油断
とりあえず森に入ってみたものの、どっちにいけばいいか、どこに行けばいいか分からない。
二人が、こっちの方角は魔人領土って言うからそっちだけは避けているが、こんな大雑把に動いていいのだろうか。
「とりあえず、出来るだけ遠い場所に行こう」
「遠い場所って?」
「遠い場所は遠い場所だ!」
はい。
そう言うのなら、しばらく何も考えずに走って走ってでもいいだろう。
もう少しで森を抜け、さてここからどうしようか……と考えていた頃。
「……! アンッ、伏せろ」
ルーチェの珍しい切羽詰まった声に、私は「どうして」と考える前に伏せ、近くにあった草木に身を寄せる。
「『まだ遠めだから少し動いても大丈夫だ。 だが、魔力は使うな』」
心の中でルーチェが的確にアドバイスをくれる。
一瞬地面に潜ろうかとも思ったが、流石にそんな時間はなさそうなため、目立つ白髪や白肌を隠すために土を手で掴んで腕や髪に付けた。
服はいつでも戦えるように軽い保護色になっているため軽く土で汚す程度で良い。
まだ対象がどれくらいの位置にいるか分からないが、あまりにも激しく動いていれば遠くから「何かがいる」と分かってしまうため、後はゆっくり、息を潜めて、じっと動かず、待機する。
バサッバサッ。
聞こえてくるのは複数の翼がはためく音。
だんだんと音が大きく、近づいてくる。
木の上で飛んでいる、白く大きな翼、ずんぐりとした胴体に四本の足がついている。
ペガサス。
絵本の中で神聖視されてるイメージがあるが、実際に見ると確かになんとも言えない美しさがある。
そんなのが二頭、ダーイラ村の方に向かっていった。
……ペガサスの背中に人が乗っている?
十秒もしないうちに、ペガサスはすぐに私の視界からいなくなっていった。
一体何だったんだろう。
「あれは多分教会の差し金だろ」
「教会?」
「あぁ。 教会には『教会騎士団』があって、その中にペガサスをうグループがある」
私はゆっくり起き上がり、パッパッ、と付いた土を払った。
水魔法を使って汚れを落としたいけれど、魔力を使えばさっきのペガサスに乗っていた人にバレてしまう。
「ペガサスって魔物じゃないの? なんで魔物嫌いの教会が?」
「過去にリュウという勇者がいて、危うく世界が滅びるっつー時にペガサスに跨ったことがあるんだ。 それが影響しているのかもな」
「ふーん」
適当に返事をしたけれど、言ってる意味はよく分からなかった。
なんでそれでペガサスを討伐対象にせずに仲良くしているのか。
「というか、ヒビキさんは大丈夫かな」
「それは多分大丈夫だ。 一応ヒビキは【黒】なわけだし、お前と違って人間だ」
「それもそっか」
「だが、あの様子だと三時間じゃ無理だし、最悪しばらく会えないかもな。 どうする?」
「どうするも何も、ここから離れるか、夜更けまでここに潜むかの二つじゃない?」
「うーん、フォンセは?」
ここまで一緒にいて分かってきたのは、フォンセは口数が少ないが、意外な解決口を知っていたり閃いていたりすることが多い。
もちろんルーチェは多くの意見を言ってくれるからこそ役に立ってくれることもあるから、どっつもどっちで二人がいてくれて嬉しいって感じだ。
フォンセはゆっくりゆっくりと考えてる様子。
その間にも私はちょっとずつ村から離れながら土を払ったりしている。 池みたいなのがあったら嬉しいんだけどな。
「ヒビキさんとの通信は、取れないしね」
「……あぁそっか、魔力使えないからか」
そういえば念話できる魔力道具があるんだったと思い出したが、同時に魔力を使いたくないからそれは使えないことに気付いた。
「んー、瞬間移動……距離は期待できない」
「アンはあまり効率は良くないからな」
「うるさい」
「私は、普通に……このままダッシュで逃げればいいと思う。 シンプルベスト、ってやつ」
「なにそれ?」
「シンプルイズベスト、だろ。 意味はシンプルが一番いいとかそういう意味だ」
「そっか」
「あー! いたいた!」
気が緩んでいたところに、大きな大きな、元気いっぱいで優しい女の人の声が聞こえた。
まずいと思いながらも反射的に声の主の方向……私は真上を向いた。
黒髪のショートカット(襟足の部分が跳ねている感じ)に赤いメッシュが入っていて、顔立ちは美人さんだ。 服装は、白を基調にして至る所に黄緑色が入っていて。 普段着って感じはしないが、戦闘服、冒険者の装備かと言われたら微妙で、なんとか背中にある『武器であろう何か』のおかげで冒険者だとギリギリ分かった。
「そんな警戒しないでよ、私は何もしないからさ」
そう言われ、ハッと気づく。
今の私は、魔力が使えない状態で、弓矢等も部屋に置いてきたままだった。
だからか分からないが、拳をギュッと握りしめ腰を落とす超超警戒異体制だった。
と言っても、警戒を解く理由は全くないので私は現状維持を貫いた。
「んー、どうしようかな。 わたしは本当にお話がしたいだけなんだ」
姿勢は変えない。
なんて答えればいいか分からない。
だから、現状維持。
「分かった、じゃあ今から勝手に話すから、それを信じるか信じないかは君しだい。 それでいいでしょ?」
返事はしなかった。
女性は仕方がないように、眉を下げて大きく息を吐いた。
「これから恐らく、教会の人間が沢山ここにきて、辺りを捜索する。この森中もそうだし、森を抜けた先、ここから近い村全部に」
「!?」
「と言っても、今すぐかって言われたらそんなことはないんだけど」
女性は言葉を続ける。
「君がどうして勇者の装備品を受けたらないのかは分からないし、皆の前で姿を現さないのかは全く分からないけどさ、このままだと君の思い通りにならないのは確かだよ」
……さて、どうしよ―――
「お前を探しているのは教会の人間だけじゃない」
「―――え?」
真後ろから野太い男の声。
何も警戒もしないまま後ろを振り返る。
でかい。
その人の事を一目見た時の印象はそれだった。
こげ茶色の髪の毛に、傷跡が残る顔。
赤く、重々しい鎧を纏うそれは正しく「強者」のそれだった。
「ギルド長、どうしてここに?」
女の人がそういった。
ギルド長……この人が、か。
何かで聞いたことがある。 ギルド長とは、人間族で最も強い人が務めるだとか。
「いま言っただろ、探しているのは教会の人間だけではない。 勇者の魔力を感知した後、帝国内ギルドから飛び出しここまで走って来た」
「待って、サラって言ってるけどフィジカルえぐくない?」
「お前も似たようなものだろ」
真顔で何言ってんだろう。
「さて、ここからどうするのかな」
「え?」
「数時間後には教会が、待たずとも俺が。 勇者はどう逃げるのかな」
……。
何か遊んでいるような、眼。
なんだろう、この違和感は。
「『なんでこいつら、勇者の力にビビらないんだろうね』」
フォンセの魔王のような言葉に―――。
「ん? どうし」
「ルーチェ!!」
「仕方ねぇな!!」
髪を金色に染め上げ、装備は勇者使用に。
魔力の影響か風の影響か、ツインテールが派手に揺れている。
今世の勇者に見惚れて、二人は思わず口を開ける。
「ハハハ! いいね! その姿、やはり本物の勇者だったようだなあ!」
ギルド長レギオンは強者を見て、笑った。
「……」
彼女は、何かまずいと思い、木の上にすぐさま逃げ出した。
アンは、その場で佇んで男を見ていた。
その眼は、何を考えているか、レギオンにはサッパリ分からなかった。
アンが、ため息を一つ。
「こうするしかないのかな」
そう呟くと、弓矢をレギオンに向けた。
ウマ娘一周年おめでとうございます。




