魔人領土からの脱出
気が付けば、私の足は硬い床から軟らかい地面に変わり、すでに慣れ親しんだ空気は、草木含む自然の匂いに変わっていた。
周りを見渡そうと顔を見上げようとすると、また目の周りがじわーと広がる。
それでも、仮面を取った嬉しそうなヒビキさんの顔が見えて、そんあ気持ち悪さはどこかにいった。
「結構簡単に抜け出せたね」
「まぁ、やったことはただの夜逃げですからね」
「魔王の、ね」
もっと言えば、仕事と期待を押し付けたうえでのこの行動だ。
さすがに嫌われたかもしれない。後悔はしてないけど。
ここは人間領土のチャトランガ帝国の領土内。
正確な位置は分からないが、ヒビキさんが「『ダーイラ』にやられた木がありますね……こっちには糞があるから、アンさん、ここはダーイラ村の近くです」と言ってるからダーイラ村の近くらしい。ダーイラ村もダーイラと言う魔物(?)も初めて聞いたけど。
人間領土から魔人領土に、魔人領土から人間領土に行く方法は、主に三つあると言われている。
それを語るに、聖魔国境線の話は無視できない。
『聖魔国境線』
それは、先代魔王ペンタクルとレイン教会教皇のダリアが実際に話し合い決めた『不可侵条約』と呼ばれるもの。
ここまでが人間のもの、ここまでが魔人のもの、と線を引かれ、
門番みたいな場所があって、人がいて、そこを通って向こうの領土に行こうとすると止められる場所。
お互いが入れなくすることで、お互いに利害があったからとか噂されていて、正直意味なんてあるのかなーなんて思ってる。どうせ争うんだし。
人間領土側は教会の人達が見張ってて、魔人領土側は……良く知らない。ヒビキさんが言うには犬人族が見張っているらしい。
「と言っても、どちらも警備は杜撰。形だけの見守ってますよってだけで、金を渡せば通してくれる意味のない物ですよ」
「でも、ここを通ろうとする人なんていなくないですか?」
「現に私達がいるじゃないですか……それに、魔人領土にしかない物や人間領土にしかない物だって沢山あるんですよ。それを求める商人や、冒険者だって沢山いますよ」
それを聞いて、そうやって人間と魔人が出会って、私みたいな人魔が生まれるんだなと一人勝手に感心した。
「まぁでも、金なんか渡して楽に通ったところでどうしても足が残るんですよね。幹部さん達は血眼になってアンさんを探すだろうし、ここに来るのも時間の問題。だから『瞬間移動』ですよ」
そう、私達はクローバ(とみんな)に教えてもらった瞬間移動を使い、魔王城からここまでひとっ飛びした。
当初は魔力が足りないと思っていたが、通話越しにネネさんが「『ちょうど瞬間移動の研究していて、消費魔力を抑える方法を見つけた』」と言われた。なぜこのタイミングで瞬間移動の研究とは思ったが、私達にとって都合が良かったので遠慮なく使わせていただいた。
ただ、それだけでは足りないと見積もり魔力石をいくつか購入し、なんとか人間領土に着いた感じだ。
なんとか、と言うけれど、実際足りないというのは保険だし、私の持つ魔力は強大で、どれだけあるか分からない。私の魔力と石をすべて使い、飛べるところまで飛んでしまうという荒業だったが結果的には多分聖魔国境線のギリギリだったので良しとしよう。これで私の魔力だけで足りそうだったなら拍子抜けだった。
「でも、私が瞬間移動使えることはみんな知ってるよ。人間領土に行ったって気付かれてもおかしくない?」
「だからって簡単に来ないでしょうし来たがらないでしょう」
ごもっともだし、それ以上会話はなった。
「とりあえず、村の宿なりなんでもいいので休みましょう。顔色が悪いですよ」
「? 別に、体調は悪くないですよ」
「嘘言わないでください。そんな真っ青にして体調が悪くないわけないじゃないですか」
「一応嘘でもないがな」
頭の上から、久しぶりに耳から聞こえてくる声。
「久しぶり、ルーチェ」
「お前の中にいたのに久しぶりとは変な話だがな……お前は久しぶりだな、ヒビキ」
「……お久しぶりです」
「アンのためにとわざわざ魔人領土に来てくれて感謝する」
「別に、勇者の御側にお仕えする。そう言ったじゃないですか」
「そこまで堅苦しく言ってないだろ」
なんだろう、知らないうちにルーチェとヒビキさんが仲良くなった気がする。私の方が一緒にいるのに。むー。
「ちなみに、アンの体調はすこぶる悪いぞ。魔力石の大量に使い、未だ慣れない瞬間移動、おまけに魔力不足、本人に自覚が無いのは無事に脱出した喜びと勇者と魔王の力による感覚麻痺だ」
「また魔王になった後みたいに倒れるかもね」
「アンさん! いますぐ! 村に向かいましょう!!」
ヒビキさんがものすごい声で私に話しかけてきて、私はただ小さく頷くことしか出来なかった。
……ちょっと怖かった。
魔人領土から手を引いたアン達。人間領土で何をするんでしょうね。
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