夜は更ける。
魔王様が起きてからは、我々を取り巻く……いや、魔人族全体が混乱し、環境が変化しようとしている。
魔王が現れるたびにこういう変化は出てくると言うけれど、まさか魔王様が人魔族で、魔人大陸の奴隷を全員解放しようとするとは思わなかった。
……思わなかったっていうか、未来でも分かる人じゃないと分からないか。
魔王としての仕事というのは実はないと言ってもいい。
魔人族を導くなんてことはしなくていい。魔王がしたいと言えば、魔人族はそれに従うだけ。
なぜなら、魔王の力は強大すぎる。もしも魔王様の機嫌でも悪くさせその一族が皆殺しにされては堪ったものではない。皆々ご機嫌取りで忙しい。
と言っても、今世の魔王様は大変お優しい。
不敬な言葉を発したにも関わらず、レイディオにだけ当たりを強くするだけ。犬人族のアホに関しては脅して一早く仕事してこいと言うだけだった。
「人魔族は、全員そういうやつなんだろうか」
もしもそうなら、調子が狂いそうだ。
訳二百五十年前、恐眼の魔王メドゥーサが誕生した。
見る物全てが石に変わってしまう悲劇の少女が魔王になり、魔王の力を扱えきれず、暴走。
魔人大陸や人間大陸を襲い、勇者は自分では力不足と察し、魔王を殺せないと判断し自らの命と引き換えに封印した。
あの日のことは今でも覚えとる。
メドゥーサは魔王になり己の眼を封印したが万が一でも偉大なる魔王の城石に変えてしまうのを恐れ、専用の住処を海の近くに作ったそうだ。理由は、水は見ても石に変えられないから、だとか。
儂はその地域には住んではいなかったが、メドゥーサが死んだ風の噂はすぐに広がり、儂の耳にも噂が聞こえてきた。
『メドゥーサが倒された思われた瞬間に姿が化け物へと変わり、目の封印が解け海を石に変えて海を渡り、人間大陸まで行き石に変えてしまった。勇者は殺せないと判断して自分の身体で封印した』
という、意味の分からない噂。
その噂を聞いた翌日、仲のいい友と共にその海に行ってみた。噂は魔人大陸全体に広まっているらしく、色んな種族がその海を見に来ていた。
噂は本当だった。
砂浜に五メートルほどの石があるかと思うと、そこから広がるように周りが石に変わっていた。
そこらにある木も、メドゥーサが住んでいたと思わしき家も、海の一部も、全て石に変わっていた。
何人かの者は石を渡り、人間大陸に渡って進行しよかと騒いだり、逆に人間と会いたくないから、接触したくないから壊そうと話したりしていたが、私はただ茫然と、ただただ茫然と魔王の持つエネルギーに見惚れたいた。
メドゥーサは、魔王という力の強大さを人間族にも魔人族にも知らしめた。
そこからだいたい三百年が経った。
海に作られた石はすぐに壊された。最初こそ争いがあったらしいが、もともと不安定な足場に両隣は海なのだ。すぐに魔法で壊された。
百年前に『マモン』という鳥人族魔王がいたらしいが、その時代はちょうど旅に出ており、その名を知る頃には三十年の時が過ぎていた。
今から凡そ三十年前。先代魔王のペンタクル様が魔王軍を作り、魔王の力を間近で見たかった儂はすぐに城周辺に住居を移した。
幸いにも儂の力は幹部になれる力を持っていたらしく、魔王様を一番近くで見られる魔王軍幹部という地位と名誉を手に入れた。
ペンタクル様がどんな人かと聞かれれば、『魔人族のために全力を尽くす御方』といえばいいだろうか。
常に未来を見据え、圧倒的カリスマで魔人族をまとめ上げた。
ペンタクル様は「魔王としての力は私は歴代で一番低いよ」と仰っていたが、自分が弱いなら他人を育てようとは誰も考えない。
部下を持ち、育て、軍を作るとは誰が思うか。
歴代で一番知的な御方だった。
さて、今世の魔王様はどうだろう。
初の『人魔の魔王』で、行動する理由すべてが『人魔のため』だ。
自分が望む世界のために、部下を使い魔人を動かし自分を利用する。
会った初日は慣れない環境に動揺していたようにも見えるが、今では魔王らしく胸を張っている。
一つだけ不安視しているのが、片親の一人である人間族に情があるのなら、人間族との戦争にどれだけ悪影響があるか計り知れない。
私は別に人魔を開放すること自体は別に反対ではない。
遺伝による種族の力や個々の力など己の努力で上回るし、種族による力など才能には勝らない。
それに、今の時代は武力が全てではない。農業や商業が本格的に始まり、領土という問題も生まれた。
故に、今の時代は『頭』がいい奴が有利に動く。もちろん『武力』で黙らせる方法も出来るのでやはり武力も大事だ。
思えば、頭と武力を鍛えるために学び場を作ったのだろうか?
もしもそうなら、あのお方はどこまで未来を見据えていた?
「魔王様の御側に就くと、波乱な生活になるよのう」
久しぶりにきた黒狐人族の隠れ家の匂いに、つい昔のことを思い出してしまった。
そんな自分に、仕方ないと笑った。
ドクン。
ドクン。
寝ているのにも関わらず、心臓の音が大きく聞こえる。
寝ているからなのか、周りが静かなのかは分からない。
真っ暗の部屋の中、ここは夢の中なのか瞼の下なのか分からない。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
一秒よりも少し短い間隔で、何かが脈を打つ。
これは、本当に心臓か?
ドクン。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
暗闇の世界が、血がにじむようにだんだんと赤く染まっていく。
これは、なんだ。
なんなんだ。
…………なんなんだ。