時空を越えて貴方に伝えたい。〜未来からの手紙〜
過去は変えれる。そう信じるから私は貴方に未来から思いを届けます。
過去に向けて連絡が出来る技術が開発され、商業化された時、貴方は誰に思いを伝えたいですか?
読み終わるとほんのりと幸せを感じられるような物語です。
僕は、俗に言うコミュ症なのだと思う。
ただただ、一人の方がとにかく気持ちが落ち着くのだ。
勿論、ラインやフェースブック、インスタなどのSNSを使って発信するなんてとんでもない。でも、世間に置いていかれないようにたまに読み逃げはしているのだが……。
人と繋がりたくないのに、それでも必要最小限は、繋がっていたいという気持ちが見え隠れする。そんな自分がとても嫌いだった。
二月の第二土曜日。
僕は、午前三時に家を出発し、神奈川県葉山の森戸海岸に来ていた。
この時間の高速道路はとても快適でゆったりとした時間が流れていた。
予定より三十分程早く到着した僕は、自動販売機で買った熱いコーヒーを両手に持ち、潮騒の音を聞いていた。
防寒対策をしているものの、外は痺れるような寒さだ。
時折吹いてくる潮風が体全体を震えさせた。
僕の唯一の趣味が写真撮影だ。
写真は一人で自由にやることができる。
どこに行く?、いつ行く?、何を撮る?などもこれらを全て自分で決めてやればいいのだ。
今日の撮影についても、一週間前から天気予報をチェックして計画を練っていたのだ。
これから始まるであろう幾十もの色彩が混じった空が刻々と変化していく情景を撮影出来ると思うと僕の心は踊っていた。
冠雪した富士山にピントを合わせ、スローシャッターを切っていく。
三脚で固定したカメラの液晶には、僕の背面から上る朝陽を受け、ピンク色に輝きはじめた富士山と江ノ島、そして、穏やかな水面が映っていた。
無我夢中でシャッターを押す。
少しずつ構図も変え、色温度も変えていく。
そうしているうちに、僕が狙っていた何重もの色に包まれた空の色はあっという間に姿を消してしまった。
陽が 昇ってしまうとあの不思議な色はもう二度と現れない。
僕は、カメラを三脚から外しリュックにしまうと早々と撤収にとりかかった。
リュックを背負い、右手に三脚を抱えながら砂浜を歩く。
そして、波で濡れた石段を登るともうそこは森戸神社だ。
森戸神社の境内に入った僕は、リュックからサイフを出し、10円玉を手に取りだした。そして、賽銭箱のど真ん中に10円玉を投げ込み、鈴を鳴らす。
丁寧に二礼二拍手一礼を終えた僕は、父から借りた車を止めている駐車場に向かって踵を返えそうとした時、賽銭箱の横の石段に一通の手紙が置いてあることに気づいた。
「貴方へ伝えたいこと」
手紙には住所は書いておらず、ただその文字だけが書いてある。
切手の部分には見たことの無い幾何学模様の印刷がされている。
いつもなら全く気にせず無視して立ち去るのだが、何故か吸い寄せられるようにその手紙を手に取った。
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私を助けてくれた貴方へ
初めまして。
そして、この手紙を手に取ってくれてありがとうございます。
絶対に読んでくれると思っていました。
今から大事な事を書きます。
これは嘘ではありませんし、いたずらでもありません。
とにかく信じてください。
私は貴方が信じてくれることを心から願いこの手紙を書いています。
貴方は、今日、二月十三日の午前七時三十五分に事故に遭います。
自転車に乗った女子高生が踏みきりで立ち往生しているのを見つけた貴方は、車から飛び降り、遮断機をかいくぐって助けようとしますが、彼女を助けた後、反対方向から来た快速電車に轢かれ命を落としてしまうのです。
貴方の勇敢な行動のおかげでその女子高生は死なずに済みましたが、八十二才になった今でも、彼女は毎日それを悔いていました。
「私がぼんやりしながら踏切に入らなければ、あの人は死なずに済んだのに……」
少女から大人へ、そして老人になっても、何かにつけて彼女はいつもこの言葉を発しているのです。
だからお願いです。
踏切で立ち往生している彼女を見つけても無視してください。
彼女は、その事故で自分が死ぬ方が、逆に長く苦しまずに済むのです。
昨年、過去に手紙を送る技術が開発されたニュースを聞き、私は今か今かと待ちわびていました。そして、つい先日漸く商業化されたこの「時空間レターシステム」を使って、この手紙を送っています。
ただ、まだ技術的には未熟なことが多く、宛先を人にすることは出来ませんでした。だから、私は、私が事故にあったこの日の午前七時に森戸神社に届くように依頼したのです。
なぜ、森戸神社だと分かったのか?
貴方は不思議に思っていますね!?
事故の後、私を助けてくれた貴方のご家族へ、私は自分の両親と共にお詫びに伺ったのです。
そこで、その日、事故に遭う前に、貴方が森戸海岸で撮った写真を拝見させていただきました。一目見て、とても素敵な写真だと感じました。
貴方に対して申し訳無い気持ちで一杯だった私の心にこの写真の美しさがどっと入り込んできました。
その時、私は不覚にも感動を覚えたのです。
だけど、それはすぐに、更なる後悔へと変わりました。
こんなに素敵な写真を撮る貴方を私が死なせてしまったと……。
話が逸れてしまいました。
何故私がこの手紙の宛先を森戸神社にしたかもうお分かりになったと思います。
繰り返します。
どうか、これから帰路に着く貴方が、踏切で立ち往生する女子高生に遭遇しても、貴方は絶対に車から降りないで下さい。
絶対に!!
そうでないと貴方は死にます。
そして、私は一生その後悔を背負って生きることになるのです。
宮村和孝 様
高梨優佳
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なんだ、これは、、。
僕は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
背筋、いや体全体がしびれているような感覚だ。
この手紙はなんなんだ。
本当なのか?
僕は、まだ信じられない気持ちでいた。
だが、確かに自分に宛てた手紙だった。
何より、僕の名前が書かれている。
早速スマホで地図アプリを立ちあげる。
これから僕が通る道に踏切は・・・、そうだ、あそこに一箇所確かにある。その踏切なのだろうか?
あまりにも不可思議で思考が定まらない。
本当にそうなのか?
ただでさえ人と交わりたくないといつも思っている僕が人を助ける?そして、助けた人の代わりに自分が死ぬ!?
僕は、まだ半信半疑のまま上着を脱ぎ助手席に置くと、エンジンをかけナビを自宅に選択した。
ルートは高速を通るものと一般道を通るものだが、どちらにしてもその踏切は通ることになっている。
僕は、高速を通るルートを選択し、車をゆっくりと走らせた。
漁師だろうか?年季の入った軽トラを運転しているのは、黒々とした顔の老人だった。しばらくの間、僕の前をマイペースで走っていた軽トラはゆっくりと海辺の方へ曲がっていった。このままゆっくりと僕の前を走ってくれれば、予告の時間通りに着かないのに……。
さらに走らせるとドラッグストアが見えて来た。店の前には、商品を積んだトラックが搬入口に止まって渋滞となっている。このまま、渋滞が続けば……と思っていたら、何故かいきなりスムースに走り出した。どうやら路肩に止まって道を塞いでいたトラックが店の駐車場に入ったようだった。
やはり、どんなことをしようとも予告通りの時間に僕は例の踏切に着くことになるのだろうか……。
そして、ドラッグストアを通り越した辺りから、少しずつ徒歩や自転車に乗った学生の姿が目に入り始めた。
今日は土曜日だが、何かイベントでもあるのだろうか?
それとも部活に行く生徒なのだろうか?
僕は、学生服を着た生徒達を見た時から、額から冷や汗が流れているのを感じていた。
そうだ、もう少し行くと右手に有るファミレスでいっそモーニングでも食べ、時間をずらせばいいんだ。
一瞬そう考えたものの、そんな事をすればその女子高生は死んでしまうではないか。
ただ、その彼女が、未来から強い願いとして僕に手紙を届けてきたことを考えると僕は、一体どうすればいいのだろうかと悩んでしまう。
勿論、それは、自分が死にたくないという弱い気持ちも関係しているのだが……。
そのファミレスに近づいたところで信号が赤になった。
僕は、ちらっとファミレスを見ると息をのんだ。何故なら、窓硝子に、「本日、社員研修の為、臨時休業」と大きな張り紙が貼られているのが見えたからだ。
やはり、僕はどんなことをしようとしても、結局、その踏切に近づいて行くのではないだろうか!?
やはり過去は変えられないのではないだろうか?
後ろの車からのクラクションで、はっと我に返った。
もう僕の中で迷いは無くなっていた。
僕がその女子高生を助ける!
助けるしかないんだ!!
「カンカンカンカン」
踏切の手前で、一次停止をした瞬間に、急に遮断機が音を立て始めた。
ここは、名越坂第三踏切。
ナビで確認していた帰宅路においての唯一の踏切。
やはり、あの手紙に書かれていたようなことがこの踏切で起きるのだろうか?
僕の目の前をゆっくりと遮断機が下りていく。
突然、犬の散歩をしているおじいさんが慌て始めた。
僕は、踏切内を凝視する。
すると、倒れた自転車と女子高校生の姿が見えた。ペダルが線路のくぼみにはまり込んで抜けず、その自転車の下敷きになっているようだ。
僕は、シートベルトを外すと車から飛び降りた。そして、踏切の非常信号のスイッチを強く押す。
次に、右手に持った発煙筒を発火させた。赤白い煙がモクモクと沸き立つ。それを力の限り電車が来る方向に向かって放り投げた。
そして、遮断機を潜ると自転車の下敷きになっている彼女まで走って近づき、彼女の両脇に腕を入れ、力の限り引っ張った。
一瞬、目と目が合う。
彼女はショックで青白い顔をしていた。
目には涙が溢れている。
右を見ると、もうすぐそこまで電車が近づいていた。
そして、左を見ると快速のプレートが付いている電車が急ブレーキをかけるところだった。
僕は、本来ならば、彼女を助けた反動で反対側の線路に転がってしまい、その結果、この快速電車に轢かれて命を落とすことになっていたのだろう。
だが、僕は彼女を抱きしめたままその場に蹲っていた。
「ギィーーーーーーーーーーー」
電車が急ブレーキで悲鳴を上げている。
「きゃぁー!!」「ぶつかる!!」「危ない!!!」「助けて!!!!」
多くの悲鳴が発っされた瞬間、、、
電車は、僕と彼女の一メートル手前で急停止していた。
「大丈夫!?怪我は無い?」
彼女は、ショックで、まだ言葉を発することが出来ないようだ。
「良かった。本当に良かった」
自分も彼女も死なずにすんだこと、それを自分が成し遂げたことで、僕は少なからず興奮していた。
実は、冷静に対応出来たのは、未来からの手紙のおかげだった。
この踏切で事故が起きる事を信じた僕は、車を走らせる前に、スマホでこの踏切の非常信号のスイッチの位置を確認し、車の助手席に付いている発煙筒を外し、すぐに持ち出せるようにしていたのだ。
もしかして、たったそれだけのことで、過去を変えることが出来たのだろうか? いや、逆にたったそれだけだったからこそ未来に歪みを起こすのを最小限にできたのかもしれない。
「高梨優佳さんだね!?」
「えっ!?何故、私の名前を・・・?」
彼女は、目を見開いて僕を見つめている。
「ほら、これだよ」
僕は、未来から来た手紙をもう一度開いた。
するとどうだ。
手紙に書かれていた文字が一文字ずつゆっくりと消えはじめたのだ。
ゆっくりとゆっくりと、、綺麗に書かれていた文字が消えていく。
未来から来たという手紙は、目的を果たすと自動的に消えていくのかもしれない。
彼女は信じられないという表情で、その手紙を見ている。
そして、僕の腕の中で意識を失った。
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宮村和孝 様
先日は、大変お世話になりました。
そして、私が送った手紙を信じてくれて、本当に感謝致します。
今回は、貴方自身にこの手紙を送ることが出来ました。
時空間レターシステムは日々進化しているようです。
あれから、私の日々は幸せの毎日でした。
あの事故からすぐに行われた卒業式では、生徒代表で卒業証書を受け取りました。本来ならば、貴方を事故で亡くし、鬱屈した日々を送ることになっていたのに、残り少ない高校生活を友人達と楽しめたのは、貴方のおかげです。
その後、私は、貴方が通っていた大学に合格し、今思い出しても、甘酸っぱいけど心地よい学生生活を送ることが出来ました。
貴方は、とても素敵な人です。
何より心が温かいのです。
人と接するのは正直言って下手だったけど、そんな貴方がいたからこそ私は生きているのです。どうか自信を持って下さい。
あの事故を思い返すと、何年経っても怖くて涙が出て来ます。
どうやっても自転車が抜けない。電車が少しずつ自分に近づいてくる……。
もはや絶望しかない状況の中、貴方が私を救い出してくれたのです。
あれだけ、踏切に入っては駄目だとお伝えしたのに……。
でも、貴方は来てくれた。
そして、見事に私を助けてくれた。そして、何よりも貴方が生きていること、、それこそが、私の幸せなのです。
それからの貴方は、私と同じ時間を過ごしてくれたのですから、この「時空間レターシステム」を誰よりも早く使って良かったと心から思っています。
もうこれ以上、未来のことは書きません。
ただ、あと一つだけ……。
貴方はこれから少しずつ変わっていきます。
そして、いつも貴方の近くにいた彼女と結婚し、子供にも恵まれ、孫達にも慕われる素敵な人になります。
そう、貴方には素敵な未来が待っています。
この度は、本当にありがとうございました。
貴方が信じてくれたことが何より私には嬉しいのです。
でも、これからは、どうぞ無理をしないで下さい。
本当にありがとう。
宮村優佳
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終わり(神奈川県葉山町森戸海岸)