ミコトVSイナリ
「盛大に暴れてきな。『ツー』『エイト』」
「グルァァア!」「キーッ!」
イナリの両手に呪符が握られると同時、名を呼ぶと同時に彼女の元に二匹の獣が現れた。
前者は雷を纏う大きな虎の『ツー』
後者は真っ黒に染まった猿の『エイト』
「二匹で大丈夫なんですか? 最初から全部出してみてもいいじゃないですか」
「戯け。まずは様子見と言った所よ。すぐに勝負が着いたらつまらないだろう?」
「うーん……そうですね! 食後だし、ゆっくり身体でも慣らしていきましょうか!」
ミコトはそう言うと、目にも止まらぬ速度で右フックをイナリに叩きこむ。
一秒?いやいや、瞬きしたら目の前にいた。
そんな速度。
ただし、そんなのは分かっていると言わんばかりに、イナリさんは身体を反らして避ける。
「キーッ!」
黒猿はミコトにカウンターを仕掛ける。顔面目掛けて上空から踵を落とし、ミコトはそれを腕で軽く払うと後ろから虎による噛みつき攻撃が、来るので前に逃げる。
「いったいここにいる兵士の何名が今起きた事を理解してるんでしょうね」
二階に行くための階段の手すり、そこに座るキリノジと顎に手を付くアブソリュー。
「さぁ? 部隊長の一部、十人くらいは目で追えてるんじゃないか?」
「はえー、じゃああれくらい派手にやっても良かったのかな」
「……お前、実は手を抜いていたとかないよな」
「貴方の攻撃を素手で受け止めた。あの場面で『舐めプ』以外にどう表現するのでしょう?」
「……」
これが、現幹部の実力だ。
前の代の幹部のアブソリューが、このザマだ。
今年の魔王軍幹部は歴代一位と言ってもいいほど強いと言われている。
そう言わしめる理由が、ここにいるキリノジと、現在戦っているミコト、そして今頃部屋で引き籠ってるルカの三人。
まだまだ生まれて十数年の若い世代が、この魔王軍を引っ張ってると思うと、俺もここで立ち止まってられない。
そんなことを考えていながらも、ミコトは黒猿と雷虎の攻撃を軽く捌き続ける。
「余裕が感じるのはミコちゃん」
「どうしてそう思う?」
「本当に身体を慣らしてるだけ」
「それはイナリさんも同じ、ミコトさんの出方を伺ってる」
「でも、ここから仕掛けなきゃいけないのはイナリさんですよ。そろそろ―――」
「―――『テン』『イレブン』行きな」
「ワオ―――ン!!」「ヴォルルル……」
「ね?」
キリノジがドヤ顔でアブソリューの方を向くのはさておき、イナリがもう二つの呪符を握りまた名を呼ぶ。
前者は炎を纏う大狼『テン』
後者は疾風怒濤に駆け抜ける猪『イレブン』
「ツー、テン。お願い」
「グルァ!」「アンッ!」
ミコトの周りに炎の檻、上空に雷雲が出来る。
「エイト、イレブン。合わせて」
「キー!」「ヴォラァ!」
逃げる空間の無いミコトに、二匹の獣が襲い掛かる。
「『炎々雷々』『猪突猛進』」
燃え盛る業火に無数の雷。
二匹の獣による突撃攻撃。
「慣れてますね。あの安定感は私達にはない」
「三百年近く魔王軍の最前線で戦っているからな」
「雑に考えても経験値が三十倍なのが嫉妬しちゃいますね」
「お前がそう言う風に羨むの珍しいな」
「嫌味ですよ嫌味。だって―――」
「もー、危ないじゃないですか!」
いつの間にか魔法の檻から抜けていたミコト。
これには獣たちも驚いた表情を見せている。
「―――化け物には関係ないですもん」
ミコト
父がクリスタルブルードラゴン。
母がアルティメットスライム。
所謂ハーフという物で、実は世界で一匹しかいないドラゴンスライムと言われている。
両親共に魔王軍幹部として雇われており、現在は二人して田舎暮らしをしているが、両親の遺伝を余すことなく使うミコトの強さは魔王軍として即刻雇われる。
「事前に身体ちぎってなかったらお肌が焦げてましたよ!アイドルのお肌って大事なんですよ!!」
職業、アイドル。
副業、魔王軍幹部。
「それじゃあ、次は私の番ですよ!」
直近でしたイベント、分裂して百人同時握手会。
ライブパフォーマンス、ドラゴンの羽を生やし空を飛ぶ。
「覚悟してくださいね?」
主な戦闘方法。
スライムの特性で分裂をし、攻撃を躱し。
ドラゴンの羽で飛び、ドラゴンの腕で殴る。
親からの遺伝だけなの?
いいえ、可愛さは遺伝じゃないです!
「―――破ッ!」
鱗の生えた真っ青でキラキラと光りに反射する腕は、イレブンの突進を拳一つで真正面から吹き飛ばした。
炎の弾幕を張りながらミコトに近付こうとしてきたテンには、翼を生やし豪快に跳ぶことで弾幕を避け、そのまま上空から踵落としが炸裂した。
「……『セブン』『セブンズメリー』」
「むっ!」
イナリがまた名を呼ぶと、今度はザっと五百匹ほどの羊が、それも白だけじゃなく、赤や青や黒や緑などのいろんな色をした羊が現れた。
「それじゃあ私も!!」
すると、ミコトもまた姿形そっくりなミコトが百人程まで増える。
そっくりな、と言うが、どれもミコト自身なので『そっくり』という言葉は間違っているのかもしれない。
大量のミコトにファン達も大盛り上がりで、歓声の声がワッと湧き上がる。
「一気に狭そうになったなぁ」
「ミコトちゃんって、分裂しすぎるとたまに小さい個体が出てきて、それが可愛いんですよねぇ。たまにでいいから、一万くらい分裂して小さい子だけ集めたいなぁ」
「俺的には一万も分裂出来るのは恐ろしいって気持ちなんだが」
「一騎当千って言葉がありますけど、ミコトちゃんに関しては万騎当億くらまでなりますからね。あの子一人だけで人間族滅ぼせるんじゃないですか?」
そんな話をしている間に、ミコトによる羊の大量虐待は既に終わっていた。
ちなみにだが、イナリの出す獣は魔力で作られた物なので、死体や血などは残らない。
なので、ここが羊の死体の山になることをは避けられた。
羊による時間稼ぎは終わった。
「『十二獅子』」
『ゼロ』の巨大鼠。
『ワン』の闘牛。
『ツー』の雷虎。
『スリー』の月兎。
『フォー』の青竜。
『ファイブ』の大蛇。
『シックス』の天馬。
『セブン』の虹羊。
『エイト』の黒猿。
『ナイン』の孔雀。
『テン』の大狼。
『イレブン』の紅猪。
「役者は揃った」
「……このタイミングなんだ」
「早いですね」
「だな」
イナリさんは戦況に応じて戦い方を変える。
早期殲滅型の初手ぶっぱする戦略もクソも無い戦法や、敵の数や敵の戦法で出す獣が変わってくる。
今回のイナリさんはエンターテイメント寄り戦い方。
二匹ずつ増やしていき、常に一体多の戦いで段々と数が増えていく『魅せた戦い』は兵士達も見えないながらも盛り上がっていたはずだ。
だが、このタイミングで全出しするのはプランが違うのでは?
「大丈夫じゃよ、お前さんが思ってる、悪い通りにはさせんからの」
「…………」
「所で、十二獅子伝説は知っておるよな?」
イナリはミコトに問う。
「それは勿論です。十二月三十日の大晦日に、何十匹、何百匹の獣が集まり誰が強いかを競った。強かった子から十二番目まで順番で一年の顔になる。人間魔人関わらず世界的に有名な話で、イナリさんの能力の元になったお話ですよね」
「正解。じゃあ、そのお話に続きがあるのは?」
「続き?」
「あー……あれですか」
アブソリューは何も知らない顔をして、キリノジは少しだけ苦い顔を浮かべた。
「何も知らないです」
ミコトは顎を抑え首を傾げる。
「あの物語の続き、実はその後に全く別のトーナメントがあったのじゃよ」
「……別、ですか?」
「一月一日、凡そ……五百年前かね。とある魔人族達によるトーナメントが行われた。優勝賞品は『十二獅子』」
「!? まってください! しかも五百年前って……」
「『二代目魔王』『イト』
魔王の中で唯一人為的に魔王を作られたお方。
十二獅子を決めた次の日、魔王を決めるトーナメントが行われた。本来『魔王』という存在は突然生まれる者。それならば、どうしてあの瞬間だけ魔王を作らなければならなかったか。
勇者が生まれ、攻めてきたから。
初代は魔王が生まれた後に勇者が生まれたと考えると、当時は相当焦っただろうのぉ。
だから、勇者に対抗できる唯一の存在、魔王を作るしかなかった。
そこで見事優勝した『黒狐族』のイトは、優勝賞品である十二獅子を丸ごと喰らい、十二獅子を操る力を手に入れた」
シーン、と。
会場が全員がイナリに耳を傾けていた。
それほど興味深い話で
「魔王イトにそんな裏話があるなんて……知らなかったです! 流石イナリさんです!」
「イトの孫だから知ってるだけで、別に知ってる人は知ってると思うぞ? 別にシークレット情報じゃないし」
「でも、それがどうしたんですか?」
そう、状況はイナリが持つ全ての獣を出しただけ。
手数が増えたとはいえ、それだけなのだ。
「仕方ないのお、せっかちなあいどるの為に、見せてやるか」
イナリは一つの黒い呪符を握った。
「老いぼれが『いんふれ』してきた若者に追いつくための秘策を」
「『獅子王化身、黒纏我」
今日何度目かの爆発的な魔力上昇。
それに反応して、キリノジは「『強固結界、地水火風』」と兵士達を守るように結界を張った。
まず、周りの十二獅子達から変化する。
元々イナリの魔力で作られた十二獅子が、十二体全て魔力の霧となると、イナリの元へと帰ってく。
その魔力にイナリの持つ黒い呪符が触れると、薄透明な魔力は真っ黒に染まり、イナリを襲うように集まる。
「あーあ、なんでしょうねあれ」
「やってるようなことは俺のライトイーターと似たような気がするけど……」
黒い魔力の霧が晴れ、イナリの姿が現れる。
その姿は、とてもイナリとは思えない姿だった。
一言で表すなら『真っ黒』だ。
顔はどこが口でどこが目か分からず、落ち着いた和服のような衣装は全身スーツを着たように爪先まで黒く塗りつぶされ、獣耳も尻尾も文字通り全てが黒色。
新種の魔物と言われれば納得してしまう。
「……だれ?」
「いや、イナリさんだろ……多分」
そんなやり取りをしてる間に、黒いイナリが動く。
まるで短距離走でもするかのようにスタートダッシュをすると、ずっと棒立ちしているミコトに蹴りを入れる。
「へっ?」
クリーンヒットだった。
スライムボディのミコトはかなり衝撃を吸収してくれるが、防御意識無しで全力を喰らうと流石にダメージは喰らうもので、身体はサッカーボールのように飛ばされる。
ミコトの意識は戦闘にスイッチした。
準備運動も、観客意識のエンターテイメントももう終わり。
ここからは、幹部としてのプライドと、負けず嫌いとしての意地だけ!
「ハハハッ♪」
ミコトは歌うように笑った。
まずは蹴られて飛ばされた状態、後ろには結界があるので、跳ねれるように身体をボール状に変えた。
結界に当たった丸い形のスライムはスーパーボールのように跳ね返り、イナリの元へ剛速球で向かう。
助走つけたまま身体を人型に戻し、今度はミコトが攻撃する番。
腕はドラゴンアーム、右腕を振りかぶり殴る意思を見せると、黒いイナリは姿勢を低くしてカウンター狙い。
「えいっ」
なので、殴らずにガードしてきた腕を掴みそのまま地面に叩きつけた。
と、思ったら叩きつけた反動でそのまま立ち上がって蹴りを入れられる。
状況は先ほどとは打って変わって近距離の殴り合い。
魔法による牽制などがない純粋な殴る蹴る投げる守るの読み合いのみ。
殴る、避けられる、お腹を殴られるからミコトがジェル状にし無理やり攻撃を避けて顔面を避ける。
俊敏差や筋力の差は、恐らくイナリの方が上だろう。
ただ、ミコトはスライムなのだ。普通に殴り合ってちゃ勝てない。
「『十二獅子』」
「この状態で!?」
驚くことに、真っ黒になった状態でも十二獅子達は作り出せるようだ。
しかも十二獅子もどうやらイナリと同じように黒く染まっている。
黒猿だけは変わらない黒さだが性能は上がってるはず。
「むー! 『竜化進行』」
しかし、ミコトも負けてられない。
全身に青い鱗を生やして防御を上げて攻撃を堂々と受ける。
猪からの攻撃は伏せて避け、猿や犬からの攻撃は迎え撃ち、魔法による真上からの雷攻撃は―――
「『身代わりスライム、水』『自爆』」
―――水属性を付与した分裂体で受け、感電したそれを自爆させて広範囲にまき散らす。
周囲の十二獅子達は倒れはしないがミコトと十分距離が離れる。
その隙を決して逃さない。
「覇ッ!」
「……迎え撃つ!」
黒くなってから初めてまともに言葉を発したイナリは、ミコトの繰り出す右ストレートにイナリは左ストレートを合わせた。
力の差は拮抗状態、このまま時間が過ぎていくと思ったが……。
「『狐炎』」
「!?」
ミコトが、燃えた。
能力でもなんでもない、狐族が得意な、単純であり高威力の火魔法。
握りしめられた拳が緩むと同時に、イナリの連撃が始まった。
まずは右フックから始まり、エルボー、膝蹴り、身体のあちこちを殴打し、最後に顎を真上に蹴り飛ばすサマーソルトで締めた。
と、同時。
イナリの黒い姿が解かれ、右膝を地面につける。
時間切れ、体力消耗、このまま戦い続ければ負けてしまう。
しかし、流石にもう立ち上がってこないであろうミコトに、視線を戻した。
「……もう、終わり、ですか?」
「……」
驚愕。
あれだけやってまだ無傷……いやスライムは傷が見えにくい種族、表面上では無傷だが様子を見るに大きいダメージは与えたはずだ。
だが……。
「わっちの負けじゃ」
「……」
「もう魔力も体力も残っておらん。降参よ降参」
「……えへへ、やった」
勝利を確信したミコトは、意外にも、小さな声で喜びを表した。
「―――で、どれくらいの力で戦ってたんです?」
「んー、多分お互い六割くらい? イナリさんは多分、あの黒いやつの試してる感じだから、慣れてないってことも考えて六割」
「まぁそんなもんですよね」
魔王城五階の一室、ミコトの部屋に集まったキリノジとミコトは、今日あった試合の出来事を振り返っていた。
振り返っていた、と言っても、お互いしていることは別々で。
ミコトは身体の右半身だけ湯船に浸かる半身浴(?)をして、キリノジは意思のないミコトの分裂スライムに座りながらメイドに足を揉んでもらっている。
「でも、あのまんまやってたら普通に負けちゃってたかもなー」
「それは嘘でしょ、ただでさえ体力多いんだし」
「えへへー、そうかな」
実際の所、ミコトは自分の凄さをあまり理解していないのだろう。
だから、普通に聴くと嫌味に聞こえちゃうことを嫌味無しで言っている。
「ちなみにだけど、ミコトちゃんは黒い奴知ってた? 纏我ってやつ」
「全然!私は十二獅子のあれも知らなかったなー」
「ふーん、じゃあ初公開ですか」
「そういうキーちゃんは『おにもーど』使ってたね。キーちゃんはどれくらいの力で戦ってたの?」
「三割」
「あれ、二割じゃないんだ」
「あれ使った時点で三割だよ、でも他の部分が本当に適当だから……二割五分にしておこうか」
「ふーん」
ミコトは半身浴を左に切り替え、キリノジは次は肩を揉ますように頼んだ。
「今度は私達で試合しますか?」
「いいね! 私キーちゃんと戦うの大好き!」
「そうですか……お?」
「『……ねぇ、いま、だいじょうぶ?』」
「おー、ルカじゃん。全然いいですよ。私の部屋じゃないですが」
ミコトの部屋の丁度真ん中に、文字のゲートが開かれた。
「えへへ……きちゃった」
「はい、いらっしゃい」
「ルーちゃん! どうしたの?」
「ど、どうしたのって……そういうミコトちゃんもなにをしてるの?」
「お、ついにツッコんだ」
左半身だけ湯船に浸かってるミコトに恐る恐る聞いた。
「え? 半身浴ってやつ」
「なに、それ?」
「なんか体にいいんだって。ファンの子が言ってた」
「そ、そうなんだ。わたしもやってみようかな」
「私はパスします。体にいい確証無いですし」
「そ、そうだね。じゃあ……どうしよ」
「んー、飽きたからもういいかな」
ミコトは湯船から出る。
「ルーちゃん、乾かしてー」
「うん、じっとしててね」
ルカは懐から紙を取り出し、何かを書きだした。
「……ん。」
すると、どうだろう。
ミコトは髪や体に水滴一つ残さずに立っていた。
「おぉー! ありがとうルーちゃん」
「どういたしまして」
「ふぃー、じゃあ私はそろそろ出ようかな。お腹空きましたし」
「えー、せっかくだし三人で食べようよー」
「私もそれがいいな、久しぶりにお部屋から出たから」
「……やれやれ、仕方ありませんね」
魔王軍最強の三人とも名高い三人は、今日も仲良しだった。
「こんな時間に呼び出して、なんのようだ」
真夜中の広場に、月に照らされて出来た三つの影が動く。
「アブソリュー」
一つは戦士アブソリュー、もう一つはアブソリューの相棒である武器精霊のライトイーター。
「俺を、鍛えてくれませんか」
「…………」
もう一つは、二人の影より不自然に大きかった。
勇者は未だに二つ目の街で、魔王は未だに覚醒すらしていない。
物語は、まだ始まったばかり。
キリノジ 十歳(もう少しで十一歳)
ミコト 十七歳(一週間後に十八歳、お誕生日おめでとうイベント開催予定)
ルカ ?