パレット
メープル宿屋に着いた頃。
アンさんはベッドに倒れこんだかと思うとすぐに寝てしまい、暇を持て余した私は一階でダルそうにしている男の元に向かった。
「改めて、久しぶり。パレット」
「……おう」
元気のない、けれど、私という馴染みのある人に出会ったからか少し笑みを返してくる。
「たった二年で随分大きくなったね。まだ薄いけど髭も生えてきてる」
「う、うるせえな……」
そっぽ向き、口元をふにゃふにゃにして照れる。年相応の可愛さって感じだ。
パレットは、この宿屋の一人息子さんだ。
私と彼が出会ったのはちょうど二年前、このダーイラ村周辺のクエストを受けた際にこの宿屋にお邪魔させていただいた。
とても真摯に仕事をしていたお母さんと、絵を描くことに夢中で、継ぐことも考えていないいい加減な息子だった。
その後、危険な魔物討伐をしている私達を描きたいと勝手に後ろを付いていき、危険な目に遭いそうになったりして。
魔物は無事に討伐したし、パレットにも怪我はなかったのだが、当時リーダーに怒鳴られたし、お母さんにも怒鳴られて、顔が泥と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった十歳の子供のイメージが強い。
それでもすぐにキャンパスに手を伸ばし、私達のことを描いてくれた。
「勝手に見に行って、悪かったと思ってるし反省もしている。ただ、今開き直って絵描くのは自由だろ」
そう言って開き直って書いていた絵画の出来は、子供にしては大人びていて、一人のアーティストとして扱っていいと思った。
そんな風変わりな子が、経った二年で十センチ以上も背が伸びて、店番もして、あの頃とは似ても似つかない素敵な少年になったらしい。
「そういうお前は、なんか、でっかくなっちまったらしいな」
「? 別に見た目はそんなに変わってないと思いますけど」
「存在が、だよ! 【黒】なんかになっちまってよ」
そういえばそうだった。
ここ最近の私は、ちょっと前までギルド職員になり、一応勇者についていくときに【黒】としてかっこつけて、失敗して、魔王になったアンさんを追いかけて魔人領土に。
正直【黒】としての自分を忘れていた。
「まぁ、成り行きでね」
「成り行きで【黒】なれたら世の中の冒険者苦労しないだろ……二年前に助けてもらってから、もしかしたらと思っていたけどよ」
「なんでそんな呆れてんの」
「…………うるせっ」
また照れた顔でそっぽ向く。なんで?と思ったけど、悪ガキなのは変わんないって思ったらちょっとほっこりした。
「そういえば、メープル宿屋の店主……バレットさんは今外出中ですか」
バレットとは、先ほど言ったこの子のお母さんの名前だ。
「……」
照れた顔が変わる。目が思いっきりを見開かせ、張り詰めた表情に変わる。
どうしたかしたのかと聞こうとする前に、答えは返ってきた。
「母さんは、死んだ」
「え?」
「死んだんだ、母さんは。一か月前、ダーイラ達の暴走によって、死んだ」
机の下で拳を震わせ、下唇を咬んで怒りを抑える。
「それは、ごめん……」
「あぁいい別にいい。そういうのはもう何度も言われた。店の事も心配するだろうから先に言っておくが、店に関しては問題ない。部屋一つ一つの掃除とか金回りとかは既に母さんから教えてもらっていた」
強がっていない。吐き捨てるように、既に諦めたよな声色で私に言った。
「悩んでることはないかと言われたら、飯の味が違うことだな。何をどうやっても、味が同じにならない。まぁそうやって考えて作ってって言うのが今は楽しいけどよ」
バレットさんの料理は絶品だ。特に、香辛料をふんだんに使った煮物はレストランでも開けばいいのにと思った。
「楽しいんだけどよ、一か月経って毎日自分の味を食べていると、母さんの味を忘れていくんだな思ってさ……」
今までで一番悲しそうに言った。
それは、一人になって誰にも相談できずにいた悲しい思いだった。
「って、ごめんな。久しぶりに会ってこんな話されても困るだろ」
重くなった空気を吹き飛ばすように、無理に笑ってくれた。
「腹減ったろ? 俺の飯でもよかったら食わせてやる。一か月みっちり練習してて、村の連中も」
「ダーイラは」
自然と言葉が出てきた。
「ダーイラが、暴走したって言った?」
その言葉を聞いて、へらへらとした顔を引き締めた。
「ああ、と言ってもあれは、ダーイラだったものの何かだ」
「ダーイラだったものの何か?」
「……なんて説明すればいいか分からないから、どう変わったかだけ言ってやる。
背中に翼が生えた」
ダーイラに、翼?
「こっちからは何もしていないのに襲ってくるし、群れを成す数も増えているし、突進後の切り返しの速さが段違いだ」
「そっか、ありがとう」
私はそう言ってドアに手を掛けようとした。
「まあ待て、森の中をがむしゃらに歩いても仕方ないだろ。俺が案内してやる」
「案内? いらないし、危ないよ」
「危ない? アホ抜かせ」
壁に掛けられた一本のハンマーを手に取った。
「二年前に恥掻いて、力を磨かないやつがいるか? それに、なんで俺がダーイラの情報持ってるかくらいちっとは疑え」
本当に、経った二年で見違えるほど成長した。
勇者になってから、嫌な夢を見るようになった。
嫌な夢を見るようになったけれど、嫌な夢の内容はすっかり覚えていない。
嫌なことだけ分かりながら起きて、不気味で不気味で仕方がない。
「おはよ、アンちゃん」
フォンセ。
おはよ。
目を開け、そんなことを考えながら天井を見て、黒いフォンセが視界に入ってきて。
そういえばここはどこだっけ。木材の天井は、ドミノ王国を思いださせる。
「ダーイラの村だよ、人間領土に来たでしょ?」
ゆっくり、思い出す。
ゆっくり思い出して、思い出せた。
「……そぅ……だった」
寝起きで口の中も思考もぐちゃぐちゃだった。
ヒビキさんがいるから早く起きなきゃと思いつつ、そのまま寝っ転がったままフォンセとにゃーって戯れて、少し時間が経った後に転がるようにベッドから落ちながら立ち上がる。
「少し時間が経った後っていうけど三十分くらい遊んでたからね」
フォンセが可愛いのが悪い。
「猫だからね」
それは仕方ない。
「吾輩とはしないよな」
ルーチェは口調がおじさんくさいから嫌だ。
「誰がおじさんだ!!」
そんな風に心の中で返答しながら、水汲み桶とタオルを出し、水魔法で適当にタオルを濡らして全身に引っ付いた汗を拭う。
昨日は疲れてつい体を洗わずにそのまま寝てしまったため、その分も合わせてしっかりと洗う。
確か部屋の中のベッドに倒れた瞬間にそのまま寝てしまったんだっけか、ほぼ気絶である。
ある程度体を拭いた後、なんとなく水桶の中の私を見つめる。
両手で水を掬んで、顔全体に水で顔を叩いた。
着替えて、部屋を出て、そこでやっと人がいない事に気が付いた。
ヒビキさんや、私と同じくらいの年齢の男の人は外にいるのだろうか。
そんなことを考えながら店のドアを開けると、村の中心が騒がしく感じて、近づいた。
たくさんの人ごみ、その真ん中にいたのは、大量の魔物の死体とヒビキさんだった。
好きなアイドルのLIVEとコミケが楽しみです。
よいお年を。