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小さな大人と一杯のワイン

「それにしても、まさか本当に勇者が出てくるなんてね」

「…………」


 アンさんと話した後、彼女達は噂になる前に帝国に映るそうで、明日の朝一までに荷造りや色々するらしい。

 もっとゆっくりしていけばいいのにと思ったけれど、それは私が勇者を敬愛しているからであって、そんな私のエゴで歩みを止めてはいけないと思った。


 私とネネさん、あまり人のいないバーの隅でちまちまとワインを飲みながら、今日あった事を振り返っていた。

 ラックは乾燥させたお肉に満足したようで、机の隅で眠っている。


「ずっと黙って、もう酔ったのかしら?」

「……うぇっ?あぁいえ、一つだけ……いえ、なんでもありません」

「何か考え事してるわね。それは一人で抱えなきゃいけない物かしら」

「それは……まぁ、一人で抱え込んだ方がいいかもしれませんね。なんか、信じたくない自分がいて、信じられる気がしないです」

「なら話しなさい。分かってると思うけど、私はああ言ったけれど口が堅いのよ」


 またこの人は。

 人の弱ってるところに付けこむのが上手いというか。

 毎回助けてもらうたびに、人間として私の上位互換と思ってしまう。

 私の方が年上なのに。


「一応、これは本人に聞かない限り……いや、一応もう一度あれを見たら確信出来る……あー、まぁ、一応、私の勘違いって可能性を踏まえて、誰にも言わないことを誓ってくれますか」

「もちろんよ」


 今までにないくらい事前に予防線を張って、なるべく目を合わせないようにワインを眺めて言葉を紡いだ。


「勇者アンは、人魔族の可能性があります」

「――――――へぇー」


 興味有り気に反応したネネさんは、今日一番の笑みを見せた。


「根拠は?」

「アンさんの目、ミリオンポイズンが大量の毒針を出した時に『蛇目』を出しました。あれは本来、魔人の蛇人族、またはその血を継承した者が使える物です」

「……あの時も言ったけど、貴方みたいって言ったわね。まんまじゃない、パクられてるわよ」

「パクってはないでしょう……得意な戦い方と人種的な才能たまたま被っただけです」

「でも、人魔ねぇー……ヒビキはどうする?」


 少し呆れ気味に、けれど、どこか楽し気に。

 前代未聞の事態に心から楽しんでいるのが良く分かる。


「どうする、とは?」

「教会に言うかどうかってことよ」

「……」


 少しだけ、沈黙。


「一応言うけれど、私はあの子を教会に渡すつもりは無いわ。人魔が禁忌とか心底どうでもいいから」

「それは……まぁ、ネネさんはそういう人ですもんね」

「貴方も見て見ぬふりはするけれど、大丈夫かなと杞憂する。親が《レイン教》に入ってるからその教育受けられた貴方は、信徒じゃないとはいえ困っちゃうでしょう?だから私に言った」

「うっ……仰る通りです」


《レイン教会》

 それは人間界で最もでかい組織。

 神を信じ、神を愛し、正しい物を正しいと信じ、間違いを罰す。

 唯一神レインを信仰する宗教団体だ。


 ヒビキの親はその信徒であり、家を出る前は「はいはいやればいいんでしょ」と教えに従っていた。

 だが、完全な信徒ではないにしろ子供の頃から教えられた『魔人を許すな』『魔人の血が混じった人魔を許すな』が邪魔してくる。

 この街は大好きだが、人魔族や魔人をとっ捕まえて公開処刑している教会が大嫌いだしそれをわざわざ見に行く信者も大嫌いだ。


『同じ世界に生まれ、魔人族と違って私達に害を為さない。生きることくらい許してあげればいいのに』


 そんな自分の気持ちが、身体が大きくなると同じようにその気持ちも大きくなっていた。

 ただ、何かを行動する自分はいなくて、大好きな冒険者を追って『黒』までやってきて、何をすればいいか分からなくなって、行き詰って、ギルド職員とかやってみてはいるけれど、今も何をすればいいか分からない。


「まぁ、彼女が人魔だと教会に言っても、勇者である彼女を殺されたりしたら困る……というか人類負けるし、教会側は人魔に勇者の力が宿ることを認めたくないだろうし、約束通り言わないでおくのが正解ね」

「そうですよねぇ……」


 意思も何も籠ってない返事をした。



「思ったけど、ヒビキがあの勇者に付いて行けばいいんじゃないかしら」

「そうですねぇ……」


 意思も何も籠ってない返事をし―――。


「―――は?」



 何言ってんだこの幼女。



「ほら、よく言うじゃない。ギルドが出来たのは初代勇者アレフと共にいた『ギルド』って人がギルドを作った。金色の勇者が目立つように、勇者と共に戦える者を『黒』と名付ける、って」

「いやいやいやいや、確かに初代ギルド長様はそう言ったらしいですし、今も尚語り継がれる有名な話ですけど!!その枠にいるが私じゃダメでしょう!?ヒナさんとかバスターさんとか、それこそネネさんとかが適任ですよ!!」

「声が大きいわ、いくら消音魔法張っているから周りに聞こえないとはいえ普通にうるさいわ」

「ご、ごめんなさい……いやでも、おかしいですって」

 そう言っても、ネネさんは落ち着いてワインに口付けた。

 私も叫んで喉が疲れたからグラスに入ったワインを飲み干す。

「私はともかく、ヒナやバスターはこのこと知らないでしょ?じゃあヒビキしかいないじゃない」

「私はともかくって……ネネさんはこういう物を『面白い物』と言って嬉々として付いて行きそうですけど」

「だって聞いた感じだと、竜の谷に行く前に帝国で修行、竜の谷に行って修行でしょ?遅すぎるわ。私の旅は日帰りがいいのよ」

「で、でも」

 でも、と言った口を人差し指で止められる。

「貴方はもっと成長できる。ギルド職員になっても何したらいいか分からないと足を止めるなら、せめて物語の脇役として花を咲かせなさい」

「……」


 机越しに押さえつけられた唇。

 人差し指を話し、金貨一枚机の隅に置いて私を置いていく。


「それじゃあね、ヒビキ」



 その場で放心して約二分。

「逃げられた、のかな」


 じゃあ、逃げちゃ駄目かな。


「店員さん、お会計お願いします……それと、ネネさんが今度来た時に、この金貨使ってください」


 感謝と、今までの私をここに置いていく。

 早く準備をしないと。

 朝一で出ないといけないのだから。


 ドアを開け、酔って火照った身体に気持ちのいい夜風を当たると同時。


「あれ」


 なんと都合のいいことか。

 目の前に、アンさんがいた。

※『フォルセティ教会』→『レイン教会』に変更しました。

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