ヒビキは
王都ドミノは大きな円形の国であり、三つの層に分かれている。
一つは王都中央。
ドミノ王国の中央に位置し、貴族達などのお偉い人が暮らす場所。
そのさらに中央に大きなお城があり、その中にある教会が世界で一番大きな教会だとかなんだとか。
一番近付きたくない場所で、もしも行くとしたら私が人魔族だとバレて捕まった時か、勇者だとバレて歓迎された時か。
どちらにしても嫌だな。
二つ目と三つ目が住宅街と商店街。
王都中央を囲うように住宅街が建てられており、この王都で暮らす市民が暮らしている。
それをさらに覆うようにお店や宿屋、ギルドなどもここに位置する。
と、一応分けて言ってるけど、住宅街と商店街の区切りは明確には分けられてないらしく、とりあえず中央にさえ行かなければいいと思っておけばいいらしい。
本当におおよそだけど、この国はこんな感じらしい。
貴族達のお店通りとか、学場とか、そんな行く気もない場所とかは把握してない。
今いるのは商店街の南側。
ヒビキさん達とのお話が済んだ後、ギルドを出た私はすぐには宿屋に向かう気にはなれず、適当に街を歩いていた。
本当は今日中にこの街を出るとか色々決めてはいたけれど。
ここらへんは、そこらかしこで屋台とか出店があり、お金が十分にある私は観光と晩御飯の延長として適当に食べ歩いていた。
とくにこの串、肉とかネギとか芋とか雑に刺して焼いて塩振ってるだけなのに、この程度の料理でお金取ってて、しかしこれが何故か美味しく感じる。
家では三秒あれば作れそうなものなのに、どうして買ってしまったんだろう、どうして食べてしまっているんだろう。
人があまりいない所に出ると、ルーチェが姿を現しルーチェ用に買っておいたお肉を食べさせてあげた。
「今日は厄日だったね」
「そうか?」
「厄介な人に会って、勇者であることバレて、なんか嫌な日。勇者生活初日から幸先悪すぎるよ」
「この程度のことで厄日って言ってたら勇者やっていけないぞ? 勇者ってのは常に障害が付きまとうからな」
「えー。もうやだ、平穏に暮らしたい」
「人魔隠して人間と交流したいって考えだけで十分平穏じゃなさそうだけどな」
「うるさい猫」
マイペースなルーチェに少し腹を立てる。
常にこうなるって言われると毎日の朝が憂鬱になりそう。
「でも、国から貰える装備よりかは劣るけどまぁまぁ良い装備は貰えて」
「素直に良い装備って言いなよ」
「お前の力がパワーアップしたことも確認できた」
「多分パワーアップっていうか、ただの身体の成長だと思うけど」
「『蛇目』もそうだが、勇者になったことによる身体能力の向上も見れて良かった。後は後ろ盾が手に入ったのも美味しい。何気ないが金も大量手に入った」
「あー」
「これだけ装備や金があれば『ヘルガルド』に行っても十分だろう。いつ魔王が覚醒するか分からない今、明日の朝にでも早速向かおう」
「はいはい、分かりましたー」
結局この猫の言いなりで、敷かれたレールみたいな感じで。
こいつの言う通りに過ごして行けば私は勇者として立派に育つんだろうか。
「なぁなぁ、その鳥肉一口くれよ。上手そうな匂いがしてたまらん」
「……仕方ないなぁ」
まぁ、見た目は可愛いからいいかな。
すると「カランカランッ」と隣からベルの音が鳴った。
懐かしい音、家に飾ってあるやつと同じ音色で、ついその方向を見ると、そこには頬をうっすらと染めたヒビキさんがいた。
「あれ」
「えと……こんばんはヒビキさん、さっきぶりです」
「あ……アンさん。ちょうどよかったです、良かったらこの後時間ありますか?」
「え?あぁいや、別に、大丈……夫ですが」
「そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ。出来れば人が来ない場所がいいんだけど……うち、来ます?」
「うぇ?えっと、べつに大丈夫ですが……」
「コミュニケーション能力が低すぎるだろ」
ルーチェが真顔でツッコんだ。
「いやだって……人との関わり、無いんだもん」
「だとしてもさっき普通に喋ってただろ」
「だって……もういい」
「あはは、大丈夫ですよ。気持ちは凄く分かるし、私も一応人見知りの部類に入りますし。付いてきてください」
「えっあっはい!」
そう言われ歩くこと十分。
お互い黙って歩く私達は、どこか気まずく、けれど声は掛けられず、夜の風も相まって私達の場も寒く感じる。
「なあヒビキ、一ついいか?」
「えっと、ルー……るー……なんですか?」
「誤魔化せてねーぞルーチェだこの野郎。お前、本当にギルドの職員か?ただのギルド職員がアンの矢を掴むとは思えないんだ」
それは今日、私が矢文を飛ばした時の話だろう。
とりあえず急いで文字書いて何も考えずに矢飛ばしたせいで「どうやって読んでもらおう」と放った瞬間思ったが、確かにギルド職員のヒビキさんが矢を掴むのは想定外だった。
「それは……まぁ中に入ってから全部話しましょうよ。ここが私の家です」
そう言われ見上げると、それは屋敷というには少し小さいけれど、私の家や周りの家と比べると明らかに大きいお家。
身長三つほどの門を潜ると、窓が縦に三つ並んで三階建て。横幅いっぱい。
青く塗られた石材は深夜の闇に紛れて少し恐ろしく見える。窓が目かな。
なんて口を開きながら家の大きさにボーっとしながら驚くと、ヒビキさんが扉を押して家に招き入れてくれた。
「えと……お邪魔します」
「邪魔するぜ」
「はい、いらっしゃい。多分凄い家だなって思ってるかもだけど、別にお金持ってるとかじゃないから……いやお金は持ってる方かもだけど」
「どっちだよ」
即否定したヒビキさんにルーチェは淡々とツッコむのを横目に家の中を見渡す。
廊下も玄関も少し大きいくらいで、普通の家と変わりない。シャンデリアとかが高そうくらい。
「リビングこっちです。何か飲みたい物ありますか?」
「いえ別に、大丈夫です」
「ワイン」
「……ルーチェは遠慮って物を知ったらいいと思うよ」
「お前の心の中の物をそのまま言っただけなんだが?」
確かに一瞬だけ思ったけどさぁ。
「有り余るほどあるので好きなだけ飲むといいです……って言っても、明日早いんでしたっけ。度数軽めのやつ選びますね」
「どうもありがとうございます」
気遣いがありがたいというか、なんだろう。
最近、というか今日? 下から気遣われるのが多い。
そういう経験されたことが無いから(山暮らしで親とずっといて気遣われることなんて当然無いけど)物凄く慣れない。
やっぱり勇者だからなのかな。ナナグロさん達と一緒にいた方が気が楽だった。
それはそうと、このソファ凄くフカフカ。えっ? すごい。一生座ってられるかも。
ルーチェはいつもは私の傍にいるのにリビングを歩き回ったり空中移動したりして楽しんでる。
精霊だからって理由でスルーしてるけど、羽も無いのにどうやって浮いてるんだろ。
「どうやってってお前、精霊だからだろ」
「そういうものってやつ?」
「そう。そういうものってやつだ」
そういうことらしい。
まだまだ寒い時期が続く。
暖炉にくべられた薪の奏でるパチパチとした音とその暖かさで欠伸を零す。
血液が早まる感じがなんとなく好きかも。
そんなことを考えていると、ぺたぺたした足音と共にヒビキさんが瓶を持ってやってくる。
特に気にしてないけど、靴下?確か、タイツってやつを脱いだのかな。肌が綺麗。
「どうぞ『うさぎとかめ』というワインです」
「ありがとうございます。変わった名前ですね」
「私、変わったお酒とか好きなんですよね。一応このお酒の名前の元ネタがありまして」
「元ネタ?」
「えぇ、と言ってもこれは根も葉もない噂ですが……」
ヒビキさんは同じソファの隣に座り、少しオシャレな装飾がされてるコップにワインを注いだ。
「三十年前と百年前と数百年前に、それは現れたと言われています」
「随分、前ですね。一番近い所でも生まれる前。でも、最近?」
「そうですね、全体的に見れば最近ですし、でも、もしかしたら次見れるのはもうすぐかもしれません」
「……?どういうことですか?」
ワインがコップ八分まで注がれると、次のコップに注がれる。
最初に注がれたのが薄黄色のコップ、後に注がれたのは黒いコップ。
「そいつの名前はまだ付けられてません。魔物であることは確かですが、見た目が意味が分からない。『兎に角が生えているからラビットユニコーンだ』『亀の甲羅を背負っていたからグリーンフェーンだ』『背中に異常に毛が生えていたから亀でも兎でもない』」
「……それ、全部別の魔物じゃないですか?」
「文献ではこう記されています。『兎の耳と角が生え背中には亀の甲羅、その甲羅を覆いかぶさるように毛が生えていた』と」
「なんで混ぜてるんですか? ……いや、何ですかそれ」
私がツッコんだのは二つ。
一つは話の内容、もう一つはヒビキさんがワインに入れてる何か。
「これですか?これは甲羅を粉末した物らしいです。美味しいですよ」
「そ、そうですか。私は遠慮しておきます」
「あはは、得体の知れない物は口に含みたくないですよねぇ。さて、乾杯しましょうか」
ヒビキさんは粉を入れた黒いコップを持ち、少し傾けて乾杯を待つ。
私もそれに習って、真っ白なワインが入ったコップを持ち前に出す。
「乾杯」
「……乾杯」
チンッと音を鳴らしてぶつけ合ったコップは、優しい感覚だった。
なんだか、家を出てから『親以外では初めて』が更新されていく。
乾杯も、親以外では初めてだ。
ワインを口に当てると、サラサラとなめらかな葡萄の味。
美味しい、この味好きだ。毎日飲んでいたい。
それくらい美味しい。
今なら何でも許せそうな気分。
「……実は、一つだけお願いしたいことがあるんです」
「お願い?」
「えぇ、大事なお願いです」
お願い。
もしかして、このことを話したくてお家に誘ってくれたのかな。
人がいない所がいいと言っていたし、大事なことなのかな。
「アンさん。貴方の旅に、私も付いて行っちゃ駄目ですか?」
「駄目だ」
先程まで完全に空気だったルーチェが、いつの間にか私の頭の上に登ってきた。
「どうしてですか?」
「生憎勇者ってのは秘密が多い。それに、勇者に付いて行くギルド職員がいるか」
「あぁ、そういえばまだ言っていませんでしたね」
ヒビキさんはそう言って真っ黒のギルドカードを取り出した。
「改めて自己紹介を。【黒】のヒビキです」
「く……くろ?」
「はい……と言っても、黒の中では一番新人で、最近はお休みをいただいていますけどね」
少し照れながらギルドカードを渡すヒビキさんは、どこからどう見ても普通の人で、正直言って全く強く無さそうだ。
だが、昼間に私の矢を取ったり、ネネさんとの交流を考えると、黒であると言われれば、まぁ納得する。
「…………それでも、こいつの秘密を知られるわけには」
「あぁそれと、アンさんって多分人魔族ですよね」
世間話でもするかのように、ヒビキさんは確信に迫ることを言い当てた。
サーっと血の気が引く音、背筋に冷や汗、頭は真っ白。
「……図星、ですね?」
「うぇ……えーと……」
助けて、ルーチェ。
「チッ……何言ってるか分からねぇな、根拠はなんだ?」
「魔物を倒した後、一瞬だけこっち見たじゃないですか。その時、『蛇の目』をしてました」
反論が出来ない、紛れもない事実。
「そんな怯えた顔しないでください、アンさん。何も教会に報告するわけじゃないですよ」
「……」
「私は……正直教会が嫌いです。親が、信者でうるさくて。それに、メリットの一つもないんですよ。どーせ突き出しても『よくやった、神はお前の事をより一層見守ってくれる』っていうだけですよ。仲良くなれたらいいなと、思っています」
「そんなの……信じられない」
「……でも、例えアンさんが信じなくても、アンさんの旅に私が付いて行くメリットはありますよ」
「メリット?」
「一つは戦闘が出来る人がいる。まぁこれは当たり前ですけど、もう一つは私を傍で見ていられるわけです」
「どういうことだ?」
「要は……まぁ脅しみたいな言い方をしますが、アンさんが人魔族であることを知った私、教会に言わないとは言い切れない。だから、見える範囲に置いておいた方が良くないですか?」
どうしよ。
「どうする、お前が決めるんだぞ」
「……分かってる、分かってはいるんだけど」
分からない、なんとなく怖い。
だって、ここで「付いてきてもいいよ」なんて言ったら。
思う壺じゃん。
「……これは、私の個人的な話なんですけど」
悩んで口をつぐんでいた私に、優しい声が聞こえてくる。
「小さい頃から勇者に憧れていたんです。母から聴いて、絵本で見て、小説で読んだ。そんな勇者になりたくて、四歳の頃一人でギルドに行って冒険者にさせてくれと言った。親の許可なく冒険者になれないらしく、その時大泣きしたらしいです。その後年月が経って、【黒】という立派な称号が貰える冒険者になれて。だから……お願いします。憧れの人に、付いて行かせてください」
それは、本当に心からのお願いだった。
私が人魔だからとかどうでもいい、勇者である私に付いて行きたいと言った。
「……分かりました」
そんなこと言われたら、断れない。
「付いてきてください。一緒に魔王を倒しましょう」
よくある定番みたいな言葉。
今は、その言葉が合ってると思った。
タイトルを変更しました。