めんどくさい男と魔法使いネネ
ギルドに来て向かったのは、すっかり忘れていた今回のクエストの報酬受け取りだ。
本来ならばこの街に来てからすぐに行く予定だったが、自分が寝込んでいたためすぐには取りに行けなかったが、チェインさん達に頼んで延期にさせてもらった。
チェインさん達が受け取って私に渡せばいいんじゃない?と聞いたが、どうやら報酬は基本的に自分で取りに行かなければいけないらしい。
大昔のことだが、数百年前にそういう詐欺が起こったらしい。
奴隷だったり身内とかになら任せてもいいらしいが、もちろん私にはそういう存在がいないのでカウンターの前まで歩いて報酬を受け取る。
「あの、えっと……報酬受け取りを延期していたアンです」
いざカウンターの前に立つと言葉が飛んだが、ギルドカードを出してそれっぽく伝えた。
「はい、アン様ですね。少々確認にお時間を取らせていただきます」
そう言って、カウンターの綺麗なお姉さんが奥に行くと、小さな巾着袋に入れられたお金持ってくる。
「今回のクエストが《犬、王都まで商人の護衛》ですね。こちら、報酬の三万リルとなっております。こちらにサインをお願いします」
「はい、大丈夫です」
「そして、今回アン様はラビットユニコーンの群れを討伐したとの報告を受け、追加報酬として十万リル、そしてギルドカードを《青》に昇格させていただきます。ギルドカード昇格として、《黄》昇格で十万リル《青》昇格で十五万リルを贈呈させていただきます。追加報酬の書類に一枚、ギルドカード昇格の書類に二枚、サインをお願いします」
「え…………あ、はい」
…………。
とりあえず、何も考えずに書くもの書いた。書かされた。
全ての書類に名前を書き、小さなと少し大きな巾着袋を合わせて四つ貰い。
「金額が金額ですので、枚数合ってるか確認してください」とか言われたけど、こんがらがった頭では数も数えられなかった、というか数える気にならなかったと言うべきか。
思わぬ頂き物をしたが、無事に報酬を頂いた。
もうこれだけで奴隷とか買えるんじゃない?
……後でいくらかツクモさんに返そうかな。でもあの人のことだから返そうとしても拒否されそう。
「『にゃふふ! 都合のいいもん貰ったなぁ! どうする? この後ご飯でも食べに行こう!』」
それはちょっと……と思ったが、元々想定していないお金なんだし、ちょっとくらい、いっかな。
「おい、そこの白髪女」
「は、はいぃ!」
パンパンになった巾着袋をバッグに詰めてる時、後ろから声を掛けられた。
急に話しかけられてつい大きな声を出してしまった。
別にギルド内じゃ誰かしら騒いでる人がいるし、私の大きな声と言っても周りにはほとんど聞こえないけれど、自分が大声を出したことが少し恥ずかしい。
巾着袋を持つ手に力を込めた。
「聞いたぜ?ついさっきまで【白】だったお前さんが、経った一回のクエストで【青】に昇格したんだってな」
振り向いたら、そこには青髪で高身長な男の人がなんだか嫌な顔をして立っていた。
腰元にあるカバーが付いていない短刀がやけにチラついて、少し怖気づいてしまう。
『ふん、この程度の三下に怖気づいてどうする。雑魚だぞ』
「お前、なーんか不正してんじゃねーの? どうなんだ? そんな大金持っちゃって、恥ずかしくないの?」
「人見て雑魚って分かんないよ……」
「あ゛あ゛ん!?雑魚って誰に言ってんだゴラッ!」
しまった、ルーチェが急に話しかけてきたからつい言葉に出てしまった。
「えーと……その、ごめんなさい?」
「おい舐めてんのか! おい、新人ちゃんがイキがってんじゃねーよ、あ? 分かる? 不正して恥ずかしくないのかな! もう一度言うぞ?不正して!! 恥ずかしく!! ないのかな!!」
男性が声のボリュームを上げる。
私の声は小さいから聞こえないだろうけど、この人のでかい声はギルド全体に響き渡り、二階にいる人までもが私達を見る。
なんだなんだと騒がしい、またかうざいと私達を囲む。
大勢の人に見られるのは、少し怖い。バレそうなのもあるし、そもそも人の視線に慣れていない。
なんか、頭と胸の奥がムズムズする、気がする。
それにしても、どうやってこの人を説得しよう。
と思っていたら、ギルドの人が騒ぎに気付いてこちらにやってくる。
ショートカットの黒髪女の人は、半ば怠そうな顔で私達を、主に男の人を見る。
「何をしているのですか、スティーブさん」
「聞いていただろ?【黄】を飛ばして【白】から【青】に飛ぶとか普通ねぇだろ!」
「ふんふん……確か貴方は、ツクモさんを救ったアンさんですね?」
「え?まぁ、一応」
「彼女はラビットユニコーンを十体以上倒したとチェインさん達とツクモ様よりご報告されております。そもそもラビットユニコーンは一体倒すだけでも【黄】へ昇格できる程のモンスター。それを一人で十体。【青】へ飛び級するほどの実力はあります。昔の貴方には出来ますか? スティーブさん」
私は誰か分からないけど、ギルドの人は私を知っているらしく、私が飛び級した理由を教えてくれる。
ちなみに飛び級って何?
『あー……まぁ飛び越える感じだ』
ルーチェも良く分かって無さそうだ。
「ガキ女がそんなこと出来るって本当に思ってるのか? ほら! 周りを見てみろよ! とても信じられる顔じゃない」
そう言われ、チラリと周りを見渡す。
未だ状況が分からず困惑する人、騒動を楽しむニヤけた顔の人、呆れた顔の人、無心でおにぎりを貪る人。
ただ、ラビットユニコーンを十体倒したのはどうやら信じて貰えないようで、あちこちから笑い声が聞こえてくる。
ギルドの人から大きな溜息。
「別に、今の時代でガキ女さんが強いっていうのは最近じゃよくある話じゃないですか。現在いる『黒』の十人中二人が———―」
「ヒビキ、聞こえているわよ」
ギルドの人の真後ろから、音も無く気配も感じさせず、いつの間にかそこにいた。
「———―ネネ様、いつからそこに?」
ギルドの人(確か『ヒビキ』と言われた気がする)がそこから退き、ネネさんと呼ばれる人の姿が見える。
私より低い身長で、私くらいの身長を持った杖を小さな女の子。杖の先端には月の装飾が付けられている。
最近では珍しくも思えるでかい三角帽子や地面スレスレの紺色ローブ。
青色のツーサイドアップは歩くたびに揺れていて、不満そうな目と楽しそうな口を浮かべていた。
ネネさんと呼ばれてる人が表れてから、周りの人たちも騒ぎはじめた。
【黒】と呼ばれてる人のことはあんまり知らないけれど、知っていることは人間で唯一、勇者と比較材料に慣れる人たちのことだ。それも、世界で十人しかいない、んだっけ。二桁ってことだけ覚えてる。
『そんなやつが、こんなくだらないことに首突っ込むのか。【黒】とは言え暇人なのか?』
ルーチェは失礼なことしか言えないの?
「そこの男が醜く喚いたころから遠くから見ていたのだけど、貴方が私のことをガキって呼んだのが聞こえたから……来たわ」
「そんなくだらな……いえ、私は言ってないです。そこにいる男、スティーブさんが言いました」
この人真顔で嘘付いた。
「いや言ってねぇ! なに【黒】相手にやべぇ嘘付いてるんだ! それでもギルド職員かよ!」
「そこだけに関しては私もそこの男と同じだわ。例え嫌なやつでも流石にないわ」
私もそう思ったので無言で頷いておいた。
ヒビキさんは「……スーッ」と独特な息の吐き方をして目を反らしている。
仕事する人って無表情で淡々とこなすイメージがあるけど、この人は……なんだろう、人っぽい?
「まぁいいわ、私のことをガキと言ったのは置いといて……そこの子が【白】から【青】に飛んだのが気に入らないらしいわね」
「そ、そうだ! こんなやつが【青】なんて、認められるか!」
「そんな声を荒げなくても分かってるわよ……じゃあ、こんなのはどうかしら」
ネネさんは帽子を大きな三角帽子を取り外すと、一匹の魔物が頭の上にいた。
パッと見は黒猫、畳まれた翼、可愛い寝顔から、可愛い欠伸と。
これは!
「猫ドラだ!」
「正解。私のペットであり最強の相棒『ラック』って呼ぶの」
猫ドラは人間や魔人などに基本的友好的な魔物だ。
素早い身のこなしで空を飛び、鋭い爪や牙の近接攻撃、口からは強力な火球の遠距離攻撃を持っており、普通に敵として回られると厄介極まりない魔物だ。
いや、そんなことはどうでもいい。
可愛いのだ、こんなルーチェとは比較にならないくらい、可愛いのだ。
『いやまぁ、吾輩は可愛いと言われるよりもかっこいいと言われたいからいいが……それはそれでなんかちょっと傷付くぞ』
だって、猫に翼が生えてるんだよ?お得じゃん。
ラックと呼ばれた猫ドラは、ネネさんに起こされて大きな口を開けて欠伸をすると、クエストボードまで翼を広げて空を飛ぶ。
「二人は素材を集めて競い合ってもらうわ。女の子が勝ったら無事に【青】に昇格。負けたら【黄】に降格。これだと女の子が勝っても何も得がないから、勝った方は、剥ぎ取った素材を全て貰う。雑に決めたけど、こんな感じでいいかしら」
話は一人でにぽんぽんと進んでいき、私達三人は口が挟めなかった。
ラックちゃんが再びネネさんの頭の上に乗り、咥えた紙をネネさんに渡した。
「俺は別にそれでいい。こいつが不正しているかどうか、【青】に相応しいかどうかがすぐに分かるしな!おい白女!辞退するなら今の内だぜ!」
「え、えーと……」
ルーチェ、どうする?
『吾輩でいいのか?それじゃあ、今から俺が言う言葉をそのまま言ってくれ』
うん、分かった。
『辞退します』
「辞退します……ってえ?」
「ふーん……それは『黄』に落としていいってことかしら?」
ネネさんが私を見る。
私はルーチェの言ってることをただ言うだけだけど、なんだろう、つまらなそうに私を見るその表情は言葉に詰まる。
「……別に、落とされてもすぐに『青』に上る実力はあると思うし、私が勝ったとしてもメリットが薄いし、男の人はデメリットが無い。公平じゃない勝負には挑みたくない」
「そういえばそうね」
「なっ……!そんなの、俺に負けるのが嫌で! そう言っているだけだろ!」
「……そちらこそ『黒』が来て本当は逃げ出したいんじゃ?本当は、飛び級する気に入らない新人が来てイジメてやろうって魂胆が、こんな騒ぎになってしまうんですから」
ルーチェの口調は少しだけ癖が強いから、少しだけ私風に変換して言う。
正直怖い、超怖い。
「こ、このガキ……! いいぜ、乗った、乗ってやろうじゃねーか。じゃあ俺が負けたら一つランクを落としてやるよ」
「……でも、それだとつまらなさそうだし、せっかくなら負けたら『白』にしませんか?」
言った瞬間に「ん? いま私なんて言った?」と思った。
それと同時に、周りもざわざわと騒ぎ出す。
途中からほぼ空気のヒビキさんも、存在感が強いネネさんですら目を見開いて驚いている。
「し……しろぉ?」
男の人も顎が外れそうな顔をしている。
『とりあえずにっこり笑っとけ』
にっこり、笑う?
してみたけど、顔も見えないのに自分でもぎこちないと思った。
「じゃあ、勝った方が賞金貰って今の色を継続。負けた方は一番最初の『白』に降格。これでいいわね」
愉快に笑ってるネネさんは嬉々として話を進める。
「まっ、まってください! 俺は『赤』ですよ!?リスクは俺の方が大きい!」
「知らないわ。貴方が売った喧嘩、それくらい吞みなさいよ?」
男がグッと顔を顰める。
それだけ自分が望まない形に話が進んでいくのが嫌なのだろう。
それは私も同じだ、出来れば穏便に話が進んでいたのに、ルーチェと来たら……。
『「勇者は売られた喧嘩を買ってなんぼだ。見返りはきっちり受けて貰わないとな」』
やってること鬼だなぁ。
「ルールを決めるわ。この砂時計が落ちるまで、だいたい一時間ね。どちらが多くのポイントは稼げるかを競うわ。ポイントは持ってきた素材で私が独断と偏見でその場で決めるわ。
例えば、『ゴブリン』なら一ポイント。
『紅茸』なら一ポイント。
『スパイダースネーク』なら三ポイント。
『虹色の鳳凰』なら百ポイント。
まぁ……今言った物が実際にポイント付くとは思わないでほしいのだけど、大まかなルールはこんな感じでいいかしら。いいわね」
ラックが持ってきてクエストシート(クエスト内容を書く紙)に今言ったルールをすらすらと書いていく。別に何に書いてもいいと思うけど、書ける紙がこれしかないのかな。
どうでもいいけど、いつの間にかヒビキさんが後ろの方で怒られている。
自業自得でもあるけど……頑張ってほしい。
「このルールに異論はあるかしら」
「じゃあ、私から。ポイントって0とかありますか?」
「勿論。弱すぎる魔物やそこに生えてる薬草とか、まぁその時決めるわ」
「分かりました」
つまり、適当な薬草とかを持ってきても意味はない、ということらしい。
ずいぶんと適当な決め方だけど、良いのかなとは思ったけど。
「じゃあ二人共、準備はいいかしら」
二人で相槌を打つ。
「それじゃあ……お互いのランクを賭けて、勝負なさい!」
二人同時にギルドから出た。
「これ、外出てから始めていいだろ」
男の呟きに心の中で頷いた。
目が覚めてから、というか、勇者の力が目覚めてから変わったことがある。
一つは、回復速度が飛躍的に上昇したこと。
数日で治ったこの身体が何よりも証拠。一度手先を切ってみた所、一時間も経たないうちに傷が塞がったのは自分でも気味が悪いと思った。
もう一つは、全体的な身体能力の上昇。
地面を駆ける速さも、木の上まで飛ぶ跳躍力も、ツタを握る筋力など、自分でも感じるほど変わっている。
ルーチェが言うにはまだ勇者の力の一パーセントも出せてないらしいのだから、恐ろしいものだ。
木と木の間に車輪状の糸を張り、呑気に獲物待つ『鬼蜘蛛』の腸に矢を一線。
膨れ上がった胴体から弾けるように血が溢れ、自分が張った糸に吊るされる。
急いで八本足と、蜘蛛が糸を作る場所(ルーチェが言うには『糸いぼ』というらしい)捻るようにもぎ取り、次の獲物を探す。
先程からゴブリンが徘徊してるのが見えるが、そこをスルーして別の所を探す。
『今言った物が実際にポイント付くとは思わないでほしい』『ポイントは0にもなる』
「もしかしたら、ゴブリンはポイント0になる」
ルーチェがそう言っていた。
「それに、いくら一ポイントを積んだところで、素材を入れるリュックは有限。十ポイントくらいになるやつを狩った方が得点を積める。一を十狩るより、十を狩れ」
「ルーチェって、意外と頭いい?」
「お前の今後を導くくらいにはな」
「そんなことを言われたら、今後はもっと気軽に頼って行こうかなって思う」
「少しは自分で考えろ」
ゴブリンは弱い魔物、強い魔物の傍にいたら一瞬で死んでしまうため、ゴブリンの近くには強い魔物がいないというのは相場が決まっている。
もちろん、ゴブリンなどの弱い魔物を狩る魔物というのも多くいるため、そういう魔物がゴブリンの近くで身を隠している可能性はあるが、今は関係ない。
出来るだけ遠くに行き、道中に高そうな薬草や茸を採る。
「―――キュワワン!!」
開始から十分経ったころ、大きな魔物の鳴き声が近く聴こえてそれを追いかけた。
「『ミリオンポイズン』だ、珍しい」
『ケルビン』という頭が二つある狼の魔物を食べていた。先程の鳴き声はこのケルビンからだったか。
全長二メートル、およそ百万の足があると言われている虫の魔物。
その凶暴さは魔物の中でもトップクラスで、《熊》と《蛇》の間くらいと言ったところだろうか。現状『青』の私一人じゃ少し対処に困るくらいだろうか?
でも、こいつを倒せばきっとポイントにもお釣りが出るくらいにはなるだろうし、こう見えて、勇者の力を持つ前でも青じゃ止まらない、と思ってる。
「お前が自分の事評価するの、珍しいな」
「……たまにはいいでしょ」
およそ百メートル離れた所から私は矢を放った。
スマブラの新キャラにマイクラのスティーブが来たので男の名前はスティーブです