サクヤ
「そうですか..殿下も行くんですね..」
「ああ。ヨルアはクロガネに伝えたい事はあるか?」
「えっと..いえ、会ったら自分で伝えます」
傷が癒えた殿下が尋ねてきて各地の近況を教えてくれた。
デルハド帝国とモルド連合国の国境線でも戦闘があったがどうにか撃退に成功したそうだ。
現在も散発的に襲われる事はあるが防衛線は維持している。
ただ、これから冬に突入していくことで攻勢に出るのは難しい。
各国で話し合っているが攻勢は雪解けを待ってからになるだろうとの事だ。
それまでの間は防衛が主軸となる。
帝国側は獣人族と鉱人族の援軍が来ているが、ローグラント側には鬼人族が援軍に来る。
近日中にはバーレンに到着するようだ。
「邪魔をしたな。こっちも十分に気をつけて。何かあればすぐに知らせてくれ」
「はい。殿下もご無事で..」
話し終わったレインは家のドアを開け、外に出る。寒さに顔をしかめつつも歩き出すと前から声を掛けられた。
「レイン殿下..?何かあったのか?」
やって来たのはシズリだった。
動きやすそうな服を着ていて、頬が赤い。
何処かで運動でもしていたのだろうか?
「シズリ殿か..いやもう終わったよ。俺はこれから鍛え直す。あなたも達者でな」
何をしているのか気にはなったが、深く追求するのはよしてシズリの脇を抜けて立ち去ろうとする。
だが、シズリに腕を掴まれた。
「むっ、シズリ殿..?」
思わぬ行動に問いかけると、掴まれた腕がギュッと握られ、
「..私も鍛えたい。着いて行ってもいいか?」
固い声色でそう言ってきた。
困惑しながら彼女を見てみるとその顔は覚悟が決まっていた。
「あなたは随分と変わったな..だが、申し訳ないが足手まといは連れて行けない。ここで待っていてくれ」
シズリの胸中を考えれば自分の手で戦いに決着を着けたいのは当然だろう。しかし戦えない彼女を連れていく余裕はない。なので強い言葉で断ろうとしたが、
「これでも駄目か?」
そう言うとシズリは一瞬だけ握っている腕を蒼く光らせる。するとその腕は爪と鱗に覆われた竜の腕となった。
「シズリ殿、これは..!?」
「もし足手まといになると思ったら捨て置いてくれて構わない。私は戦えるようになりたいんだ。今度こそ..」
改めてシズリを見るとその水色の瞳はギラギラと輝き、レインを見つめている。
その様子に思わず言葉を漏らした。
「ほんの数日前まで震えていた少女とは思えないな..」
「私に震えている暇なんてないと知ったんだ。それで、あなたの答えは?」
「良いだろう。俺から師匠に頼んでみよう。駄目でも勝手に混ぜて貰う。師匠はああ見えて押しに弱いからな」
その言葉を聞くとシズリは掴んでいた手を離して、腕を元の人の腕に戻す。
「ありがとう、レイン殿下」
「どういたしまして。それじゃ俺は明日にでも向かうからシズリ殿も準備してくれ。明日、迎えにいく」
「分かった。..あっ、そうだ。さっき城門の前を通ったんだが背の高い、黒い髪の女性がレイン殿下を探していたぞ」
「えっ?」
「殿下の居場所を聞いていたがこの状況だから怪しまれていた。殿下に心当たりはあるか?」
背の高い、黒髪の女性..
その条件だと一人だけレインの頭の中に顔が浮かぶ。
「まさか..サクヤか!?クソっ、師匠の奴!何も言わずに行ったな!」
「あっ..ちょっと!」
シズリに呼び止められるがレインは脇目も振らずに城門に向かって駆け出した。
「待って!!何か問題があるのか!私も行くぞ!」
シズリはそう言って着いていくがもはや彼の耳には届いていなかった。
よっぽど慌てているらしい。
(そんなにマズイのか!?)
もしかして敵か?
そうだったら見逃してしまったことになる。
シズリは内心焦りを感じながらもレインの背を追って城門に向かう。
いつでも【竜化】出来るように準備しながら。
そして城門にたどり着いた時、そこで見たのは先ほどの女性と衛兵が揉めている姿だった。
「だーかーら、妾は怪しい者ではなくレインの妻じゃと言っておろうに!分からん奴じゃな!」
「殿下は結婚されていませんし、また婚約者もおりません。現在、都市は厳戒態勢ですのでお引き取り願います」
「引き返してもまた来るっちゅうに!今度は援軍を連れてな!」
殿下の妻?
結婚してたのかと思ってレインを見るとすごく複雑そうな顔をしている。
そしてため息をつくと女性に向かって叫んだ。
「サクヤ!!」
その声に女性は瞬時に反応し、こちらを向く。
その目はレインを確認した後、背後にいるシズリを見つけるとどろりと濁った。
(うっ..な、なんだこの圧力..)
なんだか怨念めいたものを感じて身構えると、その女性はジャンプして衛兵を飛び越える。
そして宙を蹴ってシズリに突撃してきた。
「うおおっ..!?」
まさか突撃してくると思わずシズリは素っ頓狂な声を上げてしまうが、女性は止まらない。
次々に宙を蹴りあげてシズリに迫る。
『鬼人体術・風..』
「止めろ、サクヤ!まったく、お前は!!」
間一髪の所でレインが後ろから羽交い絞めにして、そのままシズリと引き離す。
「レェーイン!しばらく見ない間に浮気か!?なんじゃこの少女は?随分と可愛らしいのう!アレか!?お主の趣味はこういうのか!?妾が小さくなれば良いのか!!?」
「いい加減にしろ!!彼女はな..」
レインが言う前にシズリが叫ぶ。
「わ、私はシズリだ!レイン殿下には保護して貰っているが決してあなたが考えてるような関係ではない!」
女性は叫んだシズリを疑うように見ると口を開いた。
「本当か?嘘偽りないか?」
「本当だ!」
女性の圧力に怯まずシズリは言い返す。
その様子に女性の濁った瞳が僅かに正気に戻った気がした。
「ふぅむ..中々、肝の据わった少女よ。一切怯まぬか..疑ってすまんかったのう。夫が傷つけられて妾も気が立っておるが故に..」
「いや、分かってくれたならいいんだ。それよりあなたは誰だ?」
尋ねると女性は佇まいを直してシズリに向き直る。
スラリとした高い身長に流れるような黒い髪、女性的な魅力に溢れた身体つきと美しい顔立ち、
そしてそれらを誇示する様に胸を張ると言い放った。
「妾はサクヤ。レインの妻で鬼人国の盟主じゃ」




