アン
世界は常に、光と闇に分かれていた。
光は勇者。
闇は魔王。
勇者は人々の安寧の為に魔物を殲滅せんと闇を滅し。
魔王は魔人の安寧の為に勇者を向え討つ。
時に光が勝るか、時に闇が勝るか、時に両者敗れるか。
結末終えても続く世界が、また始まりを迎えようとしていた。
時は聖魔歴五八十五年、一人の赤子が産まれた。
子の名は『アン』この世界において禁忌と呼ばれる『人間』と『魔人』両方の血が混じった、『人魔族』と呼ばれる子だった。
……きっと、神も退屈だったのだろう。
まさか、勇者の蕾と魔王の蕾、その両方をたった一人の少女に植え付けるなんて、誰も思わなかった。
聖魔歴六百年、春の月。
人々が徐々に起き始める時間に、一人の少女が山小屋の扉を開けた。
今日は雲一つない良い天気、外に出るにはうってつけの天気だった。
「忘れ物は無いかい?」
「もう十回は確認したよ」
「ほんと?まぁ何か無かったら適当に買えばいいと思うけど、お母さん心配だからね?あなたは外の世界なんてほとんど知らないんだし」
「あーもう分かったから、私が人魔のことは絶対に話さないし、魔物になんかに殺されないし、毎日三食食べるし、道具の手入れも欠かさずやるし、日焼け対策もする。全部覚えてるから大丈夫だって」
「ほんとうかねぇ」と言いながら、母は少し屈んで少女の長くて白い髪を優しく撫でた。
急にどうしたのだろうと少女は一瞬思ったが、察せないほど鈍感ではない。
少女もまた、大好きな母の白い髪を撫でた。
しばらくすると、肌が青い父も迎えに来た。
「忘れ物は……いや、どうせ聞いてるか。寂しくなったらいつでも帰って来なさい」
「それはお父さんが寂しいだけでしょ?無理だと思ったらすぐ帰るよ」
少女は苦笑いしながら答える。
父は内心「嘘だ」と思うが、何も言わずに微笑んだ。
「アン……気をつけて行ってくるんだよ!」
「お前ならどんな苦難も乗り越えていける。行ってらっしゃい、アン」
「お母さん……お父さん……うん! 行ってきます!」
アンは親に背を向け、二度と振り返らなかった。
まだ冷たい春の風が靡くと、腰まであるツインテールが高く踊る。
なんとなく落ち着かなくて、いつもみたいに右手の人差し指で毛先をクルクルと弄る。
「……寒いなぁ」
アンの冒険の旅はここから始まる。