魔人の日常
「アブソリュー、一度試合を申し込んでもよろしいでしょうか」
午後十二時のお昼休憩時。
兵士長として兵士達の訓練及び士気を上げることを任された俺は、こうやって若造達と飯食っていた。
「キリノジ、様!?どうしてここに……」
横にいた兵士がどよめく。
そりゃそうだ、音も無く表れたこともそうだが、魔王軍幹部が目の前にいたら驚きの一つも二つも上がる。
「……別に、俺と試合なんてしてもつまらないだけだぞ」
「それでも、ですよ。幹部から降ろされたとはいえ実力は確か。腕一本無いとはいえ、三十年前からずっと鍛え上げられたその腕は確かな物……だと、一応思ってます」
「たった三十年だし、三年くらい前までは普通にやってただろ」
「大丈夫ですよ、私の能力『最初は』使わないですし、手加減もします。鍔迫り合いすれば士気も上がるでしょう?」
「聞く耳持たねぇし士気も上がるって兵士の前で堂々と言うなよ……分かった、飯食ってからでいいか」
「いえ、今がいいでしょう。飯の肴にしてやりましょう」
「……わーったよ」
そもそも、俺は幹部を下ろされた身だ。
幹部からの命令、断れるはずがない。
「……アブソリュー、キリノジ様に試合をお申込みさせていただきます」
「申し込んだの、一応私からなんだけどなぁ。いいですよ、受けて立ちます」
兵士達から歓声が上がった。
☆
「―――お?」
数日前と同じ、異常な魔力の流れを検知したイナリは、頭二つにある黒い大きな狐耳をぴょこぴょこと動かした。
勇者という憎き相手とは言え、この巨大な魔力の流れに押されて大きく動く魔力は、なんとも心揺れる物がある。
「ふんふん、この代の勇者はヤンチャよのう。なぁ、ミコト?」
「―――へ?何か言いました?」
イナリの対面に座るのはミコト。
その青い頬っぺたにはケーキを食べた生クリームがついていた。
「ほれほれ、もっと落ち着いて食べぬかい。ここには人がいないとはいえ、お主は『あいどる』であろう?」
「えー、オフの時くらいもっとゆったりさせてくださいよぉ」
「お主、この前『人がいてもいなくてもあいどるだから』とかほざいておらんかったか?ん?」
「『あれはあれ、これはこれ、晴れのち曇りでそれはそれ』って言うじゃないですか」
「聞いたこともないぞそんなの」
「まぁまぁ、はぃイナリ様アーン」
そんなことを話しながらゆったりとしたお昼過ぎ。
「そういえば、勇者の魔力に無反応だったな。興味が無いのかい?」
「んー……もちろん、興味はありますよ。強い人と戦うのは楽しいし、私がどこまで立ち向かえるのか気になる。ただ……今は、このシュークリームに興味があるから」
「……そうかいな」
そう言って、ミコトはシュークリームにかぶりつく。中から溢れだしたクリームが口元に付いたのを無視して、一口一口、美味しく胃の中に収める。
若い子が美味しそうに甘い物を食べる姿は、年寄りからしたらこれ以上ない気力の源だ。
その後も、二人で他愛もない話をしながら、イナリはちまちまとチーズケーキを食べ、ミコトは来たデザートを次々に平らげていった。
「ん~!ごちそうさまでしたっと」
「相変わらず食べるのぉ、わっちはもう年寄りでたべれんわい」
「でも、イナリ様って年寄りって自称する割にはまだ若い方ですよね?獣族の中でも超齢な黒狐族、確か二百歳でしたよね」
「三百」
「え!?イナリさん三百歳!? そうは見えな~い絶対もっとお若いですって。でも、三百でも若い方ですよね」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……どうかねぇ。平均寿命が六百と言われてるから、三百は人生の折り返し。不老のお主にはこの価値観は分からんと思うが。そういうお主は今年で何年目だ。確か前の人魔大戦の後だから……二十なんぼか?」
「そんなに老けてないですよ!まだ十七歳です~、あぁーでも、一週間後に誕生日なので、もう少しで十八歳です!」
「おぉ、そうかえ。お前さんは不老の者なのに歳を数えておるから、いつまで数えてられるか楽しみだわい」
「えへへ~、むりょーたいすうまで数えてやりますよ!」
「むりょう?若い子が使う言葉は難しいのう」
そんな、太陽の日差しが眩しい午後一時。
「さてと、この後どうします?私は予定ないですけど」
「……そうだねぇ、来たる大戦に向けて、そろそろ身体を動かさないといかんかね。手合わせをお願いしてもよろしいか?」
「もちろん!受けて立ちます!……ん? でも、イナリさんが先輩だし、普通お願いするのは逆……というか、イナリさんの戦い方だとイナリさん動かないじゃないですか」
「じゃあ、城に戻るかの。ほれ店員、お釣りはいらないよ」
「待ってよイナリさん!てか割り勘!」
☆
異常な魔力に気付いたのは、イナリ達だけでない。
「勇者の魔力……にゃはは」
「どうしましたか、ロアヴェリス様」
「どうかしましたか、ロアヴェリス様」
「私がどうかしているのはいつものことだろう? なんでもないよ、なんでもなくはないが」
意味のない意味深な発言に、従者と思わしき二人は自分の作業へと戻る。
「勇者は……いや、勇者と魔王はとても不思議だね」
赤い光の玉に照らされた紙を見つめながら、ゆっくりとつぶやく。
中指、人差し指、薬指。慣れた手つきで魔法で出来たペンを回す。
お尻の上から生えているドラゴンの尻尾はゆっくりと動き、部屋の掃除をしている子は邪魔そうにその尻尾の上を跨いで移動する。
せめて、その頭の上にある猫の耳みたいに邪魔にならないものなら良かったのに。そう思ったのはこれで何回目か。
「勇者と魔王という存在は、常に対極に位置する存在で、必ず交じり合う存在だ。人間と魔人、光と闇。必ず二人は殺し合い、歴史に名を残す」
「そういう存在ですからね」
「おや、なぜそういう存在と決めつけるんだい? 別に戦うのが怖くて逃げだす勇者も魔王もいてもいいじゃん」
彼女の口が動く速さに比例するように、右手にあるペンの速さも加速する。
「彼らが戦う理由があるなら分かる。
例えば、二代目勇者の『アルカナ』は魔物に親を殺され、教会で育てられ、その信仰心と神聖魔法を磨き勇者へ開花。歴代で一番神に愛された勇者と言われ、歪んだ憎しみと純粋な信仰心で魔族を滅ぼそうとしたらしい。
六代目魔王『ペンタクル』は、魔王と言うには些か微妙だが、荒廃し弱り切った魔人大陸を取り戻すべく、魔王になるや否や金銭の概念を魔人大陸に持ち込み普及、魔人族全体の人口増加、学業の普及や軍を作り、魔人族全体の力を底上げした。彼女がしたいことは、勇者と戦う事よりも魔人族を変えることを目標にした。
他にも魔王ハントマンなどいるが……他の勇者や魔王には具体的な目標などは書かれていない」
ピタッ、と回されたペンが止まり、ゆっくりと紙に文字を書きだした。
「魔王は最低限勇者を待ち構えるだけでいいが、勇者は魔王の元まで向かわなければいけない。向かわなければ脅威は晴らせない。他の人間族から恨まれる可能性が生まれる……?とはいっても、勇者は特別な力だ。恨まれようと、そもそも圧倒的な武力で黙らすことだ出来るだよね」
「ロアヴェリス様、そんなことを考える暇がございましたら、とっととこの資料を片づけてくださいませ」
「とっとの蜂の様子でも見てきてくださいませ」
顔には出てないが、明らかに「私達キレてます」アピールにロアヴェリスは肩をすぼめ、大人しく外に出るのだった。
すると、訓練場から面白い魔力の流れが。
「何やら面白いことをしてそうだね。だが、私はこの通り忙しい身だ」
身体を伸ばし、ボキボキと骨を鳴らす。
流れる魔力が原因か、それとも風の妖精達が楽しそうにしているのか、耳のあたりまでしか伸びていない紺色の髪の毛は元気よく踊る。
「外の空気は気持ちが良い」
そう呟いて、彼女は実験室へと足を運んだ。
良いお年を。




