ちいさなはな
「ここは、魔人大陸」
フォンセがそう呟くと、少女は「ん」と一言、言葉にもなってない返事をくれた。
「魔人……大陸?」
魔人大陸って……あの魔人大陸?
お父さんが生まれ育ったり、魔人の本拠地だったり、今立っているこの特徴的な赤紫色の土だったり……。
正直、『あの魔人大陸』と言いつつメジャーな所……例えば魔王城とか、鬼人族が住む「鬼蛾島」くらいしか知らないから、ここがどこかなんて知らないけど。
「ねぇ、ここからどうする?」
空中で泳ぐように寝転がるフォンセは、私に、それとも私と少女に問いかけた。
多分だけど、私の頭の上で寝たいけど帽子あって寝れないんでしょ、と思いゴテゴテした帽子を魔力の霧にすると案の定寝に来た。ルーチェと変わって可愛い。
「私は、なんだろ。急にこんな所に来たから右も左も何も分からない。フォンセは?」
「魔王城かな。でも、どうせしばらくしたらお迎えが来るから、今はいいや」
お迎え?と思ったが、来るなら来た時に聞けばいいや。
ルーチェと違って思考が似ている、やっぱり勇者と魔王で違うのかな。
「君は?」
「…………?」
ずっと俯いていた少女は、首を傾げてこちらを向いた。
「ころさないの?」
「殺す必要がないからね。なんか、あの男殺せたらもうどうでも良くって。眠らせて牢屋に入れたことも、こんな遠くに連れてこられたのも。全部どうでも良くって」
「それに……これは間違ってたら申し訳ないんだけど」
初めて見た時から思ったこと。
それは―――。
「人魔族、でしょ?」
「!?」
凄く驚いた顔。
彼女の頬っぺたの模様は『楽人族』の生まれながら持ってる物。
普通なら、楽人族の顔に付く模様は、必ずおでこに派手な模様があり、そのままどっちかの頬っぺたを通って肩のあたりで線が途切れる。
けれど、この子は右頬っぺたから模様が始まってる。
これは、人間族との交配をした楽人族の特性……いや、呪いだ。
「あ、あぁ……あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
突然、少女の目はカッと開き声に怒気を含みながら右手の握り拳を振り上げ、こちらに迫る。
「あ゛あ゛あ、あぁ……」
ただ、突然力が抜けて目の前で転んでしまった。
息切れは酷く、けれど怒りは収まってないのか目はまだまだ怖いくらい開いている。?
「魔力切れ、かな?人間大陸から魔人大陸に転移……しかも、複数人だから、いっぱい魔力使った。でも、普通は気絶しちゃう。気合だけで起きてる」
「大丈夫?えーと、名前分かんないや。とりあえず……どうすればいい?」
私は『分からないことがあれば全部お願いする』を覚えた。
「んー…………仕方ないけど、私が、ちょっと頑張る」
フォンセがゆっくりと降りて少女に近付くと「ニャー」と一言鳴いた。
私には何をしたか分からない。
けれど少女は直ぐに立ち上がり、キッとした目でこちらを睨みつける。
一応、良くはなったのかな?
なんでもいいから話しかけてみよう。
「えーと、えと……何もしないよ?」
自分でも酷いと思う質問。
もしもここにルーチェがいたら飽きれて溜め息付くはず。
「うそだ。じんまだって、しって、しられたら、しられたら!ころされるって!おかぁさんが!おとぉさんが!!」
「大丈夫だよ」
「なにが!!」
迫真の叫びが広大な大地を響かせた。
似てない。
誰に似てないって、私に似てない。
「大丈夫だよ」
「だから、なにが―――」
「私も人魔族だから」
「―――!?」
今日何度目の驚いた顔。
「私も、人魔族だから」
なんで自分でも二回言ったか分からない。
それでも、なんとなく。
自分で自分のことを、人魔族だと再確認したかったから。
「……人魔族、だから」
勇者であり、魔王である私が。
人でも魔人でもない。
人魔だと。
「……なにぞく、との」
「何族?えと……蛇人族と、ちょっとだけ猫人、かな?」
「ん」
「えっと、君は……そうだ。そもそも、名前って」
「……わからない」
「分からない?」
「……わからない。ラーケン、『はな』いってた」
はな……『花』かな?
「その頬っぺたにある模様が花っぽいから?」
どっちかって言うと、四つ葉のクローバに見えなくもないけれど。
「それもあるとおもうけど、たぶん―――」
女の子……花と呼ばれた少女は、そのフードを外し、しまった長い緑色の髪の毛を―――。
―――いや。
長く緑色。それでいて、薄紫色の小さな花が髪の毛の至る所に生えている。
「『華人族』……も、入ってたんだね」
華人族。
産まれた時から髪の毛に花が生えている種族。
確か、植物を操ることが得意なんだっけ?
「ん。たぶん、それもあっての『はな』だとおもう」
「そっかー。それじゃあつまり、人と華人と楽人?」
「……たぶん」
多分、か。
お父さん……か、お母さんのことあんまり覚えていないのかな。小さいから仕方ないかもしれない。
でも、安直ではあるけれど確かに『花』は分かりやすいかもしれない。
「じゃあ、私も花って呼んでもいい?」
「……やだ」
「えっ?」
えっ?
「はなっていいかた、ちがう」
「そ、そっか」
「それに……」
元から外し気味だった目を、もっと横にずらした。
「はなって、ラーケン、いがい……いってほしくない」
「……そっか」
なんか、胸の奥が少しだけざわざわする。
別に、さっきみたいに憎しみとか怒りとかじゃない。
純粋な、申し訳なさ。
「じゃあ、別の呼び方考えよっか」
それでも、あいつを殺したことは別に後悔はしてない。
……あいつ?
私は、いつから『あいつ』って言葉を使い始めたんだろう。
ま、いっか。
「頬っぺたの模様。四つ葉のクローバみたいだから『クローバ』なんて、どう?」
「……ん」
相変わらず顔は伏せてて無表情。
良いのか悪いのかこれじゃあ分からない。
と、思ったけど。
「なんか、おかぁさんににてる」
「え、私が?」
「ううん、なまえ。いいかたとか……」
「発音?」
「うん、はつおん。にてる」
「そっか。元々お母さんたちが付けてくれた名前に似てるのかもね。じゃあ、これがいい?」
「ん」
ゆっくりと、少しだけはにかんだ表情で頷いてくれて一瞬だけ安心する。
「なまえ」
私を真っ直ぐ見上げて指を指しながら一言。
「私の?」
「ん」
「私はアン。この子は」
「フォンセ。よろしくね、クローバちゃん」
「あん、ふぉんせ」
私、フォンセと人差し指を順々に指していき。
「くろーば……えへへ」
最後に自分自身を指差し笑った。
可愛い。
さっきまでの、無機質のような表情と違う。
私達に害がないと思ってくれたのかな。
そうだと、嬉しい。
「で、なんだけど……クローバ、何個か教えてもらってもいい?」
「ん、きいて」
「じゃあ早速だけど……ここから人間大陸まで戻れる?」
「たぶんむり」
また無表情に即答されてしまった。
「どうして?」
「これ」
と言いながら、服の中からボロボロと落としてきたのは、赤色の大きな宝石だった。それも十個くらい。
「はこのなかにある……なんだっけ、これつかってとおくにいけいわれた」
「それ、多分だけど『魔力石』っていう魔力がいっぱい入ってる石。しかも一つ一つ純度が高そう……だった。ここにある石全部使えば、この子でも、あそこからまで飛ばせてもおかしくないし、逆にこれくらいないと帰れない」
フォンセが頭の上で悠々と解説してくれる。
そっか、それは帰れない。
「魔王になった私でも補えない?」
「多分……今の魔王状態でもこれの四分の一。完全に覚醒してこれくらい?」
「正直良く分からないけど、とりあえず果てしなさそう」
クローバも良く分からないと言った顔をしてる。
「じゃあ二つ目、クローバは何歳?」
「……4さい。でも、たぶん5さい」
「じゃあ……五歳だね!」
「……?ん」
私もはてなだ。
「じゃあ三つ目、魔法って何使えるの?」
「まほう……『瞬間移動系魔法』と……あと、あれ」
「あれ?」
「いま、まりょくなくてつかえないけど、『アザミ』つかえる」
「アザミ?」
「華人族だけが使える花を操る魔法……魔法っていうか『種族特性』みたいなやつ、かも?アザミってお花、あった気がする」
「あるよ。肩に、模様もある」
そう言って服だけズラシて右肩だけはだける。
確かに、右頬から連なってるであろう線の最終地点に、花のような模様がそこにはあった。
なんか花弁?の一個一個が細くていっぱいある。
これが、アザミなのかな?
「これの『けん』、つくれる」
「剣、かな。うん。凄そう」
想像でしかないけど、そう答えた。
「さてと……どうする?」
「どうする?」
「これから。どこに行けばいいか分からないし、お迎えって言ってたけどいつか分からないし」
「んー……でも、もう来ると思うよ」
「ほんと?」
「ほんと。多分……五秒後くらい?」
五秒?
『バシュン!!』
と風なのかよく分からない音が、私達の目の前で鳴り響いた。
その勢いで砂埃が舞いまくる。一応クローバを抱きしめておいた。
砂埃が晴れると、目の前には、足は馬、上半身は人の『馬人族』が一人いた。
「お初目お目に掛かります、魔王様。私は魔王軍幹部の『レイディオ』と申します。魔王幹部です」




