悪意にとことん鈍い女の子
婚約破棄ものだけど、婚約破棄されるのは悪役令嬢でなく、乙女ゲームのヒロインっぽい子です。
微妙にタイトル詐欺な空気も無きにしもあらず。
恋愛要素もかなり薄い。
普通にハイファンタジーやコメディカテゴリへ入れようか迷った末、こちらに失礼します。
ここはホワイトウィーズル王国。
王家が持つ特殊なチカラを恐れ、あるいは頼りにし、他国からおいそれと襲われない、特別な国である。
そのチカラは王家の、しかも直系でないと継がれない不思議なものである。
臣籍降下し、王宮からでた者の子には継がれないのだ。
その事例により、王宮に何かがあるのではないかと言われているが、コレといった関係しそうな物の発見には至っていない。
そしてそんな国唯一の王子は、自身の執務室で大声を張り上げていた。
「一体何をしているんだ、お前は!!」
現代ではアルビノと呼ばれる全身の色素が抜け落ちた白髪で赤目の、文字通り白皙の貴公子と称される王子ノーロイは、呼びつけた自らの婚約者と相対していた。
ちなみに年齢は14。 婚姻まではあと数年必要。
「なぜ婚約者の……王妃が約束されている立場なのに、使用人の真似事をしているんだ!!」
怒られている婚約者の名前は、バガントラ。
国唯一の王子、つまり実質王太子の婚約者としては垢抜けない美貌。
毎朝専属の侍女に整えてもらっているはずの髪すら、見る度にどこかがビョンビョンはねていて、とても見苦しい。
ちなみにノーロイと同い年。
「え? それはメードさんやコックさん達が、殿下の婚約者であるならやってみせなさいって――――」
「――――そんな訳あるか! 王家の者や縁者が、下々の者へ与える仕事を代わりにやるなど、威厳もなにも無くなる事を!」
「ひっ……!」
そしていつも自信がなく、いくら王太子妃教育を施しても直らない、猫背と締まらない顔つき。
「何でお前みたいなのが、私の婚約者なのだ!」
「……こっちこそ訊きたいです。 なんでわたしみたいな平民が、いきなりお城へ呼ばれて、婚約者になれ。 なんてなったのか」
「知らん! 国王に何度問い質しても、国に必要な人物だからだとしか言わんのだ!」
「うぅ……」
この国には、謎の風習があった。
王太子の婚約者になる条件が、初代国王の頃から絶対な不文律として決められていた。
それに貴族かどうかは関係無く、たったひとつの条件らしい。
とある代では、それが王女でないと達せられないからと、王太女……女王が誕生した事もある。
その条件は代々の国王のみに知らされ、それを次の王以外に伝える者は、誰一人として居なかった。
そして今回は婚約者の条件に平民が該当するとして、周辺国すら巻き込んだ衝撃を与えた。
「とにかく、王家へ嫁ぐお前が使用人達に使用されるなど、国の沽券にもかかわってくる。
今一度全体へ通達を出す。 お前の言い分が本当だとしても、次から安易に応じないように!」
「……はい」
「部屋へ戻るように!」
「………………はい」
「なんだ、その気の無い返事は?」
「ひぃっ!?」
バガントラの気が抜ける返事を聞き付けるノーロイだが、彼女は嘘を言っていないので、少し不満を見せただけだ。
実際に使用人達から、色々仕事を押し付けられている。
王太子妃教育が始まるまで、終わってから。
王城・王宮どちらでも、働いているのは基本貴族。
正確には貴族の三男坊以下の、実家でなにか大きな事件が起きない限り、最終的にどこかの貴族へ婚姻する駒か平民落ちするような、スペア中のスペア。
そいつらの中でも比較的優秀な奴を、こうして国で雇う。
いわば、貴族相手の囲い込みか慈善事業か。
そんなのだから、気位は高い。
なのに、ポッと出の平民に使われろと、急に言われたものだから反発は必至。
もちろん一部の変わり者や理解力がある者は、キチンとした王子の婚約者として扱ってくれるのだが。
結果としてこんな事態になっているのである。
だが相手もさるもの。 彼女は元々農村の出。
家の手伝いを当たり前にやって来ていたので、基本座学の王太子妃教育なんかより、体を動かしている方が気楽なので応じる。
他の者がどう思った故の行いだろうが、バガントラは気にしない。
言い方はどうあれ、手伝って欲しいと求められたから手伝う。 ただそれだけなのだ。
…………たとえ窓越しに、王子がどこぞの令嬢と仲良くしている場面を目撃してしまっていたとしても。
そんなのは「殿下自ら、案内をする位にすごい人なんだな」と受け止める。
そのご令嬢に見ていることを気付かれ、にらまれたとしても「平民が貴族様を見ているなんて失礼だよね」と判断し、仕事へ戻る。
ぶっちゃけ、すげー鈍いの。
この子はニブチンなの。
婚約者として迎えられて早3年。
それだけ経っても、王城や王宮への感想が「はえー、すっごい」レベルで止まってる、残念な子なの。
純朴……で済ませられるレベルじゃないの。
でも仕方ないの。 それこそが、この子が婚約者に選ばれた理由なんだから。
こうやってナレーションでフォローしている間にも、ぼんやり突っ立っているバガントラへ王子のストレスは溜まっている。
でもこの王家は物心がついてすぐ、徹底的に感情のコントロールを教わる。
冒頭で言った特殊なチカラは感情がトリガーとなるので、それが暴発しないように。
だから、ここまでに怒っていると書いてあっても、それは本気ではなかったりする。
そこで彼は普段なら2・3回で終わる、ゆっくり大きな深呼吸を何度も繰り返し、正気の維持に努める。
………………と。
「……あ、えっと。 もしかして、わたしの匂いを? なんか恥ずかしいですね」
バガントラ つうこん のボケ !
ノーロイ に つうれつな せいしん ダメージ !!
ずっと執務机に着いていた王子は、ついに机へ突っ伏した。
すると、机に乗っていた書類とぶつかりバラバラ崩れ、部屋中大惨事に!
これを立ったまま見ていたバガントラがあわあわしながら書類を拾い集めようとした時、ついに彼の限界が訪れた。
「もういい! ここまで婚約者に相応しくない相手だとは思わなかった! 婚約は破棄だ! 父上へそう報告する、荷物をまとめて王都から出ていけっ!!」
「……そうですか。 今までお世話になりました」
堪忍袋の緒がついに切れた王子。
勢いで婚約の破棄を叫び、王都からの追放まで言い渡してしまった。
それに対して、なにか触っちゃまずい書類に触っちゃったかな? 程度に考えているバガントラであった。
~~~~~~
立ちまくった気を鎮めるために侍女へ紅茶を求め、室内の隅にある簡素な机と座席がある休憩スペースで一息。
「やってしまった……」
ぽつりと漏れたのは、深い後悔の声。
「感情のコントロールが、まだ上手く出来ていない。 これは失態だ」
どうやらバガントラを追放した後悔では無いらしい。
さすが平然と婚約期間中なのに、城の中で愛人を連れて回るクズだけはある。
「我ら王家の能力。 一生に一度だけ、願ったモノに呪いをかけられるチカラが、発動してしまったかもしれん」
…………後悔って、それなのね。
王家の能力もヤバいけど、そんなのの発動トリガーを感情に直結させんなと、声を大にして言いたい。
ここで少し黙り、物思いに耽る王子。
これはこれで容姿からして画になるが、中身はまだまだガキなので、ちょっとモニョる。
「もし発動していなかったとしても、地方の巡察中に顔を合わせたり、腹いせとか言って私の悪口を触れ回る可能性も有る。
それに何より、父上が婚約破棄をお認めになってくれず、呼び戻されたら気が重い」
ほら、やっぱりコイツの中身はガキだ。
外面だけよくても、中身がこうなら手放しで誉められないよ。
「…………かもしれんじゃなく、確認の意味も含めて呪いを改めて発動させてしまうか」
クズ発言その2。
「そうすればあのガキはこの世から退場して、側妃として迎える予定だったあのコクンモラン嬢を、王太子妃として迎えられる……良いな」
クズ発言その3。
「よし、確実に亡きものとするために、呪ってしまおう」
クズ(以下略)
王子は強く呪った。
これからのバガントラ本人と、バガントラに直接関わるモノ全てに、等しく災いが降りかからんことを。
そんな事をしたら、どうなる?
「ふぅ……」
いつの間にか目の前に置かれていた紅茶セットを手に取り、いざ口にしようとしたその瞬間……!!
ばきぃっ!
「うわっ!? んぎゃっ!!!」
なんと休憩スペースにあった机と座席の耐久寿命が仲良く揃って尽きてしまい、それぞれの足がポッキリ折れた!
そうなれば座席からバランスを崩して、王子が滑り落ちる!
机の上に飾られた花瓶も転げ落ちた!
飲もうと持っていたカップが王子の手から放れて宙を舞い、花瓶の水と見事なユニゾンアタックを決めて、華麗に彼の頭へビシャーー!!
おまけとして、ひっくり返って宗教家の被る帽子みたいに、王子の頭へ着地するカップ。
なんとも舞台コントちっく!!
ブラボー……おお、ブラボーー!
更に。
「このバカチンが! 一生に一度の呪いを、自らの失態を誤魔化す為に使いおってぇ!」
「ですが、父上!」
「ですがじゃない、このスカポンタンが!」
呪いが発動したのを感じ取った両親が駆けつけて、軽く質問したらこの特大説教。
これで呪いが発動しないのが不思議な位に顔を真っ赤にさせた、国王渾身のカミナリ。
一度深呼吸をした国王が、ノーロイへ今一度問い質す。
「ノーロイがかけた呪いを、正確に報告しなさい」
まだ花瓶の水と紅茶で濡れた服のまま、頬を膨らませて答える王子は、イタズラがばれて叱られるク○ガキそのもの。
「バガントラと、バガントラに直接関わるモノに災いを願いました」
答えたそばから、顔が青くなる国王。
さっき真っ赤だったのが、今度は真っ青とか。 国王様って大変なんだね?
「その、モノと言うのは、人物か? 物品か?」
王妃と一緒に唇を震わせながら訊き直す国王へ、無駄に胸を張って答えるクズ王子。
「何もかも、全てです。 呪いをふりまく人物として人から遠ざかられ、使うものや住む家はすぐ壊れる。 正に生き地獄。 あいつにお似合いですよ」
「この親不孝ものーーーーーっ!!!」
「へぶしっ!?」
再び顔を真っ赤にさせた国王が、王子へクリティカルなへなちょこパンチ!
それでも勢いだけはあって、殴られた王子は吹っ飛んで倒れる。
「代々王太子の婚約者となる条件は、呪いを無効化できるチカラを持った者なのだ! しかしあのバガントラは反射できる。 だから我が王家へ呼んだのだ!」
な……なんだってー!!!
今明かされた、驚愕の真実!
国王が殴りかかる前に卒倒した王妃は置いといて、始めて聞いた話に、王子の頭は考えを放棄した。
「私が呪った……バガントラが呪われた……はず」
少し起き上がった様子はまるで、スポ根アニメで監督に打たれたヒロインのごとし。
国王は頭が回ってないノーロイを見て鼻を鳴らし、捨て台詞を残して王妃をお姫様抱っこで持ち上げて去っていく。
「呪いを返され、王城も王宮も早々に壊れる。 いくら建て直そうとしてもすぐ壊れる。
お前と接する者は呪われボロボロになる。 それを知って城勤めしようと思うものはおらん。
だからと言って隔離しても、それは次代までの問題先送り。 国の舵が二度ととれん。 この国は終わりだ。」
「まだだ。 まだコクンモランを妃に迎えてない……」
現実を見ず、うわ言をつぶやくノーロイの姿は、ミジメそのものだった。
~~~~~~
「ふう……空が青くて、きれいだなぁ」
「はっはっは。 王都にいて、そんな暢気な性格でよくいられたモンだ」
現在のバガントラは、運良く故郷へ向かう一団に紛れ込み、馬車での旅空であった。
王城や王宮なんて息の詰まる所から解放されて、バガントラは自由だ。 気分もだいぶ良い。
そこへ脇からにゅっと出て来てにこやかに話しかけて来るのは、行商団のまとめ役。
商売には誠意が必要と考えているが、世馴れしており油断ならない目付きをしたお人。
「お城でお勉強しながら働いていたんですけど、お暇をもらっちゃって……」
「そうかそうか、そいつぁお疲れ様だったな。 それで、これからどうするんだ?」
商人の目が一瞬ギラリと光った気もしたが、気のせいかも知れない。
「村へ帰ってから、考えます」
「なんだったら、城で勉強した事を教える仕事とか、してみればいいんじゃねぇか?」
「…………なるほど」
故郷では学が無い。 文字を読めるのは村長の家族位で、計算も同じく。
しかしバガントラならその辺をしっかり教わった。 礼儀もそうだ。 村に偉い人が来たとき、アレは役に立つ。
他にもただの農民では分からない、国の経営法も教え込まれので、これを村の経営にも応用できるだろう。
「良いですね」
バガントラは妄想する。
村民がみんな笑顔で働き、人が増え、やがて街にまで発展する故郷が。
そしてそこまで行けば、村で甘いお菓子がいっぱい手に入る。
お菓子お菓子。 口に入れればじんわり広がる砂糖の味が。
王宮で出された、食べるのに夢中で名前も聞き逃した、あんな夢みたいなお菓子達が。
「……良いですね」
大事な事なので、2回言いました。
「良いですね!」
とても大事な事なので、3回言いました!
「お菓子、食べたいですね!」
もう止まりません!! オーバーフロー! 再起動を要求します!!
ひとり妄想の海に沈んだバガントラを見ながら、商人は苦笑する。
「こんな純朴な子が、婚約者にされていたのか。 こうやって追放された方が、この子には幸せだろうよ」
実はこの一団、バガントラを王宮で気にかけてくれていた使用人達が、それぞれの伝手で集めた護衛団である。
国から理不尽に呼ばれ、理不尽に追放された少女が、せめて願う場所まで安全にたどり着けるように。
「ああ。 村で作ってる食べ物から、お菓子が作れるかも。 はやく試したいなぁ」
王子と婚姻は成らなかったが、王宮での生活に得るものは有ったらしい。
あの本人は嫌がらせにも感じていなかった、手伝いも。
「あのコックさんに教わった作り方なら、村の竈だけでも……むふふふ♪」
…………むしろ、そっちの方が身になっていたかも知れない。
この後、行商団は普通に村で行商して帰還。
バガントラの村の内政ターンになって、少しずつ豊かに。
その間にも行商団が様子見がてらやってきて、村が欲しい物を持ってきて~とか。
あ、王城・王宮は国王が嘆いた通り。
城も王宮も崩れ、王子と接した者は国王夫妻含めて体調を崩し、王子が何か挽回しようと頑張ってもまるで上手くいかず。
国として思いっきり崩壊。
周辺国家に、分割統治される。
~~~~~~
ホワイトウィーズル王国
和訳すれば、白イタチ。
ノーロイ
白イタチの……。 名前からして呪い持ち。
呪いを返されても体調は崩れなかったが、自身がバガントラへ願った通りにミジメな立場となった。
バガントラ
白イタチに立ち向かうネズミの名前は、ガ○バ。 それをもじった。
村で教師をして、時折やってくる商人の息子と、村の幼馴染でバガントラを取り合う展開か?
実際のチカラは呪いの反射でなく、悪意の反射。
呪い=悪意の塊
つまり悪意自体を直接ぶつけられたことが無い子。
向けられた悪意を感じる前に反射してしまうので。
悪意を返された奴はその感覚に戸惑ってしばらく立ち止まり、情緒不安定になっておかしくなる事が多い。
だが悪意をぶつけるのもぶつけられるのも慣れている城の使用人達は、戸惑わない。
そして、悪意のつもりでバガントラへ命令しても、悪意として受け取られないので毒気が抜かれる。
結果として、都合の良いお手伝いさん感覚で、彼女を使っていた。
国王夫妻
城で体調を崩したまま実務中に崩落。 巻き込まれて……。
コクンモラン
英語でコモンラクーン。 アライグマをもじった。
呪われて、病気で寝たまま。
行商人
行商人のふりをしていた冒険者や兵士たちだったが、なんとなく商売が楽しくなって、そのまま行商団として正式に立ち上げた。