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第一章その4 カップル結成?

「姉ちゃんは僕よりもひとつ上だ。僕が4歳の頃に父さんの仕事の関係でカナダのモントリオールに引っ越して、それからずっとカナダで過ごしてきた」


 ドリンクのボトルを締め、ベンチに座り込む晶。傍に立っていた多香音は何も言わず、じっと耳を傾けていた。


「最初はどんなきっかけだったかも覚えていない。とりあえず僕たちはスケートを始めて、10歳からは姉弟でカップルを組んでアイスダンスを始めた。毎日が楽しかったよ、練習すれば上達が感じられるし、いつもいっしょにいる姉弟だからこそ息の合った演技もできる。何より表彰台に立つ喜びは何物にも代えがたい。泣きたくなるくらいの練習があっても、この一瞬のためならどんな苦労も報われるって思えた。もっと上へもっと上へって、姉ちゃんと僕はアイスダンスの虜になった。そしていつかオリンピックで金メダルを取ってやろうって」


 腕を組んでいた多香音の指先がぴくりと震える。彼女自身も小学生の頃とはいえ世代の頂点に立った経験があるだけに、晶と姉が如何に向上心を燃やしていたか、身をもって理解していた。


「けど1年前の2月、カナダジュニア選手権が終わってすぐ後のことだった。練習中にリフト失敗して、ふたりとも怪我してしまったんだ。残りのシーズンすべて棒に振るくらいのね」


 話しながら晶は視線を床に落とした。


 金属製の刃に乗って高速で滑走するスケートでの事故は、目も当てられない惨劇になることもあり得る。特にふたりが接近して滑走するアイスダンスでは、衝突はもちろんシューズのブレードがパートナーの皮膚を切り裂くといった事例も絶えない。


「僕はなんとか復帰できた。けど、姉ちゃんは……」


 言葉に詰まる晶から、多香音はそっと顔を逸らした。話さなくてもいいと、サインを送っていた。


「ありがとう。カナダではメディアからも注目されていたからね。姉ちゃんはスケートから離れたいと、実家のある日本に戻ってきたんだ。僕も姉ちゃん以外の人と組むなんて考えられなかったから、いっしょにね」


 苦笑いとともに首をもたげる晶。多香音も再び視線を向ける。


「最初はそれでいいと思っていた。姉ちゃんといっしょじゃなきゃダメだ、たとえオリンピックで金メダルを取っても意味が無い。でも時間が経って冷静になると、また滑りたい、氷の上でスピンしたいって欲求が、どこからともなく湧き出してくるんだよ。遅すぎたけど日本に戻って改めて実感したんだ、スケートは僕の生き甲斐そのものだったんだってね」


「そんな時に、都合よく私が現れたと」


 ようやく多香音が口を挟む。晶は無言で頷いて返した。


「要するに、私にお姉さんの代わりをさせたいってこと?」


 切れ長の目をじっと細めながら言い放つ多香音に、晶はベンチから立ち上がって「ごめん」と向き直る。


「自分勝手な野郎だとは思ってる。けど僕はアイスダンスを続けたい。あの時みたいにもう一度表彰台に立ちたいんだ」


 まっすぐに見つめ返す晶。その目にはくすぶり続ける彼の情熱が宿って燃え上がっていた。


「清々しいまでに正直者だね、あんた」


 その静かな熱量に言い返す気力も削がれたのか、多香音はわざとらしく大きなため息を吐いて応える。だが直後、口角だけをにっと吊り上げ、「わかった」と返したのだった。


「なってあげる、あんたのパートナー」


 口を開けたまま固まる晶。数秒置いて、ぱあっと表情が崩れる。


「ほ、ホントに!?」


 喜びに目を輝かせる晶。今にも興奮で抱き着いてきそうな相手を、多香音は「でも勘違いしないで」と手のひらを突き出して制する。


「私がお姉さんの代わりを務めるんじゃない、私がまたフィギュア界の頂点に立つために、あんたを利用するだけ。つまりあんたは私がトップに返り咲くための踏み台、その点は絶対に忘れないように」


 念押しする多香音の顔は、口元は笑っているものの、その目は悪巧みでも画策しているかのように不自然なほど吊り上がっていた。こんな極悪顔の人間、近寄りがたいどころか目に入っただけでも普通の人ならさっさと逃げ出してしまうだろう。


「もちろんだとも!」


 だが晶は伸ばされたその手をつかむと、強く握り返して承諾する。


 そんなふたりのやりとりを、さっちゃんこと長谷川小夜子はリンク脇の少し離れた位置から見守っていた。


「カップル成立……なのかな?」

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