今世の魔王
「魔王様が倒れてしまうとはなぁ」
「まさかとは思いますが、今世の魔王様はひ弱なんでしょうかねぇ」
魔王城の廊下の突き当り。
そこそこ稼げてる二人の猫人族商人が、誰も聞こえまいと小声で話す。
「魔王に開花したけど魔力枯渇して死にそうになり、おまけには人魔の奴隷として売られる者に助けられる。カー!情けないったらありゃしない!」
「これ、声が大きいぞい。もしもこの話がストロングやキリノジに聴かれたりしたら―――」
殺されてしまう。
そういう前に、二人の胸に風穴が開いた。
百戦錬磨の戦士、ストリングは己の槍に付いた血を軽く拭くと「死体処理は任せた」と言いその場を離れた。
☆
「それにしても、ミコトとアブソリューはどこ行ったんですかねぇ。せっかく魔王様が開花されてここに来たというのに」
身長約二百五十センチある巨人と、角含めず身長約百六十センチの少女は、螺旋階段をゆっくりゆっくりと降りている。
「にゃはは。すっごい棒読み。二人がどこいるか分かってるって声じゃん」
「もったいないって事ですよ。アブソリューは前代の時から幹部やってるからいいですけど、ミコトは……そういう存在って初めてじゃないですか」
「確かに!キリノジのあのはしゃぎ様から見るに!一つ目に触れないのはもったいないねぇ」
「私がはしゃいでたって所だけ意味不明ですが……でも、もったいないですよ」
背中におぶった銀髪のルカを一度跳ねさせて持ち直す。
齢十歳で、己の筋力がそこそこあるにしても、あまりにも軽いルカに苦笑する。せめてご飯は三食食べて欲しいものだ。
「仕方ないさ。ミコトは両親の所に遊びに行き、アブソリューは私のラボで調教中だ」
ワキワキと両指を動かし気持ち悪い表情で「調教」というロアヴェリスに、キリノジは興味津々だった。
「見に行ってもいいですか?」
「現状眠ってるだけのおっさんを見るだけだぞ?どんなふうに改造しようかまだまだ考え中だし」
「じゃあいいです」
一気に興が冷めたようだ。
「それにしてもだけど」
話をタネを変える言葉をすると同時に、ロアヴェリスは懐の胸ポケットから飴玉を出し、それを口に含む。
「魔王様、どうよ」
「……どう?」
話の意図が読めないキリノジは首を傾げた。
「なんだろ。印象とか、パッと見とか?」
「パッと見……ですか。んー、まぁ、正直魔王のイメージというか人物像と言いますか……歴代魔王からして屈強な男か艶美なお姉さんの二択じゃないですか」
「一応あってる」
「で、今回は私と同じくらい。数歳の歳しか離れてなくて、なんとなく見た目や性格とか、そういうので魔王を決めるわけじゃないんだなって思いましたね」
「意外ではあるけどね」
「そうですか?」
キリノジはロアヴェリスの胸ポケットに手を突っ込み勝手に飴玉を拝借し、そのまま口に含んだ。
「『今の魔人族は若者が強い』と言うじゃないですか。どっかの誰かが」
「そのどっかの誰かさんは~~~」
「その名も、ロアヴェリス!……満足しました?」
「超満足した。続けて」
「まぁ、あれですよ。時代の流れを象徴するような魔王様が来たなとは思いましたね」
「なるほどねー、さすがその時代の流れと言われた女の子の一人は鋭い」
「その時代の流れを作ったのは貴方でしょう?」
「あっま美味い」と呟くキリノジ。
「自家製の飴だからね」とロアヴェリス。
「んぅ、……あ。」とルカ。
「あれ、起こしましたか?」
「ここは?」
「さっきのパーティで酔い潰れたんですよ。降りますか?」
「……んーん。キリちゃんの背中の上、気持ちいから。もしもいいなら、このままがいいな」
「仕方ないですねぇ」
優しい優しい声色。
あっという間に二人だけの世界にロアヴェリスは置いてかれ。
ちょっと、イラっと。
「もしかして、二人って付き合ってる?」
「なななななになにな、なー!!」
「待ってくださいルカ!動かないでください!危ない!ここ階段!」
二分後―――。
「―――落ち着いた?」
未だに顔を赤らめてるルカは、キリノジの背中で力強く何度も頷く。
絶対落ち着いていないルカにいまいち不安を覚えるキリノジも、頬を少し赤らめながら力強く太ももを持ちながら頷いておいた。
「で、付き合ってるの?」
「なー!」
「よくこの流れで聞けますね。ルカも過剰反応しないでくださいよ。答えはまだ付き合ってないですよ」
「まだ?」「まだ!?」
「反応うぜぇ」
思わず素の反応するロアヴェリスとルカ、呆れながら返事するキリノジ。
「私とルカは友達です。これ以上追求しないでください。殺しますよ」
「にゃはは、すまないすまない。若いお前らをからかい過ぎた。すまない」
キリノジの女癖は魔人族の中では有名だ。
毎夜いくつもの女を侍らせ、幾人もの召使いを骨抜きにしているという、都市伝説に似た事実。
「そうだキリノジ、魔王様に抱かせてくださいって言うのは面白そうじゃないか?」
「首が百個あっても足らないレベルの失言ですが、聞かなかったことにしますね。それと、私は私と抱き合いたい人しか抱かないので」
「へー」
興味無さそうに返事するロアヴェリス。
ただ、その視線はキリノジに乗ってるルカの顔。
口角を上げるでもない、口をすぼめるでもない、眼を閉じてるわけじゃない、怒りでもない。
どんなことを思ってるだろうか、まさか「抱いてほしいって言おうかな」とかか?
そんな風にまたからかいそうな自分を、口の中にある飴玉を嚙み潰して我慢した。
甘い。
パーティも終わり、魔王様が倒れるというハプニングがあり、ドタバタした一日を振り返りながらその場所に訪れたイナリは、ここ最近入り浸っている訓練所に来た。
訓練所は、大きく分けて二つある。
一般兵士たちが訓練する『一般訓練所』
百万以上の兵士達が訓練するこの場所は、ここ百年で随分と大きくなった。
種族感で得意な戦闘方法があったり、その特異な戦闘方法を無視する個性だったり、この有象無象まとめるアブソリューは、例え片手を失っていた時期でも幹部以上の働きをしていると言っても過言ではない。
もう一つは『臨戦態勢』と呼ばれる訓練所。
通称『魔王軍幹部専用訓練場』。正式名称の方は誰も呼ばないし何人か忘れている。
専用と言っても何かあるわけじゃない。せいぜい壁や床が結界等に守られ丈夫なことだ。
この前、キリノジとアブソリューが、ミコトとイナリが対戦していた場所は一般訓練所の方だが、アレに関しては一つのショーのような感じだったので壊れる辺り一面が灰になることは無かったが、あんな場所で本気で幹部が力を振るえば一時間も持たない。
イナリはあの時本気を出したが、ヤバいと悟ったキリノジが結界を多重に張っていたため、あの場が壊れる心配はなかった。
どうでもいいが、キリノジはアブソリューを高所から叩きつけた時に地面を少し削ったが、場の空気がいい雰囲気だったのが功を奏したらしく、誰にもバレなかったらしい。キリノジは大量の冷や汗をかいていたことは誰も知る由が無い。
「あれ、イナリさんじゃないですか!」
「こんな場所に来られてどうかされましたか?イナリさん」
「あら、スクールとレイディオじゃないか。こんな夜中、他に誰もいない訓練場に来てどういたんだい?」
「それ、自分の胸に当ててみては?」
「魔王様がついに来てくれたんですもの!僕も負けないように精進しないと!」
かっこつけて返答したレイディオと純粋無垢で素直に返すスクールに自然と笑みが零れる。
「しかし、二人は普通に仲睦まじいのぉ。同じ獣人系で遠距離を主体に戦う者同士だからかの?」
「レイディオさんが優しくて、悩みとか聞いてくれるんです!」
「そうでもありませんよ」
「そうだぞ、こやつは大したことない」
「凄く酷い」
子供の前でも容赦ないイナリに少ししょぼんとするレイディオ。
割と毎日がこんな感じ。
「そうだイナリさん!新しいセットアップ試したいので、全力で避けてもらってもいいでしょうか?」
「若造に言われちゃ仕方ないの。それじゃあ本気で避けるとするか。当てたら何か褒美でもやろう。レイディオ、審判を頼むぞ」
「承知致しました」
「えっ褒美とかいらないですよ!」
「いいからやるぞスクール。儂も、強くならなきゃいけないからの」
化け物たちは、今日も鍛錬を続ける。
限界を目指し続ける。
「フラワー様、今世の魔王が開花されました」
「知ってるよ、スノードロップ。それにしても、意外と遅かったね」
「遅い?そうでしょうか」
魔王が死んでから新たな魔王が現れるまでは、今までだとどんなに早くても七十年ほど時間が掛かったのだ。
それが、今世は経ったの三十年。
到底早いとは思えない。
「でも、遅いよ。待ちくたびれた」
それでも、そうと語る彼女の顔は満足げで、どこか儚い。
時代は常に移り変わる。
非常識は常識に変わる。
「時代の流れを象徴するような彼女は、この世界をどう変えてくれるかな」
それは、この物語を読む読者ような、無邪気な感想だった。