永遠の戦士アブソリュー
魔王城一室。
遠く離れた場所から一瞬感じた魔力の異常な流れは、魔王城にいる者なら誰もが感じとっただろう。
「……勇者か」
「どうかされましたか?」
違った、この駄メイドは何も感じ取っていなかった。
「勇者が覚醒したんだ」
「勇者が……って、えええええええ!!勇者ってことは……勇者ですか!?」
「慌てすぎだろ」
「だって、早すぎます!前回の聖魔大戦からまだ三十年も経ってないじゃないですか!いや私生まれてませんけど!!私生まれてませんけど!!今までの歴史を見ても、百年くらい経ってやっと勇者が生まれるじゃないですか!!」
「声大きい耳元で叫ぶな自分の若さを強調するな。別に、いつも百年経つのが今回は三十年だったってだけだろ。俺はもう二度と勇者と戦えないと思っていたから、もう一度戦うことが出来て嬉しいぜ」
「アブソリュー様……でも、その腕で、どうやって」
「ナンシー」
枕元にある相棒の『ライトイーター』を手に取り、動作チェックをする。
勇者が経った今覚醒したとはいえ、今すぐ戦う訳でもないのにこんなことをするのは、感情が高ぶっているのだろうか。
「俺は大丈夫だ、利き腕が無くなろうと、左手一本でも戦う。それが俺だ」
先の戦争で、俺は勇者と戦い右腕を落とした。
命があっただけマシだが、またあの頃のように魔王軍幹部として活躍するのは絶望的だろう。
だが、俺は戦士だ。死ぬまで戦い続ける、それが戦士だ。
「……はい、過ぎた心配でした。申し訳、ありません」
ナンシーが不服そうに頭を下げる。
こいつ、メイドなのに感情を隠そうとしないのはなんなんだろうか、だから俺みたいなやつを世話させられるってのに。
「ただ、今は早く魔王様が生まれるのを待つしかないな。戦力がまとまっていないんだ、このままだと普通に負ける」
「た、確かに……三十年前の傷が癒えていませんしね」
「まぁすぐに出てくるだろ、勇者が出てきたんだ、長くて十年だろ」
「十年あったら魔王軍どころか魔人族滅びちゃいません?」
「十年なら魔人族が致命傷で耐えられる、多分」
「世界一説得力のない言葉だ」
いい加減うるせぇ。
「アブソリュー」
「キリノジ、了解だ。今すぐ行く」
黒髪鬼幼女がここに来ることは気配で分かっていたため、準備はすぐに出来ている。
「今日のお昼はいかがなさいますか?」
「気合入れるため肉だ。ドラゴンのな」
「了解しました!今日はステーキですね!」
昔のナンシーは「ドラゴンのお肉なんて食べれられませんよぉ!」なんて言っていたが、最近はあの硬さの良さが分かったのか笑顔で願いを聞いてくれる。
「なんだぁ?彼女を見て笑って、おっさんがメイド見て笑うとかきしょいぞ」
「そういう年頃なんだよ。お前にもいつかババアになったら分かる」
ドアを開けて顔を見せてきたのは、黒髪ショートカットに二本の角が生えた女。
昔変わらない和服とスカートは、どうも最近キリノジを真似して魔人族界隈で流行っているらしい。
「ほーん、私の将来はどうでもいいですが、まさかアブソリューに女が出来るとは」
「あいつはそんなんじゃない、ただのメイドだ」
「まぁ、アブソリューに男や女や子供が出来ようと私はどうでもいいですけどね」
「俺はお前に出来るのが楽しみだがな」
「遊ぶ女子は沢山いますけどね」
キリノジは中指と薬指をクイクイッと動かす。
俺と二倍ほどの身長差があるため顔を見ることが難しいが、少なくとも口元がニヤついているのが嫌でも分かる。
「アブソリューは利き手が無くなったから『コレ』しにくそう。可哀そうに」
「せめて別の所で憐れんでくれ」
「……短小?」
「知るか……ったく、昔は可愛かったのに、いつからこんな下品になったんだ」
「今も可愛いですよ、私は」
「あっそ」
そんなくだらないことを話しながら、俺達は会議室に向かった。
「流石、師弟のコンビ。二人は仲がよろしいですね。キリ嬢様とアブソリュー様」
白く冷たい風が背筋を伝った気がした。
「お久しぶりです、スノードロップ様。まぁ……数年来の付き合いですし」
「そうですか?お二方の『仲が良い』の定義ゆるゆるじゃありません?」
「私からすれば、二人で談笑すればそれはもう『仲が良い』です」
「範囲が広すぎる」
真っ白で美しい長い髪の毛に、同系色で咲く白い花。
スノードロップは華人族だ。髪の毛に花が咲く種族はどれも美しい。
そんなスノードロップにも美しい花と顔をしているが、実は華人族から嫌われている。
理由は、その体質。
「それでは、会議室へ向かいましょう」
そう言ってスノードロップが前を通ると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
スノードロップは、産まれながら周囲を冷やす能力を持っている。
それ故に、気温変化や低体温が苦手な人が多い華人族から嫌われている。
だが、同種族からの印象と彼女の腕前は反比例するように、彼女は強い。
彼女の氷魔法は魔人族トップクラスで、別の特技も合わさり魔王軍幹部の地位にいる。
「……?どうかされましたか?」
「いえ、考え事を少し。行きましょう、キリノジ、スノードロップ様」
「おい、私にも『様』付けろよ。私も幹部なんだが?無礼で処すぞ。処すか」
「へーへーキリノジ様」
「フフッ……」
そう自然に笑うスノードロップ様は、嫌われているとは思えないほど綺麗で可愛く笑った。
「私にも、師がいます」
歩く途中、突然そんなことを語り出した。
「スノードロップ様の?弟子ではなく?」
「えぇ、私が幹部にいるのも、あの方がいてくれたおかげでしょう」
「魔王軍幹部のお師匠様、さぞお強いのでしょう」
「いえ、私はあの方が戦っている所なんて見たことはありません」
戦ったことがないのに、師匠?
というか、あの方って?
「というか、あの方あの方って誰なんです?」
全く同じことを考えていたのか、キリノジが問う。
「それは口止めされているので」
「そこまで行ってですかー?」
「ごめんなさい、一応私にも話し相手はいると思われたくって」
「確かにスノーさんコミュ障で誰とも話し無さそうとは思ってましたけど」
おい、キリノジおい。
それは思っても言っちゃいけないやつだ。
「フフッ……あの方は、不思議な方です」
「……まぁ、戦っても無いのに師匠は不思議で仕方ないですなぁ」
「きっと、皆様方の目の前にも表れますよ」
スノードロップは笑った。
ただ、先程の笑みとは別に、どこか冷酷で、どこか無機質に。
「魔王様の開花……楽しみですね」
そう言って、いつの間にか付いた会議室のドアを開けて、この話は終いになった。