ツクモ商店
商人さんが部屋に来てから二日経ち、傷もすっかり癒えた頃。
チェインさん達は昨日の夜に次の街に向かった。
もう少し話したいことは会ったけど、実家の手伝いだとか、他の人との契約があるからと言って出発していった。
もう少しだけ話していたかった。
出発する前に、「あの時はありがとう」と二人から言われ……なんだろう、まだ自分の力だけど自分の力じゃない感じがして、嬉しいような嬉しくないような複雑な感じがした。
気持ちを切り替えて、私もお世話になった宿屋に頭を下げる。
怪我はすっかり治ったため、私も『今後』のために動きだす。
商人さんがお店をやっている『ツクモ商店』にやってきた。
「おやアン殿、いらっしゃいませ。お身体の調子は大丈夫なのですか?」
「お陰様で」
勇者の力と宿屋の人と、その宿屋のお金を払ってくれたツクモさんに感謝だ。
「そういえば、私のことアン殿って呼ぶんですね」
「凄く今更ですがね。別がよろしいですか?」
「殿呼びとかされたことないので……ちなみに他だと何て呼びますか」
「貴方様かアン様、でしょうか?」
「……殿で大丈夫です」
多分どれも慣れはしない。
貴方様は、なんか私が呼ばれている気がしないし、アン様は単純に言い方というか語呂というか、殿寄り嫌だった。
そういえば最初の頃に貴方様って言われていた気がする。
話に区切りがついたところで、改めて店内の眺める。
ツクモ商店は王都内では少しだけ有名なお店だそうで、外から見た目は他のお店より二回りほど大きい。
ツクモさんから聞いた話によると、私のような旅する人も、偉い貴族も、貧乏な家族まで、みんなが訪れる店にしていきたいと語っていた。
その思想の表れは見て分かるもので、お店の左側は武器や防具、キャンプセットや簡易魔法陣などの冒険者の必需品。
お店の中央から奥は耐久性や動きやすいとした機能に注目した服、高級な素材を元に丁寧に作られた(とルーチェが言っている)高い服、逆に、安すぎると思うほどの古着まで置いてある。
右側には置物やカードゲームやクッキー、多種多様な本など様々なものが置いてある。
コンセプトを一つ絞らず、色んな層にあった物を売る。
実際に、子供達が右側で絵本を読んでいたり、左側で男の人が武器を眺めている。
「さて、確か防具が欲しいのでしたかな」
店内をボーっと眺めている所にツクモさんから声から声を掛けられる。
「はい。出来れば、動きやすいよりの防御力のあるやつがいいかなーと」
「それでしたら、こちらはどうでしょう」
指差した防具、というか服は全身真っ白で、肩から足先まで繋がっている。
これどこから着るんだろう。
というかこれ、防具なの?
「……ってまって、まってください!これ、値段が……一十百千……万、十万……三十一万リル!?」
「はい。『ノンアタック・スライムの衝撃緩和タイツ』これは鎧の下に切る全身タイツのような物で、その名の通り衝撃を吸収してくれるそうです。ほら、触ってみるとぶにぶにです」
「ぶにぶに……」
確かに、触ってみるとこれ以上ないほどの『ぶにぶに』を感じた。
ただ、スライムを着るって思うと、なんか嫌じゃない?
「ですが、武器防具で三十万リルはこんなもんですよ。駆け出しからすれば高く感じますでしょうが……【青】くらいになれば、これくらいが平均ですよ」
「そう、ですか。すみません、田舎暮らしで、今まで使ってた武器とか防具とかはお父さんから貰った物なんです。」
「娘思いのいいお父さんですね。ですが、防具というのは硬さだったり動きやすさだったりと職人の努力と研究が年々積み上げられ、年々品質が向上していくものです。しかも、防具となれば命に関わる代物。ここは一度、装備を一新してしまいましょう!」
そう説明するツクモさんは、目を輝かせて、楽しそうで。
頷く気しかなかったけど、頷くことしか出来なかった。
「一度試着してみてはいかがでしょうか?」
「しちゃく?」
「一度着てサイズの確認や着心地を確認するんです。ほら、試着室は向こうです。これと、オススメの戦闘向けの服、ついでに胸当てや籠手などの装備一式着てみてください。あ、サイズが合わなかったら言ってください」
「え、あの、これも高い」
「まぁまぁ、ほら、試着室は向こうです」
半ば押し付けられた形で試着室に入られてしまった。
とりあえず、服を脱いで白いやつを着てみよう。
ちなみにこれどうやって着るの?
休憩中だった女性の店員さんの手を借りてなんとか着終える。途中で全部の服のサイズを合わせて貰ったりもして、なんかもう、ありがとうございますって感じだ。
着てみた感想は、肌にピッタリして意外と着心地はよく、なんかひんやりする。
このタイツ(?)に服を着ると言われ、服べとべとにならないかなと思ったが、意外とそうならないらしい。まぁ着る時少しだけ引っかかるけど。
というか、このタイツよりもこの上に着る防具の方がよっぽど防御力がありそうだ。
硬い素材で出来ていると思ったら、ちゃんと動ける。腰の辺りに付いているミニポーチは戦闘道具をすぐに取り出せる。色も紺色、黒に近い色は夜中などに魔物にバレにくい。まぁ夜行性の魔物って大抵夜目が効くからあんまり意味ないってお父さんがよく言っていたけどね。
前よりも少し重いがそれは時期に慣れるだろう。
一番いらないのは胸当てかな。少し動きにくいし、重い。
だから胸当ては……なんか嫌、って感じがする。
籠手も弓引く時に支障が出そうだから別のにするか全くしないかがいい。
「―――って感じです」
「……お言葉ですが、アン殿は意外と喋られるのですね」
「あー……えーと、ははは」
自分の頬が少しだけ暑くなるのを感じる。
『いつも自分からは喋らないけど、魔物の討伐方法とか話すときは凄い話す所、お父さんにそっくり』
お母さんが言っていた言葉を思い出す。
一週間も経っていないのに懐かしく感じる。
本来の予定は、王都に冒険者として半年くらい暮らして、帝国だとか水の国と呼ばれる国に旅したりして適当に暮らしたいと思っていたのだが、まさかこんなことになろうとは誰が思っただろうか。
いやまぁ、結局帝国に行くし、竜の……山?に行くのだから旅ではあるのかな。
「『山じゃなくて竜の谷な』」
ルーチェ、細かいことは気にしなくていいと思うよ。
「了解致しました、それじゃあ胸当てと籠手以外は大丈夫ということでよろしいでしょうか。一応、色とか変えれますけれど」
「面倒くさいので大丈夫です」
「めんどう……まぁ、そこがアン殿のいい所なのでしょう」
私、今引かれなかった?
「ただ、さすがに胸当ては心臓を守る大事なものなので、別の物を探しましょうか」
「はい」
こうして私達は数分間話し合い、時に他の部位も変えながら自分に合う胸当てを探した。
「あ……そうだ。これ本当に全部貰っていいんですか?その……私じゃ一生払えない金額だと思うんですが」
「全然大丈夫ですし、多分アン殿のレベルの冒険者でもその気になれば一か月もあれば稼げると思いますよ?それに、このお店は将来大きくなる。この程度の出費なんて安いものです。もしも引け目を感じるならば、旅する途中でこの店を紹介してください。次に会う時には二階建てになっているかもしれませんよ?」
「ツクモさん……」
恥ずかしげもなく未来を語る彼の顔は、希望に満ち溢れた顔で、なんとなく、こんな人になりたいなと思った。
「……分かりました。じゃあ、これから行く旅路でこのお店を紹介するので、帰ってきた私を驚かせてください」
「任せてください。その時には、よりいい防具を提供させていただきますよ」
私達は鎧よりも固い握手をした。
防具一式(一部別種類あり)と、回復薬や簡易魔法陣、大量の矢と普段着とそれら全部入るでかいバッグ、ついでにツクモさんの奥さんが作ったらしいクッキーもおまけして貰ってやっとお店から離れる。
「馬は貰わなくていいのか」
姿を現し、肩に乗るルーチェ。
こういう生き物は街ではちらほら見かけるし、多分出てきても大丈夫と判断したのだろう。
喋る生き物は流石に珍しいと思うけどね。
「流石に貰うのはちょっと……ブラウンが倒れた時凄い可愛そうな声してた気がする」
「まぁ買うとなると貰った防具よりも高く付きそうだしな。それより、今は馬よりも、ある意味防具よりも欲しい物がある」
「なに?」
「肉壁、良い言い方をすれば優秀な剣士とかが欲しいな、それも生涯付きっ切りレベル、人魔なのを言っても失望せず、勇者であるお前に付いてこれる実力のやつが欲しい」
「……この世にはそんな人、いないんじゃないかな」
「まぁそうそういないな。だが、実力だけ持っていて後はいいなりで、金という簡単なルートで買える」
「お金?」
「『奴隷』だ」
少しだけ、背筋が凍り付いた。
「……同族の子が売られてるの見るの嫌だ」
人魔族は、バレたら処刑か奴隷送りの二択と言われている。
「嫌でも、だ。それ以外に仲間になるやつはこの世にいない」
「……ツクモさんみたいに人を救えば?」
「確かにあいつみたいにやれば『人魔とかどうでもいい!俺はこの先貴方に仕える!』というやつが出てきたら万々歳だが、そんな状況意図して作れるもんじゃないし、予知が出来る物でもない。しかも人魔に助けられても教会に報告してきてもおかしくない。不安定過ぎる」
「でも、私お金ないよ?」
「ばっかお前、今何貰ってどこに向かっているんだ?」
「色々貰ってギルドに向かってる」
「だろ?そのいろいろの中には金も貰った。だから、帝国まで護衛するクエストをこなして、その場で帝国で金稼ぎ。帝国の方が強い魔物が多から金稼ぎには向いているし、奴隷市場もここより充実しているはずだ。そこで奴隷を……理想は二人くらいか。買って、そいつらの防具も整えて、竜の谷へ向かう。完璧だ」
「へー……なんか、引かれたレールってこんな感じなのかな」
「なんだ?不満あるのか」
「実は……今日だけでもいいから王都にいたい」
本当は半年ほどここにいるつもりだった。
これくらいの我儘は許してほしい。
ルーチェは大きく溜息をしてから、嬉しそうに「仕方ねぇ」と呟いた。
「だが、そのためにも金稼ぎだ。観光しようにも出来ないだろ。リハビリとその防具の性能を確かめるついでに、ちょっくら魔物でも倒しちまおうぜ」
「うん、元からそのつもりだよ」
「へっ、やる気満々じゃねーか」
既に四日ほど経っているが、初めての王都で少しだけテンションが上がっている私。
一人を予想していた旅に、思わぬ話し相手が出来ただけでも私は仲間とか奴隷とかいらないと思っていたのに。
そっか。
ツクモさんと話している時にも思ったけど。
今まで両親としか話したことがなくて分からなかったけど、もしかして私は、誰かと話すのが好きなのかもしれない。
まだ、経験が少ないから分からないけどね。
※一円=一リル