矢文
上空で貫かれ、ゆっくりと地面に落ちていくミリオンポイズンなんて目も触れず、ヒビキは実在する勇者を食い入るような目つきをしている。
そんな中で、ネネは飄々とした姿でヒビキに問うた。
「なるほどね。勇者ならラビットユニコーンを対処出来てもおかしくないわ」
「………………」
「口開けて呆気取られちゃって。少し前の異常な魔力で勇者の噂はあったでしょう?確かに彼女が勇者なのは驚いたけれど」
「……あっ」
「ん?」
背を向けていた勇者は、身体を反転してこちらを向き、いつの間にか構えていた弓矢を放った。
いつからこちらに気付いていたのか、そんなことは後。
「矢文かなっ……と」
ヒビキは脳天直撃コースの矢を、上手いこと手で掴んだ。
殺意はない、矢に付いてる何かを見てから判断したうえで『矢を掴む』という行動に移るのが、流石『黒』と言ったところか。
「やるじゃない」
「それはどうも……っと何々?」
少しヒリヒリする左手と未だにバクバクしている心臓と、少しきつく結ばれた矢文のせいで解くのが少し難しい。
何とか解き、折られた紙を広げる。
ど真ん中に、急いで書かれたと思われる赤黒い文字。
急いで書いたのが分かるくらい、ぐちゃぐちゃに書かれた文字を読み上げる。
「『だまっててください』かな?」
「それだけ?」
「それだけですね。さっきのミリオンポイズンの血で無理やり書いた感じ」
「ふーん……」
ネネは矢を放った勇者を、いや、アンを睨み、思考する。
深々と頭を下げているのは、その申し出を受け入れてくれということか。
一瞬だけ見えた勇者の象徴とも言える金髪とは違い、今は何も染まっていない白い地毛。
まだ勇者の力は十分に使えてない、一時的に力を解放する形でないと勇者の力は使えない。物語に沿うなら、現在は修行前と言ったところか。
ただ、その矢文に書かれた文字のことが分からない。
なぜ、黙ってほしいのか。
普通なら、自分から勇者であることを名乗り、世の為人の為といい、資金を貰い武器を買い、自分の才能を磨いて魔王を倒す。
「ネネさん」
「なに?」
「とりあえずギルドで話し合いませんか?時間もあと……三十分くらい?多分、残りの時間は集中したいだろうし。それと、魔物の異変についても対策したいし」
「出来れば、いまここで彼女と話したいと言ったら?」
「後でいいでしょう?それに……」
「それに?」
ヒビキは一度固まり、自分が言おうとしてることが何なのかを再確認した。
「いえ、なんでもないです」
「……まぁ、貴方なりに考えがあるのね。いいわ、全部後で聞く」
そう言って、ヒビキとネネはその場を後にした。
「で、バレちまったけどどうするんだ?」
「どうするんだじゃないよぉ……もしも王様とかギルドの人に伝わったらどうしよう」
二人が過ぎ去った後、地上ではぶつぶつと話しながらミリオンポイズンの解体をしているアンがいた。
なんだかんだで巨大なムカデを解体する当たり、肝が据わっているというかなんというか。
「それにしても、お前にあんなこと出来るんだな」
「あんなこと……?蛇眼のこと?」
蛇目、それは『蛇人族』であるお父さんからの遺伝で授かった、私の中にある魔人。
使えば、しばらく見える景色がゆっくりに見えたり、遠くの物が見えたり、何かが感覚で分かるようになる。感覚で分かるは本当に感覚だから説明のしようがないけど。
今回は、あの無数の針が飛んできた瞬間に発動した。
「あれ、今まではびっくりした時につい出ちゃったーって感じで、意図的に出すのは無理だったんだ。今日のは、なんか出来た」
「なんか出来たって……おいおい、そんな都合いいことあるのか?」
「分からないよそんなの。お父さんは出来るって言ってたし、私が技術的に成長したのかな?それとも勇者になったから?それとも年齢の問題?」
「吾輩が知るかそんなもん、魔人や人魔のことなんかさっぱりだ」
「まぁ出来るようになったのはいいことだから別にいいけどね」
勇者の力を手に入れて身体能力が飛躍的に向上した時は、良いような、なんかズルをしている感じで嫌だったりとか、ほんのちょっとだけ思うことはあったけど、お父さんと同じことが出来るようになったのは……なんかに、ちょっと嬉しい。
ミリオンポイズンの毒袋と触覚、鱗を複数個手に入れた後、ついでにそこにあったケルビンの死体を少しだけ解体し、ギルドに向かう。
もう時間的に奥にはいけないだろう。タイムアップした時どうなるかの説明されてないけど、失格とかありえそうだし。
「そんなことより、今はネネさんとヒビキさんのことだよ」
「あぁ……と言っても、説明くらいは求められそうだけどな。それとも、このままこの街を出て帝国に行っちまうか?」
「それは、なんか……逃げてるみたいで嫌だ」
「キシシ、まぁいい。それに、黒い方は黙ってそうだけどな」
移動しながら、そこらにいた『ヒトツメ』や『ナナナ』を射抜きながら話を進める。
もちろん、回収はしっかり忘れない。
「どうしてそう思うの?」
「なんとなくだ、吾輩の勘は当たるぞ?」
「じゃあネネさんの方は?」
「知らん」
あまり使えない猫だなって内心思った。
「心の声、聞こえてるぞ」
「うるさいなぁ」
ギルドに着くと、なんか変な空気で出迎えられた。
ギルドのあちこちで何とも言えない視線を飛ばしてくる人達がいる。
「おい、あの自身満々の顔は勝者の顔だよ!五万リル追加で!!」
「はーい、今から賭けたい人や賭け金増やす人は残り三十秒以内にやってねー。間に合わなかった奴は殺すよー。当たり前だけど減らすのは駄目ねー」
「三万……いや、三万五千リル!」
「まいどー。お酒も売ってまーす」
……なんか、全てを理解した気がする。
「あら、おかえり」
「おかえりなさいでーす、アンさん」
一方こちらは、笑顔ニッコリマシマシというか、なんというか…………。
「許してください……」
「まだ何も言ってないわよ?」
……後でどうやってお願いしよう。
「お、間に合ったようだな」
唯一予通りの反応で帰ってきたのが男の人だけってどういうこと。
『間に合ったな』というのは砂時計のことで、残りの砂は一センチくらいしか残されていなかった。
そういえば、この人の名前聞いたっけ。
「まだ砂時計が落ち切ってないけど、もう計測してもいいわよね?」
「俺はいいぜ」
「もちろん」
そう言って出した素材の数々。
私の方は『松茸』や『赤薬草』などの植物類、『ヒトツメの目玉』やら『ケルビンの牙』などなどのそこそこポイントになりそうなものと、そしてメインである『ミリオンポイズン』の素材を中央にでかでかと置いた。
一方の男の人は。
「『マッハクイーンの死体』と『水晶の花』と『魔法石』が何個か」
マッハクイーンと水晶の花!?というか、洞窟まで行ったの!?
「ふーん……ヒビキ、来なさい」
「えー、もう帰りたいんですけど」
「この勝負において審判は貴方が適任でしょ。今度貴方のクエストに一回だけ着いて行ってあげるから許して頂戴」
「そう言って、本当は私と一緒に行きたいだけじゃないですか?」
「殺すわよ?」
仲良さそうだな。
というか、ヒビキさんは一体何者なんだろう。
あれはネネさん辺りが頑張って取れるだろうと判断したうえでの矢だ。
いくら威力を殺したとはいえ、矢を掴むなんて芸当はただのギルド職員のヒビキさんが出来るとは思えない。
後で聞いてみよう。
周りの人達を見てみると「あの若さでミリオンポイズンを?天才だな」「マッハクイーンって……例え今の季節でも十分強いでしょ」と私達の勝負に盛り上がっている。
「ふんっ、ミリオンポイズンとはやるじゃねーか」
「……どうも」
なんか、対戦相手から褒められるとは思わなかったというか、照れくさいものがある。
「……は?それそんな付くの?」
「若干キレ気味に言わないで下いよ。食べると美味しいらしいですよ。私は嫌いだけど」
「じゃあポイント低いじゃない」
「公平な判断をするんですー」
向こうの方で二人が素材を見ながらそんなこと話してる。
なんか、凄い心臓がバクバクする。
「……ポイント付け終わりました」
ワッと、みんなの視線がヒビキさんに向かう。
それが嫌なのか、露骨に嫌な顔をしている。
「……流石に、主催者のネネさんが言いましょうね」
「……仕方ないわね」
私達のポイントが書かれた紙がヒビキさんからネネさんに渡る。
「まぁ……その松茸とか魔法石とかの、所謂追加気分で持ってきたやつはあまりポイント付かなかったと思っていいわ。最小値は0、一番高くて一番でかい『魔法石』と『ヒトツメの目玉』が三ポイントね」
ヒビキさんが机に並ばれた素材達を順番に並べていく。
魔法石は小さい大きいの関係で零もあるようなのが意外だった。
この時点で、私のポイントは『八』
男のポイントは『十』だ。
「勝負は貴方達が自信満々に持ってきた、『ミリオンポイズン』、『マッハクイーン』と『水晶の花』で決着が付くと思った方がいいわ」
ごくりと唾を飲む音が横から聞こえた。
私は正直、ランクみたいなものはどうでもいいと思ってるから、別に『白』に落ちても不満はないけれど、彼は『赤』らしいし、ここで負けたくはないだろう。
あと、周りの関係ない人達も喉を鳴らしてるけど、そっちに関しては同情すらしない。
「まずは数字のインパクト的にこっちから言うわね。
『水晶の花』これが二十ポイント『マッハクイーン』は三十五ポイント。
累計ポイントは『六十五ポイント』ね」
周りがざわめく。
ただ、その空気を読まずにネネさんは言葉を紡いだ。
「そして。
『ミリオンポイズン』が六十ポイント」
一瞬の静寂。
周りの人達が、事実を確認しようと口々に言った。
「ってことは、累計『六十八ポイント』だよな?」
「ってことは……」
「ということは?」
周りから、今か今かという目がネネさんに向かう。
「勝者は『累計ポイント六十八ポイント』のアン」
歓声が、ギルド内に響いた。
修正
蛇の目→蛇眼
読み方は変わらず「じゃのめ」です