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部屋には先ほど連れ出されたリュカ様含めすでに全員揃っていた。
「マデリー!」
「リュカさまぁ!?」
ガバッと抱きつかれそのまま、「までりぃ」と甘えたような声で何度も名前を呼び、私の肩に頭をぐりぐり擦り付けている。
先ほどならキース様が引き剥がしていたのに、何だか可哀想なものを見る目で眺めているだけ。お父様は困ったように、セニガン子爵はあわあわと戸惑って、お義母様は見えないけれど「まあまあ、あらあら」と喜んでいる気が…。
誰も助けてくれず、もう受け入れてしまえとふわふわと柔らかい髪をそっと撫でてみたら動きが止まった。もしかして嫌だったのかなと思ったら、痛いくらいにぎゅーっと抱きしめられて、
「かわいいなぁ、本当かわいい。何でこんなにおめかししてるの?まさか…キースのためだったりするのかな?」
ゆっくりねっとりとした言葉遣いで囁かれる。
「ちがちますよっお義母様とメイドさん達が着せてくれて、お化粧とか…。」
「そっかキースのためじゃないのかー。」
じゃあ僕のためかな?と顔を上げおでこをコツンと合わせられた。唇がくっついてしまいそう。
抱きしめられているからというのもあるけれど、暑くてなってきて、特に顔が…きっと今は真っ赤っかだ。
「ふふっ、お化粧してるのかーそのままでいいんだけどなぁ、でも口紅だけかな。小さくてぷるぷるで食べちゃいたい。」
「りゅかさまっ。」
「なーに?」
「ち、近すぎますし、くるしいです!りゅかさまっ。あのっ手が下にさがってきてる気が…どこ触って、あ、やめっ。」
あられもないところに触られて、撫で回されそうになったその時、ゴッと鈍い音が…。
「いったいっ〜!!兄さん!」と崩れ落ちるリュカ。後ろには拳を振り上げるキース。
さっきもこんな光景を見た覚えたがと思うマデリー。
「お前って奴はっ…!ましてやこんな人前で!!」
人前でなければいいというものではないと思うのですが?
「だからまだ言わない方がいいといっただろう。」
「もう限界だったんです、しょうがないでしょう。婚約者の座を譲とでも言わなきゃ今すぐにでも私を殺し…コホンッン゛ン゛えー、とてもマデリー嬢への愛が溢れて目に見えたので。」
「え、ころ?」
「気にしないでください父上。」
ひとまずうずくまり痛そうにしているリュカ様に「大丈夫ですか」と自分も腰を落とし、頭を抑える手に自分の手を重ねた。
「あー…好き、むり。」
「何かおっしゃりましたか?」
きょとんとした顔のマデリーをみて悶えるリュカ。
「もー、なにこそこそ話してるの!さあ立って!」
仲間はずれは良くないわ!と訴えるナタリア夫人。
「母上いたんですか。」
「いたわ!それよりも!なによ、こんなにらぶらぶだなんて聞いてないわ!もう明日式をあげましょう。善は急げよ、さあロジャー教会に用意するように伝えて!私はウェディングドレスをすぐに仕立てられる仕立て屋を探さなきゃっ!」
「ナタリア落ち着いて。」
「あ、でもまって!婚約者ってキースよね?でもマデリーちゃんとリュカが好き同士なんでしょう?キースいいの?」
「まてナタリア。ん?お義母様?もうそう呼ばせているのか!」
一人で話し続けるお義母様と、それをなだめるセニガン子爵に声をかけようとしたら後ろからリュカ様の腕が伸びてきて「だーめ。」と、手で優しく口を抑えられた。
少し顔を後ろに向けるとリュカは優しくふふっと笑った。
「いいかな?」
さすが裁判官。その一言で外の小鳥の声が聞こえるほどに静まった。
「…あら、ごめんなさいねレギオ。つい舞い上がっちゃってふふふっ。」
「いや、妻も君がこうなるだろうと言っていたからね。」
「シルフィーヌが?お恥ずかしいわ。」
「誰も仕切らないなら私が仕切らせてもらよ。いいねロジャー?さぁみんな座りなさい。」
「すまないレギオ、頼む。」
向かい合わせの長いソファと二つと一人用のソファが一つ。
一つの長いソファにはセニガン子爵とお義母様とキース様。向かいには私と私にぴったりくっつき手を握るリュカ様。そしてその二席を一見できる一人用のソファにお父様。
ここはセニガン子爵邸ですよ、法廷じゃありませんよお父様。
「まずマデリー。」
「はい。」
「リュカ君をどう思う。」
「ど、どうとはどういう…?」
「そのままの意味だ。実は婚約者をリュカくんに変えるという話が出ている。そうやって手を握り、名を呼ばれ、不愉快か?嫌い?正直に言いなさい。」
心なしかリュカ様の手を握る力が強くなったような。
出会ったばかりで抱きしめられたり、恥ずかしいことや照れてしまうことも沢山されたけど、優しい声と言葉遣い。そしてあの綺麗なまっすぐと私を見つめる瞳に文字通り一目惚れ…なんて。
不快ではないし寧ろ…。
「マデリー、僕のこと嫌い?」
「黙れリュカ。」
制止するキース。
「チッ兄さんてばやっぱりマデリーに未練が。」
「ない、そもそも顔見知りというだけでそれ以上も以下もない。お前は何もいうなマデリー嬢の本当の気持ちが聞きたい。」
本当の気持ち。
「きらい…す。」
「え?マデリー?」
はっきりと。
「嫌いじゃないです。」
真っ赤になってうつむく私の横では、リュカ様がやったやったと大はしゃぎ。
今すぐにでもソファーで飛び跳ねてしまいそうな勢い。
「聞いた!兄さんマデリーが僕を選んだよ!あぁマデリーありがとう!」
「では、話はまとまったな。キース・セニガンとマデリー・アンドリウスの婚約は破棄。そして、マデリー・アンドリウスの新たな婚約者はリュカ・セニガンとする。…以上。」
父の声に法廷が終わる木槌のあの音がしか気がした。
「よかったわねリュカ。」
「娘をよろしく頼むよ。」
「おめでとうございますリュカ様!」
みな祝いの言葉を口にしながらメイドさん達がパチパチ拍手したり、ジルさんとセニガン子爵様がハンカチで涙をぬぐって、お父様はこれでいいと頷いている。
キース様もおめでとうとは言うもののやっぱり可哀想なものを見る目でみているような?
「ねぇマデリー、愛しているよ。」
「あ、あい、愛してっん!」
ぐいっと腕を引かれたと思うと、握られていない方の手で私の頬を包みキスをされた。
最初はチュッと軽く。次は優しく食まれ、長く口つけた。
離れた時、はぁと色っぽいため息をするリュカ。
「ずっと恋い焦がれたマデリーが僕を選んでくれて、キスまでして、本当に夢みたいだ。そうだ、夢なら覚めないうちに二人きりになれるところへ行こう!バラ園見たいんだよね?僕も手伝ってるんだ。さぁ早く。」
呆然とする周りを無視してぐいぐいとマデリーの手を引き部屋を出ようとするリュカ。
扉を開けた音にはっとして「卒業するまでだめだからな!彼女のためにも!」と叫ぶセニガン子爵。
私のため?
「はぁ、行ってしまったか。」
「ふふっ、リュカとても嬉しそうだったし、マデリーちゃんもまんざらじゃないって感じね。」
疲れてソファに深くもたれるセニガン子爵とは反対に夫人は二人の出て行った方を見て微笑んでいた。
「でも卒業するまでってあの子耐えられるかしら?」
「それは絶対だ!!そんな事になってしまえばレギオとシルフィーヌさんに顔向けできん!だからなんとしてもマデリーちゃんは守るからなレギオ!」
「あぁ、世間体も大事だからな。そのあたりはしっかり頼むよ。妊婦の娘をバージンロードに歩かせるわけには行かないのでね。」
「学園では私が見張ってますのでご安心を。」
「頼むよ、キース君。」
お任せくださいと胸を張るキース。
心配だと頭を抱えるセニガン子爵。
「貴方もお義父様と呼ばせたら?」と呑気なナタリア夫人。
まぁ何であれ、ロジャーとナタリアの子供だ。
きっといい子だろうし、娘のことも随分と大切にしてくれてるようだ。
シルフィーヌも二人の婚約を祝ってくれるだろう。
これで婚約者はリュカ(ヒーロー)に移りましたね、よかった。
もうしばらくしたら学園のお話も書きますね。