勇者開花
その子は地面から浮きながら話しかけて来た。
見た目はまんま猫、薄い金色の毛並みが美しくとても可愛らしいが、声が渋い男声なのか少しがっかりだ。
「……誰?」
「さあ? 気が付いたらここにいた。 ただ分かるのは、吾輩はお前ってこと。 それと、お前に勇者の力があることだ」
「……ゆう、しゃ? ……わたし?」
意味が、分からない。
「まぁ、今は何をどう思ってもいいが……お前、ついでにお友達含めてみんな死ぬぞ?」
私はハッとなり、周りを見た。
どういうことだろうか、チャインさんは空中で攻撃を受け、すぐ真横には今でも蹴りを繰り出そうとしているラビットユニコーンの姿がある。
ナナグロさんはなんとか剣で攻撃を防いでいるが、複数体のラビットユニコーンは既に攻撃を繰り出そうとしていて、次の攻撃を防ぐのは難しそうだった
安全そうなのは、馬車から離れたところにいる商人さんだけ。しかし私達が死ねば彼が狙われるのは目に見えている。
どうして仲間の行動を、こんなにもじっくりと見ていられるのか。
それは、ナナグロさんやチェインさん達、倒れ伏した馬や今にも空中で蹴りをいれようとするラビットユニコーン手足が不自然にピタッと止まっているからだ。
まるで、時が止まったかのような。
そんなありえない事実に口を開けて驚く。
「これ……は?」
「さぁ? 神様が不正して時間でも止めたんじゃねーの? でもこれ、すぐに動き出すぞ? この状況に唯一気づいているお前でさえ怪我で動けない。何度も言うが皆死ぬぞ」
「そ、そんな! どうしたら……」
「慌てるな、方法は一つだけある」
猫は倒れた私の顔の前に現れ、真っ直ぐと私の目を見た。
「力無き勇者、吾輩と契約しろ。さすれば、まだ蕾のお前に祝福の水を与えよう」
「けい、やく……」
「そうだ。 望むなら、契りの言葉を共に交わせ」
「……意味が、分からない」
私が勇者?
人魔族の私が?
人の血と魔族の血を持った私が?
本当に意味が分からない。
血とか関係なしにしても、どうして私が。
神様は何を考えているのだろう。
でも。
でも!!
「それでも、皆を救いたい!」
血筋?そんなのは後だ。
もう何も考えられない。
決意と共に止まった時が動き出す。
動き出した時と共に、秘めたる力が騒ぎ出す。
「よく言った、ならば契約だ。吾輩に続け!」
世界に一筋の光が降り注いだ。
時が動き出すと、チャインやナナグロ、さらにはラビットユニコーン達までも、契約に見惚れて動きを止めた。
まるで、奇跡を見るかのように。
「「世界が闇に葬られようと、己の光は照らされ続ける。
光が影を作ろうが、影は光に勝らない。
光を纏い、勇敢に魔を討つ我は勇者!光の名は『ルーチェ』!
悪は栄ど終幕滅のみ! 今こそ、我に力を!!」」
そこに、先ほどのまでのアンはいなかった。
今まで一回も染めたこともなかった白い髪の毛は、神々しい金色に。眼の色も青白い色から金色に変わった。
その変わった眼で敵を見抜くと、一瞬、風の音と共に一体のラビットユニコーンが倒れた。
手には弓矢、あまりにも早すぎてチャイン達は何が起きたか分からなかった。
周りのラビットユニコーンは「仲間がやられた」と気が付いて我に返ると、アンに向かって一斉に襲い掛かる。
それに対してアンは、一度矢を放ち、横にステップ、逃げる先に敵がいても、そいつを射抜き、少しずつ間合いから離れながら一体ずつ処理した。
まさに、芸術。
素早い敵、間合いが近い、集団、と言った弓使いからしたら迷惑極まりない敵を捌き続ける。
一斉に襲う、タイミングをずらす、フェイント、ラビットユニコーンの持てる全てで応戦しようとするの、踊るように射られ続けるばかり。
残り十体、五体、そして最後の一体になった。
もう立ってる仲間はいないと悟ったラビットユニコーンは、敵を前にして一目散に逃げだした。
その姿をみたアンは弓を構え……静かに下した。
すとん、っとアンはその場で倒れた。
「……あ、ああ、アン! 大丈夫!?」
我に戻ったチェインとナナグロは倒れたアンに近寄った。
倒れているアンには、先ほどの神々しさは無くなり、髪は白色に戻っている。
「今のは一体……」
「そんなの、分からない。でも……」
もしかして、もしかしたらと二の句を継ごうとしたチャインだが、一度首を横に振り、今自分が出来ることを最優先に動き始める。
「商人! 一刻でも早くここから逃げるよ!」
「は、はい!でも、私のブラウンが」
「大丈夫、『ハイ・ポーション・ヒール』」
バッグから取り出した液体を取り出し、負傷した馬の足に掛ける。
「お前それ、自分に使えばよかったんじゃないか?」
「流石に個数が少ないから死ぬ直前に使う予定だったのよ。 それにこれ治るのに時間掛かるやつだから戦闘中には使えないわ。まぁ、人間と馬とかの生物って体の構造が違うから、この程度ならすぐに治るでしょ」
そう話しながらも、チェインは怪我をしている馬の足にサバイバルナイフを立ち木代わりに、そこらに散らばった商品を縛る紐で固定する。
時間にして約五分。血が溢れ折れていた足は、だんだんと真っ直ぐになり傷が塞がる。
一応立てるようにはなったが、魔法やアイテムで無理やり直す傷は少しばかり気持ち悪いのか不機嫌そうに唸っている。
「ブラウン! 大丈夫か? よし、病み上がりで申し訳ないが、すぐ移動するぞ」
「俺達の体力はもう限界だからしばらく寝るが、また何かあったら起こしてくれ」
「『ヒール・スタンバイ』ふうぅー……今回結構アイテム使ったから、ちょっとはリル保証してよね」
「もちろんでございます、貴方達は命の恩人だ」
「ほとんどこいつのおかげだけどな」
床にそのまま寝っ転がっているアンを、ちゃんと布団を敷いてその上に寝かせる。
商品とか壊れた木箱が散らばっているが、適当に位置を直してナナグロたちも雑魚寝する。
未だ暗い夜道には、どれくらいのモンスターが隠れているのだろう。
そんなことを気にしていられないとばかりに、馬車は駆けていく。
ドミノ王国はすぐそこだ。