クエスト受注
ゆっくりと身体が沈んでいく。上にはまだ小さな光があるけれど、沈んでいく方向は暗闇ばかりだ。
だんだんと沈んでいくと、一つの金色の光。
沈んで、沈んで、あと指先一つ伸ばせたら。
布一枚から零れる太陽の光は、アンの目を開くのに十分な明るさだった。
寝るために着た軽い服は、汗がびっしょりで着ているだけでも気分が悪くなりそうだ。
「……何か、悪い夢を見た気がする。夢の内容覚えてないけど気分最悪……というか、寒い」
雪が溶け、タンポポが咲く季節になったとはいえ春の朝はまだ寒い。
アンはバッグの中にある水汲み桶とタオルを出し、水魔法で適当にタオルを濡らして全身に引っ付いた汗を拭う。
昨日は疲れてつい体を洗わずにそのまま寝てしまったため、その分も合わせてしっかりと洗う。
体を拭きながら、まだ寝ぼけた頭で今日の予定を考える。
バンザの街で既に満足していたが、残念ながら目的地はここではない。
ここからさらに南に行き、村三個と国を一つ通りすぎると、人間族の中で一番大きな国、『王都ドミノ』があり、最終的にはそこに行く予定だ。
元々、アンは親以外の人と喋ったことが非常に少ない。
なぜならアンは『人魔族』と呼ばれる、人間と魔族の血が通ったこの世界ではありえないと呼ばれている種族、教会などに知られれば死刑以上の罪状が送られるため、今まで山で暮らしていた。
だが、アンは「それでも」と言い、人と触れ合う人生を選びたかった。
「もう少し待ってもいいけど、時間は早い方がいいかな」
身体を拭き終えると、いつもの装備に着替える。
白く塗装された鎧、長く使っているためかあちこちで塗装が剥がれ紺色があちこちにちりばめられている。
これは、お父さんが昔狩った「ハイデッドバット」という、蝙蝠のような魔物の翼で作ったらしい。
その魔物は胴体は、並みの魔物と同じように刃が通るので、胴体は明確な弱点と言われているのだが、翼は岩とは比べ物にならないほど固く、巨大な身体を覆いかぶせるほど大きい翼なのでそれでなお軽いという優れ物らしい。
そういう相手は、『面』で戦う武器、いわゆるハンマーと呼ばれる鈍器などで対処したりするのがいいらしい。
私は弓矢専門だから、そういう対処は出来ないけどね。
もしも会ったら……紐付き矢で無理やり巻くとかかな?お父さんは仲間と協力して胴体に当てたらしいけど。
そんな翼だが、加工こそしづらいが鎧などによく使われる。
飛ぶために軽く、身を守るための硬さを持ったこの装備は、よく冒険者の使われ防具に使われるらしい。
別にレアな魔物なわけじゃないらしいから、魔人族のお店ではちょっとお高目な装備品と言われているが、お父さんが使っていたものを私に譲ってくれたのは、感謝してもしたりない。
家に帰る時が来たら美味しいお酒でも持って帰ろうかな。
記憶にない悪夢の感覚も、もうそこにはなかった。
「すいません、このクエストを受けたいのですが」
クエストボードにあった『【犬】王都まで商人の護衛』を受付に持っていく。
「かしこまりました。このクエストは複数人の希望ですので、他の人も付いてきますがそれでもよろしいでしょうか」
「問題ありません」
実際、初めてのクエストなので他の人も付いてきて欲しいのが本音だ。
「それでは、このクエストを既に受けているナナグロさんとチャインさんが座っている十五番席に座ってください、初めてのお仕事頑張ってください」
「はい、ありがとうございます」
受付さんから一枚の木の板を貰い、番号の書かれた席に向かう。
「んあ?見たことない面だな」
「は、初めまして。アンと申します」
「あー、あれじゃない?なんか昨日知らん女が来たってギルドで噂になってた子」
「ふーん、そうか。俺の名前は『ナナグロ』だ。ひょろっこい体格だが、これでも【青】だ。よろしくな」
「でたでた、ナナの初対面ランク晒し。うざいからやめなよ。アタシは『チャイン』だよ~よろしく」
そこにいた人は、金髪で細長い背格好の男性と、後ろで短く結んでいる栗色髪の女性の二人だった。
同じ女性が一緒で良かった、こういう職業って男性ばかりなイメージがあったから。
「うっし、じゃあ早速だけどクエストに向かうか。行く準備はもう出来てるよな?」
「はい、持ち物はこれで全部です」
「よし、それじゃあしゅっぱーつ!ねぇねぇアンちゃん馬車隣に座ろー!」
私の初クエストが始まった。
「へー! 今日が初めてのクエストなんだ!」
「はい。だから正直分からないことだらけで……色々と教えてくださると嬉しいです」
「俺なんかで良ければ全然教えてやる」
護衛する馬車が出発して数分、お互いのことを少し話そうということになった。
「ん?じゃあどこから来たの?ギルドもない田舎村なんてここらへんにあったっけ?」
「山です」
「山……やま!?」
「はい、山にポツンと一軒家がありまして。そこでこそこそと暮らしてました」
「ほへー、今の時代に山暮らしねぇ」
「じゃあ、そこで自給自足とかしていたの?」
「そうですね、普通の木の実から薬草類、歩き茸などの野菜とか。後は、そこらへんにいた魔物を倒して……って感じです。ブートとかワームとか美味しいお肉も豊富ですね」
「ワーム……食べる人はやっぱ食べるんだ」
「美味いですよ? ワームの肉団子もしよろしければ食べますか? 念のため持って行けってお母さんに言われて、凍らせて持ってきているんですよ」
「ひいいいいいいいいらないいらないいらない!!」
「あんたら、もう少し静かにしてくれないか?」
チャインさんが叫んで馬車を動かしている商人さんに怒られてしまった。
うーん、お母さんが『猿も犬も鳥も鬼も人間もワーム団子を食べさせればお仲間』と言っていたのはやっぱり嘘だったのかな。
そんな他愛もない話を過ごして約数時間。
運がいいのか魔物は一切出ず、段々と日も沈んでいき、野営の時間になった。
晩御飯は商人さんの心遣いでお店で売る予定だった食材をくれた。
お礼に王都に着いたら何か買ってみようかな。
夜番は二時間ごとに起き、魔物に襲われないか見張る。
「アンちゃん、起きて―」
「ん……あぁ、はい。」
のっそり起き上がり、水魔法を唱えてそのまま顔に掛ける。
これをやると頭がすっきりして気分がいい。
「あれ、チャインさんは寝ないんですか?」
「うーん、眠くなるまで起きてようかな。新人ちゃん一人にさせたくないし」
「新人ちゃんて、急に先輩風吹かされても困るというか」
「あはは、もう時すでに遅しだね」
「ワーム食べれない人が先輩はちょっと理解できない」
「好き嫌いは仕方ないさ、アンちゃんよ」
火の前で二人ぽつぽつと喋る。
「新人に俺で良ければ教えてやるとかいうやつは信用しちゃ駄目だからね?」
「……それナナグロさんが言ってませんでした?」
「あら気づいちゃった。まぁでも分からないのよね、善意で教えてくれるのか、近づくためにそう言ってるのか、だから全部疑ったうえで教えてもらった方がいいよ」
「結局教えてもらうんですね」
「その方が楽だし早いしね、まぁナナグロに関しては、きっと善意も好意もあるから気を付けなさい」
「人が寝ている時に、なに人をディスってんだよ」
未だ目が垂れてるナナグロさんがテントから出てくる。
さっきの話全部聞こえていたのかな。
「まぁ全部合ってるからいいんだけど」
「あっ、あるんですね」
「あたぼーよ、独身男性だぞ?チャンスは狙っていかないと」
「そう言って三十年間なにやってたの?」
「……マジで何やってたんだろうな、俺」
ナナグロさんがサッと目を反らした、これかなりダメージ負ってない?
「……きゅ……きゅぴ」
「「「あっ」」」
小さな小さな、何者かの鳴き声が聴こえた。
何者か、と言ったがこの特徴的な鳴き声は一つしかいない。
「ラビットユニコーン」
「お、当たり。やっぱ山で暮らしていただけあって、素人の枠は超えてるかもね」
いつも背中に掛けてる弓を手に持ち、矢筒を開ける。
ナナグロさんもチャインさんも準備完了らしく、ナナグロさんは長剣を、チャインさんは閉めていたバッグを開けた。
冒険者登録してからの初戦闘、気合を入れよう。
「一応商人さんを起こしてすぐに逃げれるようにしておいた」
「じゃあ、いっちょ兎狩りしていきますか。ナナグロは前、アタシとアンちゃんは自由!」
「了解しま……え、自由?」
「あいつの言ってることは真に受けないほうがいい、行くぞ」
少し不安が残りながら、戦闘が始まった。