できたよ」
「あ、ありがと……」
手当を終えた莉緒がキッチンに戻っていく。
俺も料理できないながらも何か手伝えないかなとキッチンに向かう。
「あのさ、俺も何か手伝えることある?」
「じゃあ、そこのサラダ手でちぎっておいてくれる?あと、キュウリきっておいて」
「わかった」
俺がキュウリを切り始めるとなぜか莉緒が見てくる。
なんか気になることあるのかな?
「莉緒、何か気になるの?」
「私、光輝は全く料理できないんだと思ってたんだけど、少しくらいはできるんだって思って。切り方、なんか手馴れてる感じがしたから」
料理をするかしないかで聞かれると、しないほうだ。
だけど両親が仕事で家を空けていたりすることがあるから、そういう時は時分でチャーハンを作ったりはする。カップラーメンばかりでは飽きるから。
「ある程度は。ただほんとにたまに作る程度だから、莉緒みたいに上手には作れないよ」
「そうなのね。私、今日誘われたとき光輝断ると晩御飯カップラーメンになるのかなって思って承諾したんだけど、もしかして別に気遣いいらなかったかしら?」
「い、いや、俺的には莉緒の作った料理が食べたかったから。そもそもずっとご飯一緒に食べてみたかったし」
俺がそういうと莉緒が暗い顔をする。
あれ?なんか変なこと言ったかな?
気分害したか?
「……私なんかの何がいいのかわからないけど、一緒にいてもつまらないわよ。私、恋愛事向いてないから、付き合うつもりほんとないし。光輝の気持ちは嬉しいけど……」
「じゃあ、今度出かけよう二人で」
「……?」
莉緒がいきなりの俺の提案に首を傾げた。
いきなりすぎて多分何言ってるんだと思われてる。
けどさっきの莉緒の発言でなんとなくわかった。
多分莉緒は恋愛に対していい感情を持ってない。
だから今まで俺がどんだけアピールしても素っ気ないんだ。
以前付き合った人には浮気されたと言っていたし、さっきの一緒にいてもつまらないというのも、もしかしたら似たようなことを何度か言われたことがあるのかもしれない。
言った男は馬鹿だとは思うけど。
「莉緒と一緒にいてつまらないなんて思ったこと一度もないよ。けど……、俺の気持ちが莉緒にとって迷惑だったらどうしようかと思ってたからさ。嬉しいって言われて嬉しかったよ。……けどさ、俺とは付き合えないって最初から線を引くのは止めてほしい。幼馴染としてじゃなくて、板橋光輝っていう一人の男として見てほしい」
「……」
俺はまっすぐ莉緒を見据える。
莉緒は逡巡した後口を開いた。
「光輝が好意を持ってくれてること自体は悪い気はしてないから。……わかったわ。今度部活の休みが被るときに出掛けましょ」
「マジで?!」
「マジで。……じゃあ晩御飯できたから食べましょう」
断られると思っていたらお出かけの誘いもOK貰えた。
誘って一か月。やっと莉緒とデートできる。
その日はかなり気分がよかった。
……どうしてだろう?
自分のベットに横たわって、今日の出来事を振り返っていた。
光輝と晩御飯を一緒するという約束をしていたから、今日は一緒に食べた。
作っている最中に指を誤って切ってしまい、思わず痛いと声を上げると光輝が駆け寄ってきて手を引いてリビングまで連れていき手当してくれた。
大した傷じゃないと訴えてみたけど、痕が残るのは駄目だと聞いてくれなかった。
心配してくれているのは伝わってきたし、私を女の子扱いしてくれるんだと少しうれしかった。
光輝には絶対言わないけど。
私と一緒にいてもつまらない、私には恋愛事に向いてないし光輝とは付き合えないと言うと、光輝が少しむっとした顔をした。
すぐに笑顔を浮かべてお出かけに誘われたときは困惑した。
話の流れ的に誘われると思わなかったから。
最初から付き合えないと線を引くのは止めてほしいと言われた。
確かに私は光輝が幼馴染で弟みたいな存在だから男としては見れない、付き合えないと光輝を見ようともしないまま決めつけていたかもしれない。変に気を持たせると悪いからと、遠のけていたかもしれない。まっすぐに私を見つめる光輝の目は本気だった。
少しだけ向き合いたいと思った。
だからお出かけの誘いを受けた。
「……私、結局どうしたいのかしら?」
今日は部活は休みの日だ。
光輝も部活はないと言っていたから、この間約束していたお出かけに二人で行くことになった。
出かけ先は光輝が考えるから楽しみにしておいてくれと言われて完全に任せた。
だから今日は私が光輝についていく形のお出かけになりそう。
一人の男として見てほしいと言われてから、変に考えるようになったけど、見かねた光輝がそんな難しく考えなくていいから、普通にお出かけするだけって思ってくれたらいいと言ってくれたから、今日はあまり深く考えずにお出かけを楽しむことにした。
「ごめん、待った?」
一応幼馴染とか弟としてではなく一人の男として見てほしいと言われたからデートのつもりで服装とかは整えてきたつもり。
時間ギリギリまでセットしていたおかげで少し待ち合わせに遅れてしまったけど。
「待ってないよ。……莉緒の私服可愛いね」
「じゃ、じゃあ行きましょうか」
少し遅れて待たせてしまったにも関わらず、光輝を嫌な顔をするどころかフォローしてきてくれた。
私服が可愛いと褒めてくれたけど、いまいちどう返せばいいかわからずスルーした。
こういうときって普通にありがとうでよかったのかな?
こんなことにすら対応に困ってしまうあたり、やっぱり私には恋愛は向いていないんじゃないかと思う。
「今日は結局どこに行くの?」
「莉緒が行きたいっていってるカフェと、服を見にショッピングモール」
「私、光輝にそんな話した覚えないんだけど……」
普段何をしてるとか、趣味の話とかそういったことは一切話したことがない。
どこで知ったのと怪訝に思っていると、光輝が「おばさんから聞いた。莉緒と今度出かけるんだって言ったら、ここ行きたいって言ってたわよって」
……なんで教えちゃうんだろ?
というか、今度出かけるとかそういう情報をお母さんに教えるのやめてほしい。
絶対お母さん勘違いしてるし、面白がってるよね?
他人事だと思って……。
「……じゃあ、光輝の事荷物持ちにしてもかまわないのかしら?」
過ぎてしまったものは仕方ない。
だから買い物に付き合ってくれるというなら、付き合ってもらおう。
「まぁ、服見に行く時点でそうだけど。莉緒が行きたいところに行ってみたいんだよね。あんまりさ、趣味の事とか話したりしないだろ?だからどんな食べ物が好きとか、どんな服が好きなのかとか知りたくてさ」
光輝が私を見て笑う。
私が行きたいところなんて絶対楽しくないと思うんだけど。
ショッピングなんか特に。服なんて男の人が見ても全然楽しくなさそうだし。
カフェも甘いものが嫌いなら、多分光輝には合わないし。
「あ、莉緒危ない」
そういって私の手を引いて体を胸に引き寄せる光輝。
直後私が歩いていたすぐ近くを自転車が結構なスピードで走り抜ける。
「危ないな」と呟きながら、光輝は私から離れた。
「いきなり引っ張ってごめん」
「う、ううん。ありがと……」
引っ張ってくれた手は私のより一回りも大きくて、触れた身体は流石運動部といったところかがっちりとしていた。
しかもさりげなく歩いていた位置を交代して私が内側に行くようにしてくれた。
……光輝ってこんな気遣いできたんだ。
小さい頃はよく手を引いて歩いてたのに。
しばらく歩いて電車に乗り市街地へ。
私がずっと行きたがっていたカフェの前に到着した。
光輝が予約を取っていてくれたらしくすぐにお店の中に入れた。
「凄く美味しい」
「それなら頑張って予約した甲斐があったよ」
やはり人気店。予約もとるのも大変だったみたいだ。
わざわざ私のために…?
「……」
カフェを出た私たちが次に向かったのは、近くにあるショッピングモールだ。
服をいろいろ見て回っては試着したり買ってみたりする。
全然楽しくないと思うのに、光輝はなんだかんだ楽しそうに笑ってる。
持ってもらうのが申し訳なくて買った服は持つからと言ってみたけど、光輝は頑なに持つからと譲ってくれなかった。
「私ばかり好きな店見てるし、光輝も何かみたい店あったらみていいわよ。ついていくから」
カフェにしても服にしても今日は私の買い物ばかりで、光輝は一切自分のものを見ていない。
流石に気になり始めてくる。
「いや今日は莉緒の買い物に付き合ってるし、そもそも莉緒が普段どんな店を見てるかとか知りたかったから。俺はいいよ」
何て返ってくる。
それを聞いて私はフェアじゃないと思った。
「そんなのってないわ」
「え……?」
光輝が私に向き合ってほしいといった。
だから私は少なくとも今日光輝のことを少しでも知れたらと思ってた。
なのに私のことばかりで、光輝は何も教えてくれない。
そんなのフェアじゃないと思った。
「えっと……、私だけが光輝の事全然知らないのってフェアじゃないし、向き合ってって言ったのは光輝でしょう?私だって少しくらい光輝の好みとか趣味とか知りたい……」
「……そっか。ごめん」
光輝は少し考えてから恥ずかしそうに口を開いた。
「俺、猫が割と好きでさ。写真集とか買って眺めるのとか好きなんだよ。……あんまり男っぽくない可愛い趣味してるから言いにくくて」
意外とかわいい趣味してた。
それなら一緒に楽しめるかも。
「猫カフェとか行かないの?」
「あの可愛い空間に男一人で行くのはちょっと……」
確かにああいうコンセプトカフェって女の人多いかも。
そこん五男一人は目立つし行きづらいかもしれない。
それならと提案してみた。
「じゃあ、また今度猫カフェ行きましょ」
「え……、行ってくれるのか?一緒に」
「今日は私の買い物に付き合ってくれたし、今度は私が付き合うわ。別に猫嫌いじゃないし」
カフェの予約も頑張って取ってくれたみたいだし、今日も買い物に付き合ってもらってる。
服なんか一人では少し持つのが大変かもって量を買って持たせてしまっているし、猫カフェに行くくらい付き合ってあげようと提案してみたら、予想以上に光輝が喜んだ。
よほど猫が好きらしい。
顔が綻んでいるのを見て何となく嬉しい気持ちになった。
「ただ今日はもう帰りましょ。荷物いっぱいだし、猫と遊ぶならスカートじゃなくてズボンがいいし」
「あ、あぁ!また出かけようぜ」
猫そんなに好きだったんだと意外な一面に、私って幼馴染だけど光輝の事全然知らないんだなって思った。猫が好きなことは本人隠してたっぽいけど。
別に笑わないんだけどな。
人の趣味なんて自由にすればいいと思うし、それをとがめる理由も咎められる理由もないと思う。
そもそも今時男の人でも猫好きは結構いると思うし、そんなに恥ずかしがることないと思うんだけど。
「いや、莉緒から猫カフェ誘ってもらえるとは思わなかったな。すげーうれしい」
なんて満面の笑みでいわれると調子が狂う。
私は思わず光輝から目を逸らした。
「……」
この日は今度は猫カフェに行こうと約束して帰った。
結局夏休みはこの日以降休みが合わなくて、結局猫カフェには行けずじまい。
まぁ、そんなに急がないし機会があれば行けばいいやと思い直した。




