昔の記憶 前編
パレットは冒険者になりたかった。
いや、冒険者になりたかったというのは少し違う。
冒険者になれば、世界を旅して回ることができる。
そこで素敵な景色を描くことが出来るなら、どれほど幸せだろうと思っていた。
元々、パレットが絵を描く原因となった人物は冒険者だった。
人間大陸を歩いて回り、絵を描きていたおじさん。
その人を真似て俺も世界を回りたい。海というものを見てみたいし、ダーイラ以外の魔物も見てみたい。
だが、母はそれを許さなかった。
それもそのはず、パレットは一人っ子で、パレットが冒険者になってしまえば宿屋を継ぐ者がいない。
村に一つしかない宿屋が潰れてしまえばパレット村は困ってしまう。
そんなくだらない理由で否定されたパレットは、母を嫌いになった。
起きて朝ごはん食べて、店の手伝いから抜け出して森まで遊びに行き、絵に集中できる場所を探して、自分が満足するまで描く。
周りの子供は親の仕事を継いだり、自分のしたいことを見つけてそのために動いているのがダサいと思ったし、なにより自分を凄いと言っていたやつらが揃いも揃って「親の言うとおりにしろ」と言うのがうるさくて。
何よりも、一緒に笑顔で遊んでいたやつらが辛そうに斧を持って木を樵る姿が、それを見て笑っているそいつの親が一番気味悪かった。
気味が悪かったのは本音だけれど、そこに気付いている自分がかっこいいと思っていた。
文字なんて読めなくていい。
お金なんて数えられなくていい。
部屋を綺麗に出来なくていい。
出来なくていい?しないくていい?分からないけど、些細なことだ。
何もなくても、絵は描ける。
紙が無くても地面が土ならば何かを表現するのに十分だ。
けど、それをするのにも絵の才がなければ表現すら出来ない。
だから、絵の描く。
絵を描いて、絵の才を磨く。
そんな自分が、かっこいいと思っていた。
ある日、とある冒険者が宿に泊まりに来たらしい。
うちの宿に泊まるのはだいたいダーイラの編み物を安く買いに来た商人や旅人がほとんどで、ここ周辺に魔物なんて現れない……と思ったら、どうやら現れたらしい。それも強力な。
その時は何とも思わなかったが、普段から森や村、ダーイラばかり書いていた俺は、本物の戦闘いうものを間近で見たかった。
男が五人、女が二人。
冒険者は一人で活動するものかと思っていたが、複数人でも活動できるのか。
そんなどうでもいいことを考えながら、こっそりと付いていった。
歩き始めて三十分。
風が強いのか、森が泣き叫ぶように葉を揺らす。
ロン毛の男の人も、「矢がまともに機能しなさそう」とさっきから何度も嘆いている。
主張が強い奴は嫌いだ。
「さっきから、何かに見られている気がする」
薄緑色の髪の毛をした女が、警戒するような声色で呟いた。
一瞬自分の事かとドキッとしたが、次の怒号でそんなことを考えている暇はないと察した。
「……あーいた、上、静かに、動かないで」
黒髪の女が静かに呟いた。
ダーイラしか魔物を知らない俺は、上に魔物がいるわけないだろと思いながら見上げてみた。
それは、見る恐怖だった。
ダーイラとは比較にならない大きさ、緑色の雪ダルマの様な図体に黒い八本足がくっついていて、緑色の糸とホマツチヨに鋭い足を置いている。
そして、その丸っこい体に付いてる、複数個ある丸い物、丸い物、目が、目の一つが俺の方を見た気がして、口が、開いた。
「ぁ、ああ、あああああああ!!!!」
俺はその場から叫びながら逃げ出した。
とにかく早く、早く遠くに逃げようと思った。
冒険者達の事も忘れて、そこに絵の道具を置いて、こっちの方向は村から反対方向だということも考えず。
来るんじゃなかったとか武器は持ってないとかそんなことは考えられない。
怖い、怖い!
逃げなきゃ、逃げなきゃ!
ピッ。
何かにお腹に引っ掛かり、前傾姿勢だった自分の身体はその何かを軸にして前に転んだ。
何に引っ掛かったかと四つん這いになりお腹をさすると、何かねばねばとした感触が手に残った。
手を見てみると、転んだ拍子に着いた土色の上に、緑色の何かがあった。
昔、草を潰して無理やり緑色を作ったことあるが、こんな粘り気のあるものはなかったし、そもそも草木なら目に見えても良かったはずだ。
と、その時。
突然お腹の当たりから吊り上げられ、体が空でくの字になる。
わけもわからず、悲鳴も驚きの声もあげない。ただ自分部浮き上がることに、不気味に感じていた。
そんな時間もすぐ終わる。
太ももくらいの大きさをした細い何かに器用に捕まれた。
パレットの背中から、生暖かい、けれど何か気持ち悪い、察してはいるけれど察したくない何かがそこにいた。
腹にくっついていた緑色の糸は、ゆっくりとパレットの体に巻いていく。
抵抗しようにも糸のせいで動くことは困難で、たとえ抜け出せたとしても、今はいる場所は木の上。
ホマツチヨの葉を間近から見れるこの場所から落ちてしまえば、ひとたまりもないだろう。
パレットは、ただ歯を震わせることしか出来なかった。
喰われる、と。
この化け物に無様に喰われて死ぬんだ、と。
母さん、いままで―――。
「―――暴れるなよっ」
後ろから、男の人に声を掛けられた気がした。
首は動くので、本当に人間なのかと後ろを振り向こうとした……その時。
ぷつん、と何かが切れる音と同時に、自分の身体は何故か真下へ落っこちていき。
「う、ああああ、わああああああああああああ!!!!!」
空中でなんとかしてこの死から抗おうと足先と頭をくねくねするが、顔が向く方向が真っ直ぐから真下へ変わり、だんだんと地面が近づいてくるのが目に見えて分かり、怖くても目が閉じれなくて、閉じられなくて、一秒が十秒や百秒くらいに感じて、地面を見ているのにまともに地面を見ていられなくて、空気中のゴミが目に入って瞬きしたら、一気に地面が近づいた気がして、あぁ死にたくない、死にたくない、近づいてきて、地面が、落ちてきて―――。
黒髪の女の人が、黒髪の女の人が、黒髪の女の人が。
地面に落ちたと思った瞬間、俺はぎゅっと目を瞑った。
目を瞑り、目を瞑り、いつ死ぬのか、いつ死ぬのか、まだ地面に落ちないのかと思っていたら、ふわっとした芳醇な匂いが鼻をかすませ、自分の意志とは無関係に全身が半回転した後、背中と太ももに優しい感触があった。
落ちる感覚はもうしない。
ゆっくり、自分でも分かるくらいビクビクしながら目を開けてみると、いつもの森の木漏れ日と、黒髪の女の人が視界に入ってて。
あぁ、自分は助かったのか……と、ここでやっと理解した。
のも束の間。
「大丈夫? 怪我とかない?」
女の人の上の上、自分が落ちてきたその空を、あの巨大な蜘蛛が落ちてきた。
女の人はこちらを向いてて気づいていない、なんとかして伝えなければ、つた、つたえないと。
蜘蛛がこちらに真っ直ぐ落ちてきた。
あともう少しで俺に来るんじゃないか、というタイミングで女の人が振り返って、でも絶対、でも絶対間に合わな―――――。
「―――ッ!!」
突っ込んできたダーイラに、反射的に槍を突き出す。
腰の抜けた攻撃だが、運よくダーイラの左目に突き刺さり、ダーイラはその場で止まり悶える。
(今のが走馬灯、走馬灯ってやつ!)
狙っても当たらないであろう場所に突き刺さり、あまりの運の良さに信じたことのない神に感謝をしながら、両手で槍をしっかりと持ち直し、翼を飛べない程度に切りつけた後に左足が生えてる場所を思いっきり突き刺した。
その後の蜘蛛の事は、覚えている所と覚えていない所があって、細かい部分は覚えていない。
あの時真っ直ぐ来た蜘蛛はヒビキが剣を振って簡単に受け止め、優しくおろされてその戦闘を眺めていたら、いつの間にか八本足が全てもがれて終わっていた。
その後は、回復道具を分けてくれて、リーダーらしき男の人にコテンパンに怒られて、帰ろうと立ち上がったら上手く立ち上がれなくって、帰る道はヒビキの背中に乗せてもらった。
確かその帰り道で、絵を描く道具を回収してくれてて、絵を描こうとして付いて回っていたことがバレて。
どうやって母さんに言おうかなと考えていたら、いい言い訳も考えられずに着いて、母さんにもコテンパンに怒られて、母さんが泣きながら謝って感謝して、最後の最後に俺を抱きしめて「生きてて良かった」と言っていた。
怒られた内容も覚えてないが、そこだけは、今でも覚えている。
「なんだ……この騒ぎは!」
今さっき聞いた声、けれど走馬灯のせいで何故だか久しぶりに聞いたような声が聞こえた。
「おっさん、助けてくれ」
「さっき俺を拒絶したやつに誰が助けるか」
「俺じゃねぇこの町をだ」
おそらく、ここ以外にもダーイラは攻め手きているんだろう、先程の悲鳴を聞けば嫌でも察する。
「分かってる、もうすでに腕利きの弟子を行かせてる。俺は村の外まで逃げる」
いや、お前は行かないんかい、とツッコみたくなるが、随一の職人であるこいつの価値は高い。
「村の外が安全とは思えないから、気を付けてな」
「言われなくても分かっている」
そういって、おっさんは小走りで外に向かった。
さて、と。思わぬハプニングが起きたが、俺は宿に向かおう。
そういえば、ヒビキはどこに行ったのだろうか。
投稿がアホ遅れましたがマスターデュエルとウマ娘が七割悪くて、三割は走馬灯に掛けてる時間が長かったです。
本当は前後編分けるつもりなかったですが、早く投稿したかったのでキリいいところで投稿です。
ドラゴンメイド回すのマジ楽しいのと、さっさとキムタクジャッジアイズ終わらせたいのと、ポケモンレジェンズアルセウスを弟が買ってきたのでやりたいって気持ちがやばいです。
これからは頑張ります。