懺悔と忠誠
「おかえりなさーい」
「……ただいまです」
どこかげっそりとしたヒビキに、本を片手に笑顔を浮かべているアン。その隣には、疲れたのかぐっすり眠っているクローバの姿が。
「なんか、どっと疲れました」
「私と戦って、その後にロアヴェリスさんの……部下?と戦いましたもんね」
「やっぱり、分かってたんですか?」
「その首輪のおかげで。ヒビキさんが魔力を使ったら私に『魔力使ったよー』っていう信号が来るんです」
ふわっとした説明だが、実際にヒビキが何かアクションを起こせばアンに魔力信号が送られる。
アンからしたら感覚的なことなので、ふわっとした説明なのも納得だが。
「魔力を一切使えなくする装置もあるようですが、ヒビキさんが私に危害を加えるとは思えないので、解除してあります」
「当たり前じゃないですか!」
「い、一応ですね?もしかしたら、何かしらで使うかもしれないですから、その時にパニックにならないように今説明した感じです」
「そんな畏まらないでくださいよ……立場が上なのは、アンちゃんじゃないですか」
「まぁ……それはそうかもですね?ずっと、敬語がいいのか敬語じゃ駄目なのか、なんか変な感じで」
「私も、ちゃん付けが変な感じで……」
もとより、最初出った時は『さん付け』で、旅に出始めてすぐに『敬語抜き』だの『ちゃん付け』したりしたのだ。
しかも、その敬語抜きなども、別れる数時間前の事なのだ。
さらには魔王になり関係は複雑化。内心ヒビキは「ちゃん付けも半分ノリだったから、ぶっちゃけ続けたくなかった」と思っていた。
「お互い楽な感じで行きましょう。敬語抜きとか、どうでもいいです」
「ですね。言い出しっぺは御仕置きしておきます」
心の中で「『おい!なんで吾輩がそんなことされなきゃいけないんだよ!!』」と叫ぶが、無視する。
「お、御仕置き……アン……さんって、なんか、多分なんですけど、魔王になってから言葉がなんか重くなりましたよね」
「そうかな?」
「そうだよー」
頭の上からぬるりと、フォンセが出てくる。
いきなり出てくる黒猫にヒビキは仰け反るようにびっくりするヒビキ。
「多分、ちゃんと話すのははじめましてかな?ヒビキさん」
「は、初めまして。えーと」
「フォンセ」
「フォンセ、さん?はじめまして」
「ん。アンちゃんの口が悪くなったのは気のせいじゃないよ」
「私口悪いの!?」
「原因不明だけど」
「原因不明なの!?」
「口が悪いというか、ツッコミ力上がってません?」
「まぁたぶん?魔王になったから相手に舐められちゃいけないってのが、私の知らない所で思っているのかもしれない」
いつもみたいになんとなくで語るフォンセだが、何故だか説得力があり、なんとなく二人は納得してしまった。
「というか、フォンセさんですよね。実際に戦ってって言ったのは」
「ルーチェが考えた」
「嘘つかないの」
「大変でしたからね。全力で捌かなかったら死んでましたよ」
「まぁ、魔王ですからね」
「改めて魔王の力を確認できた。趣味レーションや素振りと違って、実戦じゃないと分からなかった部分もあった。ありがとう」
「凄い複雑な気分」
「あはは」
「あっ、そういえば」とヒビキが思い出したように口を開いた。
「これ……アンさんのお洋服だったり装備です」
「……あー、完全に忘れてました」
魔王になった瞬間に無意識で魔力で編んだ狩人服で一日過ごし、二週間後に起き上がった、つまり今日の服装も貰い物で。
なんかスライムの防具とか、もらった服とか矢とか……壊れた弓とか。
まだ二週間しか経ってないのに。
ちなみにお金だけ綺麗に抜き取られてた。どこに消えた私のお金……まぁ多分盗賊のに捕まってたんだしそりゃあそっかって感じだし、そもそも今お金いらないしって感じだから別にいいけど。
壊れた弓とか、このスタイムの防具とかは……別にもういいかな。
弓は、こうして時間が経った今、冷静になったのか分からないけどもういいやって気分だ。
壊された当時はあれだけ感情的になって魔王にもなったのに、不思議だ。
どうしようかな、新しい弓買おうかな。
その後も、アンとヒビキは話し合った。
先程の戦闘でのこと。この一ヶ月でのこと。
ただ、ただ。
いくら話しても、ヒビキの声色は明るい物にはならなかった。無理やり取り繕うとした、そんな声。
アンと戦って、ロアヴェリスの部下達とも戦った疲れなのかと思ったけど、そんな
それを話してもいい物のかどうかがアンには分からずにいた。
「……」
「……」
お互いが黙りこくる。
嫌な空気なのか、お互い話す話題が無くなったか分からなかった。
とりあえず、アンは無意識にクローバを撫でていた。
「―――あの」
「ん?」
「すみませんでした」
話の流れを無視した謝罪。
ずっとずっと着けていた黒い仮面を取り。深く、深く頭を下げてきた。
「あの時、アンさんを守れなかった。オクトパスの長が相手と分かった時点で……いえ、煙幕を張られた時点で、見栄を張らずに逃げるべきでした。黒として、冒険者として失格です」
「ヒビキさん……」
「許して欲しいとは言いません。最悪殺されていました」
確かに、あの時煮えたぎる怒りの感情が湧き出なければ、アンは魔王にはならなかった。
眠らされたままそのまま首を掻っ切られていたら、命もなかった。
今世の勇者は、役目を果たす前に死んでいた。
「私は……わたしは……!」
頭を下げたままのヒビキの顔は、アンには見えなかった。
見えなかったが、床に落ちていく涙はとても大きく感じた。
「『憧れの勇者に自分の実力を見て欲しかった』そんな、幼稚な思考をしていた私で……ごめんなさい」
「ヒビキさん……」
アンは、正直そんなことだろうとは思っていた。
だが、何て返事をしたらいいか困っていた。
アン自体は全く気にしていないのだ。
確かにあの瞬間は危険だった。命の心配もした。
だが結果として、魔王に開花して、魔王城で多くの人と出会い、自分のやりたい事も見つかった。
もしかしたら、勇者として暮らし続けていたら、人魔を救いたいという目標は、もしかしたら見つけられなかったのかもしれない。
アンは返事に困っていた。
「『顔を上げてください。泣き顔を見せないでください』」
だから、首輪の能力で無理やり泣き止ませた。
こういう所が、魔王になってから変わったのだ。
顔を上げたヒビキの目の縁にはまるで鱗のような水が溜まっていたが、久しぶりに見たヒビキの表情は、アンからはまるで別人のように見えた。
「え?」
「…………私は、魔王になったことに後悔はしていません」
「それは……」
「ヒビキさんが謝るなら、ヒビキさんがもしも言っていたように逃げていたら、魔王になってなかった」
「ですが、それは結果論であって……」
「結果論でも、いいんです」
お互いが震える声で見つめ合った。
魔王と言うより、少女の声色で。
「だから言わないでください。ごめんなさいなんて。私のしたことを、否定しないでください」
「……アンさんは、どうして魔王になったんですか」
「あの男を殺したかったから。あの状況を打破できる力が欲しかったから」
無意識に、この問いだけには早く反応した。
それだけ強い思いで魔王になったのだ。
「……そうですか。じゃあ、私は何も言いません」
諦めたように、だが同時に優しさも含めてヒビキは吐いた。
うっすらと笑みを浮かべているのは、苦笑か優しさか。
一粒の涙が零れてきたのは、悔しさか嬉しさか。
「―――私は、勇者のアンに、魔王のアンに、忠誠を誓います」
片膝を付き胸元で両手を合わせ頭を垂らす。
本で見た格好を見て、何度目かの自覚をする。
それももう、慣れた事だった。
「よろしく」
相変わらず、何を言えばいいかは分からなかった。
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