意思
魔王アンの会議を終えた後、スノードロップは急いで実家に戻り霊園の掃除をしていた。
昼には帰る予定だったが、アンが目覚めすぐ招集したせいでスノードロップは帰るのが遅くなり内心不機嫌だった。
家に帰っても家には誰にもいないし、何も無いから、ゆっくり行っても良かったけれど。
スノードロップの実家は、年中雪が降る極寒の地域。
ただ今は、気温が少し高いのか粉雪が舞う程度の天気だ。
「……」
母から継いだこの霊園は、墓の一つも増えず、墓の一つの場所も変わらず。
子供の頃からずっとこうやって雪を払って墓を拭いて。
笛を吹く。
「LA―――♪」
スノードロップは代々伝わる『死霊を導く者』の末裔。
見えもしない存在相手に変拍子の音楽を奏で、囚われた不機嫌な死霊を喜ばせる。
ここは、死んだ死霊達が囚われる場所。
囚われてる理由も、笛吹いて喜ぶ理屈も意味分からないけれど、やらなきゃいけないから生物のいないここに帰る。
誰も生きる者がいない変わった場所。
スノードロップ以外、ここに来ない。
ただ一人を除いて。
「自然の力というのは不思議だと思わないかい?」
何の突拍子も無く、先程まで一人だったのにフラワーがそんなことを呟いた。
一人でいる所に突然。スノードロップがここに来ることにも言ってないのに。
「何の……話ですか?」
「自然というのは意思を持っている。そうは思わないかい?」
「意思……精霊様がいるから、意思を持っているとは言われたりしますが」
「そういう意見もある。精霊がいるから風があり、水があり、火がある。故に、精霊がこの世界を意のままに操作している。と、唱える人もいる」
「『神様の使い』……でしょうか?」
「そうとも言う……が、別に『様』はいらない」
神の使い、確か『レイン神はこの世界の基盤を作り、自然を精霊達に任せた』だっただろうか。
ただ、これは人間達が勝手に言ってるだけで、神という存在すらいるか分からない……いるかどうかも分からない物を信じない魔人達からすれば、信じるに値しない話と一蹴する者もいる。
「ですが、フラワー様は……これを違うと思われるとですか?」
「なーに全部を否定するつもりではないよ。神がいて、精霊を産んでこの世界を任せた。ここは別に信じてもいいんじゃないかなと思うよ。ただ私は『精霊がいるから風が来る』とは思っていない」
「……どういうことでしょう?」
「『風があるから風精霊が来る』」
「……?」
風が、あるから?
「雪があるから雪精霊が来る。火があるから火精霊が生まれる。
『何かがあるから、そこに来る』と思うんだ。
だってそう思わないかい?『武器精霊』から武器が生まれるわけじゃないだろ?」
「それはそうですが……」
「まぁ、今さっき思いついたものだから、気にしなくていいよ」
そんな思い付きで話しかけられても困る。
「自然の力というのは不思議だと思わないかい?」
「……」
先程と一言一句違わない問い。
おそらく、この人の納得いった会話が出来なかったのだろう。話を強引に最初に戻してきた。
今度は何も言い返さなかった。
言い返し話がこじれたら、この人の意図なんて一ミリも分からないのだから。
「自然は意思を持っている。精霊とは違う、別の意思を。その力に気に入られれば、森羅万象の力を手に入れたと言っても過言ではない」
「しんら……?」
「さて、スノードロップ、ここで問題だ。自然に気に入られるにはどうすればいいと思う?」
「自然に気に入られる……?」
スノードロップは師匠から意味の分からない問題に一応考えて答えを探る。
なんだかんだ、この人の言うことは的を得ているのだから。
なんだかんだ、この人のことを師匠と思っているのだから。
「魔力を沢山持っている人、とかでしょうか」
「ぶっぶー、ざんねーん♪」
胸元にバツ印を作りながら口角を右肩上がりにしたフラワーを見て、胸の奥にある不満の溜息が漏れ出そうになった。
ただ不正解と言うだけでいいのに、どうして意味の分からない擬音とポーズを取るのだろう。
そんなスノードロップを横目に、フラワーはこの霊園で一番大きい墓を優しく撫でる。
「正解は、自分の意思を持つことだよ」
私は、魔王だ。
私は、魔王のアンだ!
「本気を出した魔王様の魔力、凄いですね!」
「寝込む前より魔力量多いんじゃないかな……とゆかこれ、魔王様、魔力を普段からかなり抑えてそう」
「あれは……武器?」
「へー、弓矢を使うんだぁ……やっぱ面白い魔王様だね」
「へび、くろへび!」
結界内にいる三人は、魔王のトレーニングに、はしゃぎ、腕を組み、指を差しと大満足のご様子。
と、そこに。
「……こんにちはー」
「こ、こんにちは」
恐らくルカが創ったであろう、空間に文字のゲートが開かれると、中からルカとスクールの二人が出てきた。
同世代の子と話すのが苦手がスクールが、一番年齢の近いルカと一緒にいるのは少し珍しい。
「みなさん、もういらっしゃったんですね」
「私はたまたまだ。ここにいたら、魔王様が来た」
「私が案内しましたー!」
「わたしはあんについてきた」
「要するに、ここにいる者は暇人の集まりだ」
魔王に目線を凝視しながらロアヴェリスはそう呟いた。
実際、ここに来ていない魔王幹部達は、その種族のお偉いさんだったりする。
例えば、キリノジは鬼人族の中でも由緒正しい巫女の家系、鬼人族の会議にて発言を許される存在だ。あんな性格をしていなければ、今頃鬼人族族長の権限まで上り詰めてても可笑しくないが、その件に関しては今は関係ないだろうから触れないでおく。
それに比べ、イナリは立派な黒狐族族長だ。狐人族とのいざこざを上手く纏めつつ、種族の未来をために慎重に政治活動を行う彼女は族長として相応しい。
レイディオも幹部同士では弄られてばかりだが、あれでも馬人族最強で族長(馬人族では王と呼ばれてるらしい)にまで上り詰めた権力者だ。
ストロングも同じように竜人族最強と呼ばれているが、位はキリノジと同じような場所だ。だが、それでも凄いことには変わりない。
一人だけ例外なのはスノードロップ、彼女はお偉いさんでもなんでもない。実家に用事があって帰るのはしょっちゅうの事だから、周りの幹部達は特に何も気にしなかったけれど。
そんな、魔王幹部と種族のお偉いをしている人達が忙しい理由は、目の前で悠々と身体を動かしている魔王のせいだ。
『奴隷解放』『人魔人権剥奪禁止』
魔王絶対主義のこの世界は、例え前例の無い頭の可笑しい意見でも私達魔人はそれを叶えなければいけない。
奴隷を解放なんて、じゃあ奴隷の人間はどうするのかとか、いままで当たり前にやってた労働とか破綻するが、そんなことは二の次だ。
まずは自分の国に帰り即会議を開き「魔王様の命令」として伝え、『なんやかんやあって』法になる。
「そのなんやかんやが一番大変だ!」と遠く離れた同胞達の心の叫びが聞こえた気がしたが、恐らく幻聴だろうと思いロアヴェリスは聞き流した。
「あん、まえよりすごい」
頭の隅で考え事をしていたロアヴェリスに、クローバのそんな呟き声が耳に入りハッとしながら再びアンを見る。
アンのやっていることは至って単純で今現在の自分がどれほどの力を持っているかの確認だ。
腕っぷしから走り跳や躍などの身体能力、魔力で編んだ弓と矢の使用感と威力、自分が使える魔法の威力、黒蛇の確認や、他にもやれることの確認。
クローバの言う通り、アンの戦闘能力は遥かに向上した。
もちろん、見ている幹部達は前の強さは分からないが、その動きの鮮やかさに情けなく口をポカンと開けていた。
そして、ピタッと。アンが突然止まった。
先程まであちこちに跳び周り走り回りと忙しそうだったが、内蔵魔力が切れた子供用おもちゃのように動きを止めた。
まさか、また体調を崩したのではないかと結界内にいる五人は内心冷っとしたが、その心配はすぐに無用だと察した。
「お疲れ、フォンセ」
「お疲れ、アン」
確認は無事に終了した様子。
五人は安全な結界内から出て、アンに近寄る。
「お疲れ様です!魔王様!」
「あれ、なんか増えてる。ルカちゃんと、スクール君も来てたんだ」
「はい!あの、あの!とても凄かったです!魔王様の戦うお姿!」
スクールはその瞳を輝かせながら、耳をぴょこぴょこと尻尾をブンブンと興奮しながら語った。
「いい物を見させてもらった。ここからさらに力を付けると思うとゾッとする」
「魔王様は、かっこよかった」
「弓と言えばレイディオさんだけど、多分レイディオさん超えてます!」
アンは褒めて来る部下達に思わずたじろぐが、ジッと無表情でこちらを見るクローバに気付く。
「どうしたの?クローバ」
「あん、まえよりつよくなった?」
「ん?うん。強くなったよ。確実に」
「どうして?」
「どうして……どうしてかー」
アンは迷う素振りをしながら、クローバの頭を撫でた。
「きっと、やりたいことが出来たからだよ」