キリノジVSアブソリュー
「まずは見合いからの読み合いからの鍔迫り合いにします?」
「そんな台本みたいなの組まなくても、お前との試合は毎回そうなるだろ」
普段は兵士たちが訓練をする場所、百人が素振りしても十分な場所で二人が正面に向き合うように立つ。
観客という名の野次馬という名の兵士達は、その部屋の隅と、二階の通路や弓兵場からその光景を眺める。
「最後に試合をしたのはいつでしたっけ」
「だいたい二年前……いや、もう少しで三年か? お前が八歳の誕生日で俺をボコボコにしたのが最後だ」
「おぉ、懐かしい物ですね。どうです? あれから成長しましたか?」
「それは当たり前だろ、おっさんの意地を舐めないでほしい……が、ガキの成長速度の方が普通に恐ろしいんだよな」
「そうでもないですよ? 案外幹部になって天狗になってるかもしれないじゃないですか」
「天狗になってたら、俺と試合何てしない」
そう俺が言うと、十数秒ほどの沈黙が訪れる。
どうしてキリノジが突然試合をしようなんて言ってきたのかは未だに分からないが、あいつは俺のような弱者と試合する柄じゃない。
痛め付ける……のはするかもしれないが、敵ならともかく味方の俺にするとは思わない。
ならば、どうして。
「じゃあ、始めましょうか」
考えている間に、キリノジは薄く笑顔を見せて言った。
「…………」
俺は、変わらず仏頂面を貫いていたと思う。
俺はハンマーを取り出して、キリノジは刀を抜いて、その場で睨み合う。
当たり前だが、攻撃を避けて隙を見せた相手に攻撃を当てれば、それで勝ちなのだ。
先に動いたら負ける。一体一の武器同士の戦いなんて、だいたいそういうものだ。
大丈夫、こいつとは何度もやり合っているし、ここまで、これからも筋書き通りだ。
まずは俺が動く。
左下から持ち上げるように振り上げたハンマーは、いとも簡単にバックステップで避けられる。
そこから追いかける真上からの振り下ろしは―――。
「今日は魅せていきますよ」
―――華奢な腕で受けとめられた。
周りの兵士たちが一気に湧く。
いつもの訓練場は、いつのまにか見世物小屋になったようだ。
「おやおやアブソリュー? もしやバックステップで避けるとでも? それとも鍔迫り合い? バックステップを読んでの追撃を狙った軽めの振り下ろしなら別にいいですが、もしやもしや、鍔迫り合いなら私の刀を傷付けないようにとお思いで?? ハンマーの重みしか感じないですが、もしかして二年間で痩せました?」
下からの覗き込むように煽る。
合っているから余計にムカつくのが現実。
一体一の読み合いだけならこいつ魔王軍全体で見ても最強なんじゃないか。
「……その通りだ、お前の大事な刀、それ確かルカからの貰い物だろ?折ったら駄目だろ?」
「そうですね。でも、ルカからの贈り物がそんな柔いものだとお思いで?」
「たしかに、なっ!」
掴まれたままのハンマーをそのまま持ち上げる。
「お?」
今、力に任せてハンマーに体重乗せていたら、そのまま力を逃がされて隙だけを晒していただろう。
だから、思い付きで逆に持ち上げてみたけど。
「これはこれでお前が隙晒しだな!」
そのまま宙ぶらりんになったキリノジにタックルをかました。
「っと、やるじゃないですか」
だが、キリノジは身軽だ。タックルした俺の上をもう一つの片手で乗り越える。
「右手で殴るってくると思ったですけど、そういえば右手ないですもんね。零距離からのタックルだったのでギリギリでしたよ」
「……じゃあ、今度はキリノジから来いよ。俺から攻めてちゃ不公平だろ?」
「言われなくても」
キリノジは、いつの間にか納刀していた刀を素早く抜刀し、構える。
「行きますよ?」
そこからはずっとキリノジのターンだった。
右腕から放たれる無数の斬撃。
俺は持ってるハンマー一つで無理やりそれを合わせるが、小さな盾が付いているとは無理がある。
避けてからのカウンター?そんなの、避けれたらどれだけ幸せだ。
直前で見て、この重い武器、ましてや、左手だけ。
「私、能力は使わないって言いましたよね?」
「あれは、嘘だとかっ、言うつもりなんだろう!?お前が既に砲撃を書いてるのは分かってる! さっさと撃て!」
「……つまらないですねぇ」
斬撃が止まる。
「……どうした。情けはいらないぞ」
「アブソリュー、二年間で成長したと言いましたよね。まさか、その程度で?」
「……あぁ」
「まさか、幹部様に嘘を言うと?」
「……こういう時だけ幹部面しやがって」
つくづく狡い奴だと思う。
「まぁ、本当に何も進歩していなかったら私は貴方を軽蔑しますが……でも、気になるんですよね。どうして相棒の『ライトイーター』使っていないのかなって」
「お前に負けてから色々考えたんだ。あれは左腕で持つのは難しい。あれより軽く、盾も付いていて、幹部になる前だが左手で持っていた『緋彩』の方がずっと安定すると判断した」
今言ったことは本当のことだ。
キリノジに戦闘指導する前から、意地で右腕で使っていたライトイーターを左手で慣らすよう努力したが、百年ほどの付き合いは三十年じゃ足りないらしく、仕方なく緋彩に切り替えた。
「十割くらい本当のこと言ってる。貴方に指導してもらってる時、手加減で『緋彩』を使ってくださったときがありますよね?あの時、私はそっちの方が強いと言った気がする」
「そうだな、というかその言葉を思い出して緋彩を使ったまである」
「でも、それはあの時の話でしょ? 私に負けて、半年くらい緋色使い続けて、それでもライトイーターが恋しかったのでしょう?」
……。
「お前って、もしかして心読めたりする?」
「心を読めたら貴方の三十年間の努力を知ってますよ……何かをしている、隠していることだけ若tぅています。そろそろ、試合に戻りましょうか……私の戦闘面の面倒を見てくれた貴方に対して、こういうのは礼儀知らずなんでしょうね」
キリノジが刀をしまい、両手を広げ、満面の笑みを浮かべてこう言った。
「来な」
それは、俺が昔キリノジに剣を教えて半年ほど経ったあの日。
基礎が大事と徹底的に教えていた時、子供の考える『私が考えた最強の必殺技』を使いたくて使いたくてたまらなかったであろうキリノジに対して言った台詞。
「ハハッ……ハハハ、ハハハハハ!!」
笑みが抑えきれない。
「身長は変わらない癖に、態度はでかくなったなぁ!」
キリノジも満面の笑みを続ける。
「貴方が幹部降りたせいで上にいる態度を身に着けてねぇ! 雑魚の代わりに幹部をしてみた結果がこれですよ!」
「そうか! じゃあ今すぐにそこから引きずり落してやるよ!」
あそこまで煽られたら、やってやるしかないだろう。
俺の、三十年間……いや、キリノジに負けてからの二年間の努力を。
ここでぶつける。
「『ライトイーター』」
「やっと実戦か~」
相棒の名前を叫ぶと同時、目の前に武器のライトイーターが現れ、俺の横には紺色と黒色と金色が混ざった髪色をした女が現れた。
「まさか……武器精霊!?」
「行くぞ!」
「「何度倒れようと、例え数えきれぬ程倒れようと
俺達は何度も立ち上がり、光を喰らい続ける!
そうだろ? 『ライトイーター』
俺とお前は一心同体! この右腕に……俺に! 力を!!」」
そこに、先程までのアブソリューはいなかった。
三十年前、勇者に斬られたと言っていたあの右腕は、相棒のライトイーターと同じ色、紺色と黒色を基盤とした色に、煌々と光り輝く金色の装飾をされた、まるで鎧のような右腕。
そして、その右手に持っている今までと同じライトイーターは、どことなく嬉しそうにオーラを纏っており。
右腕には光を喰らう戦斧、ライトイーター。
左手には正義の戦斧、緋彩。
「三十年間、ずっと待ってましたよ」
「お前産まれてねぇだろ」
これが、双斧のアブソリュー。
「……もう一度、もう一度だけ言ってくれねぇか。まだ長い時間掛けられねぇからさ。気合入れさせてくれ」
「仕方ありませんねぇ、これは貴方の言葉ですから、ラス一ですよ」
キリノジはもう一度アブソリューに、いや、永遠の戦士アブソリューに向かって笑った。
「来な」
「おう!」
そう答えると同時、先程とは比べ物にならないほどの速度で距離を詰めて振り下ろすハンマーが来たからバックステップで避けた場所には地面にハンマーで振り落とされた跡があるだけ、既に敵はそこにいない。気配は真後ろ、一度垂直跳びして敵の位置を確認すると真下から跳んで振り上げるられる!
この間、僅か一秒。
このままでは防御を貫通して衝撃波だけで全身が砕けてしまう。
「私も本気出そ。『おにもーど』」
そう軽い口調で言ったキリノジの姿は、二本の角が伸び、両手には二本の刀が握られ、肌には血管のような赤い模様が入り、右眼だけ真っ黒に染め上がる。
「『力』『力』『力』」
二本の刀とライトイーターは空中で交り合い、空中での鍔迫り合い状態になる。
下はアブソリュー、上にはキリノジ。
重力の関係上、本来有利なのはキリノジのだが、勢いや慣性の法則で有利なのはアブソリューだ。
そしてなにより、未だにもう一つの斧がある。
アブソリューは大振りに左腕を振るおうとしたその時。
「アブソリュー、この勝負貰いました。『力』」
左腕を振るったせいで、鍔迫り合っていた右腕の力が一瞬逃げた。
その一瞬の隙を見逃さず、ありったけの力を込めて鍔迫り合いを勝したのはキリノジだった。
鍔迫り合いは、勝った方が有利だ。
理由は単純で、負けたら仰け反り、勝ったら前のめりになる。
昔、アブソリューにそうやって教えてもらった。
地面に叩きつけられたアブソリュー、追撃のチャンスを逃すほど素人ではない。空中を蹴って追撃を仕掛けにいく。
アブソリューはハンマーで辛うじて攻撃を防ごうとする。
だが、思い出す。
それは、キリノジに対して一番やってはいけないことだと。
二本の刀で刻まれたのは『砲撃』の文字。
これが、キリノジの能力で、特別な理由。
「『おにもーど』は解除してあげますよ。『砲撃』」
キリノジの二本の角が元に戻り、肌の模様はだんだんと薄く消えていく。
地面に寝そべるアブソリュー相手に、白い閃光が容赦なく叩きこまれた。
耳の中に歓声が入ってくる。
そういえば、兵士たちがいることをすっかり忘れていた。
それだけ、楽しかった。
「おい」
「ん?誰だろう。地面からむさい男の声が聞こえます」
「疲れてるからツッコませるな……」
「いてててて」とおっさん臭く言いながら身体を起こすアブソリュー。
「なんで、俺は無事なんだ」
「なんのことです?」
「砲撃を喰らったら、どれだけ手加減しても気絶はするだろ。というか、当たってすらいない」
「それそれ」
「それ?……なんだこれ」
指を指された場所を見ると、お腹の辺りに『盾』の文字が書かれいた。
「いつの間に……斬っていたか?」
「いえ、斬ってませんよ?」
「じゃあ、どうやって」
キリノジの能力は、文字を真似た斬り方をすると書いた物のことが発動する。
例えば『火』という文字を真似て斬れば、火球のような火を飛ばしたり、刀に火のエンチャントを付ける。
自由度が高く強力だが、他の特別な能力と比べて段違いで難易度が高いことで、幼いころから俺と試合し練習した。
「『おにもーど』ですよ」
「おにもーど?あれか、目が黒くなったりしたやつ」
「あれをすれば、その文字を真似た斬り方をしなくても、言葉にして言ったが発動するんですよ」
「……は?」
何言ってんだこいつ。
「ほら、あの空中にいる時。『力』って言ってたじゃないですか私。あれあれ」
「あれあれって……確かに、全力の俺と力勝負で互角なのは意味が分からなかったが」
「まぁ、おにもーどと能力による『力』の上昇効果を三回でやっと片手と互角。私は貴方が見せた一瞬の隙に四回目の『力』で無理やり惜しかっただけなので……まだ貴方の力が不十分なので、慣らせば余裕で負けますね」
「……まぁ、そうだな」
「どうです?これが私の二年間の成果『おにもーど』です」
「俺の二年間の三倍くらい成長してるのやめてくれよ……」
「ガキの成長速度の方が恐ろしいですからねぇ」
「自分で言うなクソが」
思わずため息が出る。
この右腕が完全に力振るえるわけじゃないとはいえ、力勝負で負けたのは悔しい物がある。
単純に判断も良くなかった、全盛期なら跳んで追いかける場面で一度投斧を投げてから追い打ちを掛けていた。
だが、全力の勝負はやはり気持ちよく、なんだかんだ若者が強くなるのは嬉しく、それでもやっぱり悔しくて、自分ももっと頑張らなくちゃなという気持ちになる。
「ふい~、疲れた。おつかれさんアブソリュー」
右腕が霧のようにして消えると、同時、立てて置いたライトイーターから妖精が現れる。
「おぉ……黒色と紺色のロングヘアーにトッピングの金メッシュ、それにピッチピチのタイツで、引き締められた!! 巨乳と尻!! ヘイ嬢ちゃん、今から私と夜まで喘ご?」
「おいキリノジ、俺の妖精をそんな目で見ないでくれ」
「うん、褒められて悪い気はしないね」
「お前はそういう反応でいいのかよ」
「正直、おっさんよりかは居場所いいでしょ」
「言われてるぞおっさん」
「……」
長年の相棒と幼い子供からおっさんと罵られ、なんだろう。負けた時より気持ちが落ち込む。
パチパチパチ、と小さくも存在感のある拍手が近付いてきた。
「思わず涙が零れ落ちる所だったぞ、アブソリュー」
「キーちゃん! おめでとうー!」
拍手しながらゆっくり近づいてくるイナリと、猛ダッシュで近づいてくるミコト。
この場に魔王軍幹部が、元も合わせれば四人もいて、周りの兵士たちはテンションマックスで。
言ってしまえば熱狂。
元幹部とは言え今でも人気が高いアブソリュー、不老組を除いて魔王軍最年長の実力者のイナリ、アグレッシブでその幼さと強さで人気があるキリノジ、魔人族人気ぶっちぎりのオンリーワンアイドルのミコト。
もはや兵士は誰が何を話しているか分からない。
ただただそこに強い奴がいる、有名人がいる、騒ぐ、意味もなく騒ぐ。
「イナリさんとミコト、どうしてここに」
そんな中、周りを完全に無視してキリノジが会話を進めた。
「二人でお食事をしていたんですけどー。せっかくだから試合でもしよって話になって、そしたらなんかキーちゃんとアブさんがなんかやってると思って!」
「イナリさんとミコトさんの試合?想像もつかない」
「ほっほ、だから誘った。新旧の幹部対決、どちらが勝つと思うかねぇ」
そう言っておもむろに目線を兵士に向けるイナリ。
兵士たちはどっちが勝つかどうかと元気にお喋りしている様子。
「まぁ、流石に人気が高いミコトに入れてる若人が多いの」
「えー、絶対イナリさんの方が強いですよ。経験知的に」
「そりゃそうでしょミコちゃん、まぁ私は、仲いいのはミコちゃんだけどイナリさんには色々お世話になってるので、中間的な目線で」
「俺は……申し訳ないがイナリさんを応援させてくれ。ミコトさんとはあまり話したことが無い」
「じゃあ兵士からの人気も合わせればだいたいどっこいどっこいじゃの」
「んー……まぁ、人気とかどうでもいいですよ。」
『ドンッ』
という音が聞こえる程の魔力がミコトから出た。
「勝つか負ける! それが勝負です!」
「血の気が盛んな子だ。あんまり老婆を虐めるんじゃないよ」