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〜一年の秋〜
「マルグリットここにいたのか。」
そう先輩に声をかけてきたのは、背の高い厳しそうな顔をした先輩にあたる男子生徒。
「あらキース、なにかご用?私は今可愛い後輩にお勉強を教えているの。だから用事があるなら手短にお願い。」
キースはぎろりと音が付きそうな目で私を見て「アンドリウス侯爵の娘か」と小さな声で言った。
「この子になにか?」
マデリーに対するキースの態度が気に食わなかったマルグリットは、普段顔に感情を表さないのに、今は目を顰め彼を睨みつけながらとても冷たい声で言い放った。
かばうように肩に手を回し大丈夫よと言う。
そんなマルグリットに気づいたキースはすぐに「いや、なんでもない。申し訳ないアンドリウス嬢。」と頭を下げて謝罪した。
「あ、いえ、私はなんとも思っていませんので頭を上げてください。」
「マデリーいいのよ、キースに優しくしなくたって。ほらあちらへ行きましょう。あちらなら誰にも邪魔されず勉強できるわ。」
向こうの人気のない使えを指差し素早くノートなどをまとめ、マデリーの背中をそっと押し、キースを無視して離れた場所へ向かう。
「あの、よろしいのでしょうか?」
「キースのこと?いいのよ。私の大切な可愛い後輩にあんな態度とるだなんて失望したわ。話を聞く価値もない。」
最低なやつとぶつぶつ文句をいうマルグリット様の横でこっそり後ろを振り返ったが、もうそこキース様の姿はなかった。
衝撃のあの日から1週間。
今私と父は、子爵邸に向かう馬車に2時間ほど揺られており、道中キース様との初対面を思い出していた。
あまりいい印象のない彼の事を伝えたあの日、父の大親友の頼みだからとか、この家は従兄弟のランドルに継がせるから大丈夫とかいろいろ説得され嫌々ながら今日子爵邸の前まで来てしまった。
子爵邸とは言っても森の中の別荘。
本邸は我が家からとても遠いので一番近くの別荘で、ということになったのだ。
「綺麗なお屋敷ね」
「あぁここはセニガン夫人一番のお気に入りの別荘で裏には大きなバラ園があるぞ。」
「まぁ!バラ園だなんて素敵だわ!ぜひご案内していただきたいわ。」
素敵!行きたい!お父様!!と目を輝かせていると扉が開き背の低い優しそうな老人が出てきた。
「遥々よくお越しくださいましたアンドリウス侯爵様。本日は…」
言いかけたその時屋敷の中から「レギオ!」と大きな声が聞こえてどんどん向かってくる大きな熊が、もといセニガン子爵が現れた。
「ロジャー久しぶりだな。」
「やあ、すまない本邸ではないとはいえ遠いこちらまできてもらって。ん?おやおやこれまたレギオの若い頃に似て可愛らしいお嬢さんだ!さあ早く入ってくれ息子達を待たせてある。」
セニガン子爵はそのまま父と話しながらどんどん進んでしまい。客間に着くまでには家令のジルさんと二人きりになってしまった。
向かう途中で改めて自己紹介され、この辺りの気候や裏の自慢のバラ園のお話を聞かせてもらった。
ふにゃりと笑うとジルさんは今は亡き母方のお爺様を思い出しとても親近感が湧いてくる。
ジルさんが扉を開けて、目にしたのはソファに座り本を読むキース様とにこにことこちらを興味津々といった感じに見つめる男性。
本をぱたりと閉じ立ち上がりこちらへ向きなおった。
「お久しぶりです。アンドリウス嬢。」
事務的にと言った感じでこちらを見つめる彼の後ろから「兄さんたらなんでそういう態度とるかなー」と男性が小突く。
「はじめまして、アンドリウス嬢。僕はリュカ・セニガン。キースの3つ下の弟だよ。いやー噂に聞いていた通り可愛いご令嬢だね!抱きしめて頭を撫でてケーキでも食べさせたいよ!」
私はの手を握りうんうんと一人話し続けるリュカ様にあっけにとられていると、後ろからリュカ様の頭を叩きご令嬢に対して何をしている!と怒るキース様。
ごもっともと、うんうん心の中で頷く私をよそにキース様はリュカ様のお説教モードに入ってしまった。
あらあらどうしましょうとぼんやりしてる私をジルさんが二人の座っていた向かいのソファへ誘導して「こちらへどうぞ、いまお茶とお菓子をご用意しますね。」と部屋を出てしまった。
二人を止めないあたり、もしかしたらいつものことなんだろうか。
へらへらするリュカに、腕を組んだキース様がいつもお前は、だからお前は、ご令嬢にたいして、とねちねちお説教中。
そんな二人をじーっと見ていたら不意にリュカ様と目があって、へらへら顔だったのにぱっと嬉しそうな顔になった。
私もつられてへにゃっと笑ってしまう。
「リュカ!聞いているのか!」
「もういいじゃないか。ほらマデリー嬢を待たせているよ!」
「はぁ、お前ってやつは調子がいいやつめ…すまない見苦しいところを見せたよマデリー嬢。」
「いいえ、お二人のも仲がよろしいんですね。」
向かいに座りながらキースは、
「今のを見て仲がいいと思うか。」
「えぇ、だって喧嘩するほど仲が良いというでしょう?それにリュカ様は怒られている時なんだか楽しそうでした。」
「そうか。」
「あー可愛いなぁマデリー嬢。ねぇマデリーと呼んでもいい?僕もリュカでいいから。ね?」
と、向かいではなく私の横に座り可愛らしくお願いっとキラキラした大きなお目めで懇願するリュカ。
綺麗な瞳だなとまたしてもぼんやりしてしまったマデリーを、困惑している思ったキースがまた何をやっているんだと早々とリュカ様を引き剥がし、今度は部屋から追い出してしまった。
「度々すまない。あいつも悪気はないんだ。ただ一直線というか、素直というか…悪い奴ではない。」
怖い顔が、申し訳なさそうに眉を下げため息をつく。
「いいえ、気にしていませんから。なんだかとっても楽しそうな方ですね、ぜひお友達になりたいわ。」
「そうか、なら後で話し相手をしてやってくれ。君が来る前から紹介しろ、お話ししたいとうるさくてね。」
困ったような顔をしてるがなんだか微笑ましいものを思うかべる顔をしていて、先ほどからリュカに対してあたりは強かったが愛ゆえにだろうと思った。
するとコンコンっとノックの音とともに「お茶をお持ちしました。」とメイドさんの声が聞こえた。
しかし扉が開きお茶やお菓子の乗ったワゴンを押して入ってきたのはリュカ様だった。
後ろからは「申し訳ございませんキース様。リュカ様がどうしてもとおっしゃられて…。」と声の主であるメイドさんが現れた。
「僕お母様にお茶の入れ方教えてもらったんだ。マデリーぜひ僕にお茶を入れさせてほしい!」
あれ?いつのまにかマデリーと呼ばれているぞと思ったが、まぁいいかっといつもの呑気さを発動してしまったマデリー。普通ならここは「失礼よ!」と怒るところだろうに。
「お前って奴は…。」
ふるふると怒りに震えるキースをよそに、またもやわたしの横に座るリュカ。
さっきよりも近い気がする。いや、とても近い。もう肩と肩が触れるんじゃないってくらいとてつもなく近い。
そんな二人の様子にあわあわするメイドさん。
もう泣きそうにな顔していて可哀想になってくる。
「さぁさぁマデリー。僕のお茶を飲んで?」
キラキラ大きな瞳が期待の眼差しを向ける。
「で、ではいただきます。」
そんなに近くで見つめられながらでは緊張してしまい上手く飲めない。
どう?と優しい声がもう、本当にわざとではないかというくらい甘い声で左の耳元に囁かれビクリッとしてしまった。そしてカップが両手を離れ膝の上へ。
「マデリー!大丈夫?火傷してない?ほら手にかかってしまったね、よく見せて。あぁ赤くなってしまったよ、ほらすぐに冷やさなきゃ。ドレスも濡れてしまって…ごめんねマデリー、僕が驚かせてしまったから。」
私の身につけていた薄いレースの左手の手袋を外しリュカ様の左手で優しく包み、もう片方の手は、腰に回してがっちりホールド。
もう抱きしめられている。
「ごめんね」とあまいあまぁああい声で囁かれ腰を撫でられ、お茶をこぼしてしまった失態も含めもう頭はの中がぐるぐる回って何も言う事ができない。
そんな中メイドさんはこぼした瞬間にすぐにタオルと冷や水を取りに行っており。
何人かメイドとジルさんを連れ戻ってきた時にはもう卒倒寸前。
自分のお仕えするセニガン家の次男様が、ご長男様の婚約者様の手を握り、抱きしめている。
そして目の前でなんてことだとうなだれるご長男様。
ジルに「しっかりしなさい。これは序の口ですよ。」と言われて、ここで倒れてはメイドの名折れとすぐさまリュカとは反対側からマデリーへ近づく。
「こちらのにお水をご用意しました。タオルはこちらに。」
と、いつのまにかジルによりリュカを引き離されたぼんやりしたマデリーはメイドに手を取られ、キンキンに冷えた水へ手をつけた。
冷たい水にはっとして、周りを見ると目の前には片手で顔を覆い「なんてことだ」と呟くキース様。
扉のあたりでは、ジル様やメイドさんたちに取り押さえられ「僕のマデリー!」と駄々をこねるリュカ様。
いつのまにか凄いことになってるなぁと思っていると、お父様とセニガン子爵が現れた。
「これはどういう状況だ?」
目を見開き呆気にとられるセニガン子爵。
「マデリー手はどうした。火傷か?」
近くへ来て心配そうに見つめる父。
「えっと、火傷ってほどではないのだけれど、あの…そのっ…。」
「アンドリウス侯爵。私から説明を。」
「キース君…。」
ごめんなさいといってあわあわする私はお着替えしましょうとメイドさん達にに連れていかれ。
リュカ様もジルさんによってどこか別のところへ連行された。
部屋には片付けをする先ほど卒倒しかけたメイドのローナと、キース様。当主のセニガン子爵とアンドリウス侯爵。
ローナは居たたまれないので先ほどとは違いテキパキと片付け失礼しますと扉を閉める。
「では、キース説明しなさい。」
向かいに座る父と侯爵に頭の痛むキースであった。
【メインキャラ紹介】
マデリー・アンドリウス(17歳)
侯爵家一人娘/オレンジの瞳/160㎝
メルクティー色のふんわりとした胸下まで伸びる髪。
母のような美女とまではいかないが、父の若い頃に似た愛らしい顔をしている。
勉強は苦手だが、物語や不思議なもの、外国の話が大好きでよく知っている。
キース・セニガン(19歳)
子爵家長男/紫の瞳/175㎝
鎖骨あたりまで伸びる癖のない黒髪を後ろで軽く結っている。
顔が父に似て少々きついため令嬢に怖がられる。
リュカ・セニガン(16歳)
子爵家次男/紫の瞳/172㎝
紅梅色のゆるくウェーブのかかった喉元あたりまで伸びる髪。
母に似ているので可愛い顔をしており、マデリーへの愛が異常。