遺伝の話
快晴。
雲一つない空に天晴れ、なんて言うのは、少しおじさん臭いだろうか。
小さい頃に見たカタログに載ってた高級宿屋のような部屋を貸して貰い、私は信じられないくらい柔らかいベッドに沈んだ。
改めて思うけど、枕柔らかすぎ布団フカフカ、一生ここにいたい。
「おい起きろ、お前が貧乏暮らしだった時代は終わったんだよ。さっさと生活の基準を勇者にしろ」
「生活の基準が勇者って……叱るならもうちょっといい叱り方してよ」
「ったく、ヒビキのやつが下で朝飯作ってると思うから、さっさと支度しろ」
「へーへー。スライムのやつ着るの大変だから手伝って」
「わーってるよ」
そう言いながら、私はゆっくりと極上のベッドから起き上がった。
軋まない丈夫な階段を降りると、パンの焼ける匂いとパチパチとした何かを焼く音が聴こえた。
「おはようございます、アンさん。早起きなんですね」
「そう、ですね? 早起きの基準が分からないですけど」
「一般冒険者達からすればこの時間は十分早いですよ。酷い人がまだお酒を飲んでるくらい」
「それは……一度試したいですね」
夜通しお酒を飲む。
それは家を飛び出してからやりたいことの一つ。
家にいる時はお父さんの「絶対やるな」という心配から来る重い忠告で一切出来なかった。
だから、お父さんのいない今なら、なんて思ってる。
「アンさんはお酒強いって言ってましたけど、どれくらい強いんですか?」
「どれくらい……? 山に籠っててお父さんとお母さんしか比べる対象が無くて、平均的な強さがあまり知らないんですよね。聴いた話によると魔人族って二十四時間吞み続けてやっと落ちるらしいですし、その遺伝貰ってるって考えるとそれくらいなんじゃないですか?」
「魔人族の英雄伝みたいなのってみんな酒豪ですもんね。でも、アンさんって人魔じゃないですか。なんか、二で割って半日とかになってるんじゃないですか?」
「あ、それはないです。遺伝の構造的に」
遺伝と言うのは足して二で割るようなことは基本的に無い。
分かりやすい例え話で言うと髪色。
『黒髪のお母さん』と『白髪のお父さん』から産まれた子供の髪色は、決して灰色になりはしない。黒髪か白髪のどちらかの子供が産まれるだけ。
「例えば私は髪の毛はお母さんの遺伝だから白いし、目はお父さんの遺伝だから『蛇目』が使える。ちょっと難しいですけど、舌はお母さんの遺伝だから人間族と同じ舌。お父さんの遺伝を受け継いでいたら、きっと蛇人族と同じ細長い舌になっていたでしょうね」
「魔人族の遺伝ってそういう仕組みだったんですね、全然知らなかったです」
「種族的に気になってお父さんにしつこく聞いてました。魔人族の異種族同士での交配って当たり前で常に研究対象とされています。最近だと、物凄い強い魔人同士で結婚したらとんでもない魔人が産まれたらしいですよ」
他にも『鬼人』という角が生える魔人種は、鬼人族同士なら二本角、別種族なら一本角だとか。
この手の話は魔人族の数だけ出来るので割と無限に出来てしまう。
「私のお酒飲める量は、お酒に弱い母の遺伝か、お酒に強いお父さんの遺伝か。もちろん遺伝で全てが決まる訳じゃないですが、ちょっとの量じゃ酔わない辺り、魔人族並みに呑める……と、想定できます」
「な、なるほど」
ヒビキさんは少しだけ分からないような、けれどなんとなく理解したような顔をしながら朝ご飯を持ってきてくれた。
「これ、簡単な朝食です」
出してきてくれたのは、ヒビキさんが言う通り本当に簡単な物。
パンと野菜が少しだけ入ってるスープとソーセージと玉子焼き、コップ一杯の牛乳。
「簡単な……って言いますけど、十分な量ですよ」
「まぁ量だけはありますからね。朝は食欲無いですが、食べないとなので」
「そうですね」
私も朝は食欲無いが、山で狩りをしなきゃいけなかったので朝は食べないと狩り中にお腹が空いて死んでしまう。
だから、こうして一人旅をしたとしても朝は食べなきゃいけないと思ってしまうし、食べなかったら魔物に襲われて死ぬ。
親には感謝だ。
「話し戻るんですけど、アンさんの話を聞いていた感じだとお父さんが魔人族、蛇人族なんですね?」
「はい、父が蛇人族で、母が人間族です。一応、父親は蛇人族ではありますが……」
「ん?」
「おばあさん? が猫族なんですよ。だから……四分の一? 猫人族入ってるとかなんとか言われました」
「……難しいんですね」
「すみません、説明してたら楽しくなっちゃって。でも、だからですかね。私にも一応猫族が少しでも入ってることになるので、ルーチェが猫の姿なのって血だからなのかな」
今まで考えていなかった疑問、私はパンを齧りながら中にいるルーチェを呼び出す。
「そんなの知らねぇよ、って言いたいところだが……どうなんだろうな。歴代の勇者の精霊達も生き物ではあった。当たり前だがお前みたいに魔人族の血があるやつなんていない。血に関連した見た目は間違ってると思うぜ」
「確かに、アレフは『犬』アルカナは『フクロウ』リュウは『熊』ジェシカは『蝙蝠』トーテムは『狐』でしたね。これまで一貫性がなく、ペットとして飼っているという情報もなかったです」
「良く知ってるじゃねーかヒビキ、流石は勇者に憧れると言っていただけある」
「いやー、そういう書物は読み漁りましたからね!」
ヒビキ渾身のドヤ顔。
「だから関係は無いと思うぞ」
「あれ、無視された?」
私も無表情でパンを齧った。
ツクモさんから貰ったバッグに忘れ物が無いか再び確認し、ヒビキさん家を出る。
「外で待っててほしい」と言われたので、手入れされていないお庭を眺めながら気持ちのいいお日様から隠れるように日陰で待つ。
『俺は正直、ヒビキを信じ切ったわけじゃない』
右手で髪の毛を触っていると、心の声でルーチェが話しかけてきた。
私は信じてもいい?
『どうして信じるんだ?もしも約束を破られたらどうするんだ』
その時はその時だし、それをさせないための旅の同伴だし……それに。
『それに?』
「私、人を疑ったりするの、苦手っぽいから」
家を出て一週間以上が経ち、なんとなく思った答え。
疑ったところで、嘘なんか分からないし真実なんて分からない。
そもそも、人と会話してこなかった私が出来るわけない。
「ようするに、開き直りじゃねーか!」
「あだっ」
勢いよく私の中から飛び出すと、一発猫パンチを喰らわされた。
「お待たせしました」
「いえ……いえ?」
玄関の扉が開きヒビキさんが姿を見せると、少しおかしな恰好をしていた。
まず服装だが、これに関しては何も問題ない。
今まで見せていたギルド職員の服装と私服の姿ではない、冒険者としての服装は見た感じ軽そうで、黒や青などの暗い色、ダークと言えばいいだろうか、そんな感じがして凄くかっこいい。
可笑しい点はその顔面。
黒を基調に灰色で頬っぺたや目にラインが入り、額にはよく分からない模様が入っており、目は大きく青い。
「かっこいい装備じゃねーか」
えっ、ツッコまないの。
いや凄くかっこいいけど。
「嬉しいですけど、これ自分の趣味じゃないですからね?」
「と、言うと?」
「部屋に置いてあったんですよ。下手くそな文字で『旅の途中で黒のヒビキってバレたらいけないからこれあげる♡』ってあったんで、趣味悪いのはあのメスガキです」
「でも、あの……凄くかっこいいです」
特にこの装備の色合いとシュッとした感じがよく仮面に合っていて。
「作ったのネネさんなら、普段からよく見てるんだなって、思いました」
「……あはは、まぁあの人は意外と真面目ですからね」
一瞬空いた間の時、どんな顔をしていたんだろう。
照れを隠すように「さっ、行きますよ」と門を出た。
自分より年齢が高く、お姉さんのような存在が出来たのかって思ったけど。
意外と、可愛い所もあるかもしれない。
本当は長い期間いるつもりだったドミノ王国。
こうも短い期間とは思わなかったけど、なんだかんだで楽しい思い出が出来た。
ヒビキという、最高の仲間が出来たのだから。
馬車は走る。
「そういえば、その仮面ってどうやって着いてるんですか?」
「……さぁ? なんか、ネネさんがこれ着けるためだけに専用魔法作ったらしい」
「専用、魔法?」
覚醒したばかりの勇者は【黒】の強さをまだ知らない。
私事ですが、三月四日に誕生日を迎えました
十七歳になっても頑張ります