一方
時は少し遡る。
「―――プハァ!死ぬかと思ったぜこの野郎!!」
「ルーチェさん!?」
アンが連れ去られてから約十秒後、急ぎで馬を走らせようとした時突如ルーチェが道路の真ん中に湧いた。
「どうしてルーチェさんがここに……一緒に連れていかれたかと思いました」
「そのつもりだったんだし、吾輩は動けたから、アンの身体乗っ取って覚醒状態になって無理やり蹴散らすプランもあったんだが……」
ルーチェは喋りながらヒビキの元に駆け寄る。
「あいつら、飛んだ後すぐにアンの首に魔力に制限を掛ける首輪を付けやがった。手慣れていやがる。何より超強力な魔力制御装置だ。アンとの会話が出来ない」
「会話が出来ない?」
「説明は馬を走らせながら頼む。このまま帝国方向に進んでくれ」
「了解です!『大いなる風の神よ―――神速の加護』」
ヒビキは馬に速度が上昇する魔法を馬に掛け、すぐさまアンの元へ向かった。
「まず『精霊』がどんな存在かってのは分かるよな?」
「はい」
精霊という存在は、この世界における概念のような存在。
風はある所に『風の精霊』はいて、闇ある所に『闇の精霊』はいて、光ある所に『光の精霊』はいる。
特殊な精霊だと、武器に宿る『武器精霊』や、死んだ者の魂がその場に居座る『死者精霊』など。
精霊という存在は、聖魔歴六百十五年の歴史を持ったこの世界でも、この全貌は明らかになっていない。
人間族と魔人族で違う説があったり、国が違えば精霊の扱いが変わる場所もある。
ただ、一つだけ共通認識があるのは『精霊は肉体を持っておらず、魔力で出来た存在』だということ。
「そして、精霊契約をすると―――は別にいいか。色々端折るが、お互いの魂が繋がって常に通話状態になるんだ」
「それも、一応は知ってます。どこにいても魔力は消費せず、通話状態だから会議がしやすいって聴いたことがあります。です」
「まぁ、その通りなんだが……魔力制御が吾輩の方まで干渉して来てな。付けられた瞬間に、契約の繋がりのだいたいを切り離してきたんだ」
「……ん?ちょっといまいち分からない、です」
「あー……、別に繋がりを断たないでおいたら、多分吾輩消えてなくなってたんだ。予想だけどな?少なくとも、首輪が付けられてる間は一切動けず通話も出来ず状態だっただろう。だったら、さっさと繋がりを断って、お前に助けを求めたんだ」
「なる、ほど?―――――あぁ、なるほど」
ヒビキは半分分かったような顔をした後、少し考えた後で完全に納得した顔をした。
「凄いな、吾輩、自分で説明下手くそだなと思ったんだが」
「いえいえ、上手かったですよ。それより……ここからどうするかを離しましょう」
「そうだな……とりあえず、一ついいか?襲ってきたあいつらは何者だ?さっき聞いたがもう少し詳細を知りたい」
ルーチェは馬車の中に適当に転がっている干し肉を見つけると、ガジガジと齧りながらヒビキに質問を投げた。
「そうですね。【黒級犯罪者集団】『オクトパス』です。
まぁその名の通り犯罪者集団ですね、盗みから強姦、殺人から小さな町を壊滅させたりと、凡そ法律で捌き切れない程やりたい放題している集団ですね」
「それはひでぇな、フルコース所か十二割じゃねぇか。こっきゅう犯罪者?ってやつは、ギルドの【赤】とか【黒】とか聞くに、一番高い称号なんだろ?」
「そうですね。現状同じ位に立ってるのは『オクトパス』と、海賊団の『イコール』だけです。集団で襲ってくれば、【黒】でも命は危ないです」
「まぁ……言っていいか分からんが、お前は負けたしな」
「……そうです、ね。言い訳ばっかり浮かぶ自分が情けないです。次に、あの無精髭の男性ですが、能力持ちで見えない手を複数操る能力です」
「見えない手?」
「実際、アンちゃんの矢を叩き落したでしょう?あれです」
「あれかー……対策はどうした方がいいとかあるのか?」
「考え中です……よっ!」
ヒビキは左手だけ手綱を離し、腰のポーチのような場所から小さな投げ槍を目の前で襲ってきた魔物に一発で刺した。
会話の途中で流れ作業のようにやっているが、速度上昇した馬の上で利き腕じゃない方で投げた刃物を的確に魔物の急所に当てる。
そんな離れ業を出来るのは冒険者全てを見渡しても片手に収まるだろう。
「私、世界で一番長期戦が得意なんですよ」
「それは、随分とでかく言ったな。そういうの嫌いじゃないぜ」
「はい。自分に自信があるわけでもない私が、唯一自信持てるんです。他人からよく評価される『見る力』と『知識力』、それも褒められるから少し自信持ってるんですけど……相手の攻撃を受けて、避けて。ゆっくり、ゆっくり、相手の癖を見極めて、隙を見つけて、殺す。それが、私の戦い方です」
この戦い方は、ヒビキの中で結論付いた戦法で、この戦い方をしてる人間はこの世でまだ見たことが無かった。
基本的に短期決着。
殴り合い、斬り合い、撃ち合い、力でねじ伏せた方が勝つのが、対人も対魔物の基本であり常識だ。
一番分かりやすい例を挙げるなら、勇者が分かりやすい。
一瞬にして複数のラビットユニコーンを殲滅させ、勇者状態を解放させた途端にミリオンポイズンを鮮やかに倒した。
戦い全体を見れば遅いかもしれないが、勇者状態になった瞬間から見れば、それは戦いとは呼べない速度だったはずだ。
「ハッキリ言って相性は最悪です。あの男の逃げ場を失わせて、仲間などに邪魔を入れさせないで、その状態を長時間維持させてやっと勝てる相手です。だから、今回の目的はアンさんの救出のみです。アンさんの勇者の力を使えば殲滅出来るかもですが、それはアンさんが無傷だったらです。それでいいですよね、ルーチェさん?」
「個人的には殲滅したい気持ちだが、まぁいい。お前の作戦に付き合ってやろう」
「ありがとうございます。ちなみにですが、今のアンさんの場所は分かるんですか?」
「あぁ、もちろんだ。繋がりをだいたい断っただけだ。最低限位置は分かる……が、流石に馬の速度とから考えて何分後とかは分からないからな?それに、吾輩の予想だとかなり遠い」
「帝国と王都、どっちが近いと思いますか?」
「帝国側だが、多分場所的に中間らへんだな。一が王都で十が帝国なら、アンのいる場所は六だ」
「分かりやすい。じゃあ……あともう少しですね!」
そう言って、手綱を握りしめた二十五分前。
小さく栄えた村を通り越し、辺りは再び森に囲まれた。
「―――!ヒビキ!ここから左だ!」
「馬じゃ移動できないですね、っと。全速力で走るんで、しっかり掴んでてくださいよ!」
「しっかり爪立てておく!」
「貰った服傷付くので今日だけですよ!『大いなる風の神よ―――神速の加護』」
馬から飛び降りるように降り、一番近い木に綱を縛り付け馬を固定。
地面を歩くと安定せず遅いため、木の上を駆ける。
すると。
「「―――!?」」
山一つ噴火したような魔力の爆発的上昇。
これは、つい先日似たような魔力情緒があった。
そう、勇者が誕生した時だ。
そしてこのおどろおどろしい魔力は、闇一色の魔力はまさしく。
「魔王……!?」
そう。
この瞬間、魔王は誕生したのだ。
誕生してしまったのだ。
「アン……!!」
ヒビキ頭の中に最悪の展開が二つほど浮かび上がる。
一つが、アンが魔王の手によってこの場で殺されること。
魔王と言うのは高貴な存在だ。
悪に染まる存在だが、戦いにおいては正当で、力の持ってない勇者をわざわざ殺しに行くことなどない。
だが、今のアンは勇者の力などほぼ持たないに等しい。
ついうっかりでアンが死ぬ可能性はかなり高いと思った。
そして……これは、もっと最悪で一番意味の分からないことだと思った。
巨大な砂埃が巻き起こり、本能的につい足を止めて上を見上げると。
「黒い、巨大蛇?」
「…………」
隣のルーチェは黙りこくる。
蛇。
彼女は何族だっただろうか。
考えたくもない最悪が脳裏に何度も何度も浮かび上がる。
黒い巨大蛇が消えると、青い結界に囲まれた強大な魔力の持ち主が目の入る。
黒い髪の毛に、黒い狩り装束にとんがった帽子は、少しもアンのようには感じなかったけれど。
その背丈と、ツインテール、黒い猫が全てを物語っていた。
「アンちゃん!!」
「アン!!」
叫ばずにはいられなかった。
呼ばずにはいられなかった。
こちらを向いた瞬間、すぐに青い結界は……いや、『対象強制瞬間移動』が発動し、目の前から消えてしまった。
ただ一瞬、顔が見えたしまった。
アンという、魔王の顔が。