魔導書と3人
その日の朝、ようやく転移ホールのプロトタイプが完成した、と連絡が来たらしい。
「意外と早かったね。……わかった。今から行くよ」
「お父さん?」
「そう。例のものが完成したから、いつでも来ていいそうだ。準備を済ませたら行こう。」
「わかった。」
2週間過ごした家とも、新たな友達とも別れなければならない時が来た。
正直、ものすごく寂しい。泣きそう。
忘れ物がないか確認し、私は2人と共に家を出た。
「……またね」
そう呟き、私達は研究所に向け出発した。
その研究所は、オクトーの外れにあるらしい。
聞くところだと、そこそこ名は立っているそうだ。
「父さんの研究所は、魔法の技術を応用した機械とかを沢山作ってる。今回の転移ホールも、多分研究の一部なんだろう」
「魔法技術を使った機械……」
「普通の生活では使えなさそうな物ばかりだけどね。暗闇ライトとか、エレキボールとか、他にも色々」
え、何それ。興味ある。
「あとは、僕が使ってる電話機とか。これは……まあ複雑過ぎてまだ理解出来てない」
「お父さんと連絡を取ってた時に使ってたやつか」
「まあこれ、父さんにしか繋がらないんだけど」
「えぇ…」
と、そんな話をしながらオクトーを歩いていると、いかにもな建物が見えてきた。
「あれがその研究所?」
遠くに見える建物を指さした。
「そう。あれが『エイト魔法技術研究所』。一応国からも認められてる施設」
ほえー…あの学校みたいな建物が研究所……
なんかすごい。語彙力がどっか行ってしまった。
「さて、ここまで来たらあと少しだね。」
「リットー、歩き疲れたあ、運んでー」
「頑張れよイリア。すぐそこだぞ」
「えぇー、冷たいなあ」
この2人の会話もしばらく見れなくなると思うと、また寂しくなってしまう。
—————————————————
ようやく研究所についた。
間近で見ると圧倒されるほど、大きな施設だった。
そこでは、既に入口でリットの父親らしき人が待っていた。
「いらっしゃい、イリア君にナギサ君。私はリットの父のグラム。うちのリットが世話になってるね」
「いえいえ、こちらこそお世話になりました」
「さて、早速中に入ろうか。ここまで歩き疲れただろうしね。」
リットのお父さん、すんごいイケメン。
中に入りまず目に入ったのが、巨大なタンクにエネルギーのようなものが貯められている、えーっとこれ何なんだろ……
「これは『マナジェネレーター』。『魔結晶』という石を原料に魔素という物質を発生させ、溜め込むもの。」
「この青いのが魔素……??」
「そう。この研究所では魔法技術を応用した機械を作ってるから、魔素は必須なんだ」
はえー……すごい。
「ただ最近は魔結晶の採掘量が減ってきてるから、魔素の源を探している最中なんだ。その辺の鉱石でも僅かに魔素はあるから、どうにかそれを利用できないか……」
「なるほど……」
「さて、そろそろ本題に移ろう。奥に付いてきて」
グラムさんはそう言い、私たちは後についていった。
研究所内は様々なものがあった。
…ただ、ほとんどのものには危ないからお触り厳禁と書かれている紙が貼ってあったが。
すこし歩いていくと、大きな機械のある部屋についた。
「ここだ。これが転移ホールVer.1.5。」
その転移ホールというものは、ガラスの壁で囲った空間だった。
そしてその周りには制御装置と、所員が数名程。
「これの使い方を簡単に説明すると、ここに入って『道』を作り、身体を『量子化』して送る。『道』は、出口側の座標を入力するだけで簡単に出来る。今回の行き先はケイトの研究所分館だね」
なるほど。わからん。
「その『道』はこの世に何万とあるんだが、開拓できているのがまだ一本だけでね...
今後もっと開拓していけばこの装置の実用化も遠い未来ではないんだよ」
「すごい...」
「さて、そろそろ実験の準備を始めるとしよう」
そういいグラムさんたちは装置を起動し、準備を始めた。
「【αレーン】航路に異常なし、人体量子化ブログラム起動完了、最終確認……」
「制御コンピュータ3台、いずれも異常なしです!」
「よし。これで準備は整ったはず。ナギサ君、準備はいい?」
「はい。大丈夫です!」
そして私は転移ホールの中に入ろうとした。
─その時だった。
「!?」
「電気が消えた?」
突如として所内の電気が全て消えた。
「停電か?」
「まあ皆落ち着いて。恐らくブレーカーが落ちたんだろう。誰が見に行ってくれないか?」
グラムさんがそう言うと、所員の1人が返事をし、部屋を出た。
「おかしいな。普段はこんな大きい装置一気に使っても落ちないはずなんだけど……」
「そうなの?」
リットが聞く。
「うん、そうなんだ。やはり流石に今回は厳しいか……?」
リットとグラムさんがそんな会話をしていると。
暗闇の中に、タタタタタ……という謎の足音が聞こえた。
「?誰だ……?」
所員さんはさっき出ていったばかりだし、しかもこんな屋内で走る人なんて……
そんな事を考えていた時。
「みいつけた」
謎の足音が、こちらに近づいてきた。
そして次の瞬間。
灯りが付いたと同時に。
「っ!?」
私は何者かに胸ぐらを掴まれ、動けなくなった。
「久しぶりだねえ、ナギサちゃん。」
「あ、あなた……は……」
謎の足音と声の正体。それは。
「アル………!!!」
—————————————————
アルと呼ばれたその男は、ナギサを掴んだまま離さなかった。
「ナギサちゃん、突然押し入って悪いんだけど魔導書くれない?」
「……誰が…あなたみたいな人に……!!」
「だよねー。くれないよね」
ナギサは必死に抵抗する。
「はな……せ……!!!」
「嫌だね。
」
「……!!」
状況をようやく飲み込めたリットが、声を上げる。
「ナギサを離せ!!」
「……ああ?」
「今すぐ離せ!さもないとお前を燃やすぞ!」
「……やってみろよ。」
リットはたまたま持ち合わせていた魔素付与の腕輪を装備し、アルに手を向けた。
「……ット……待って……リット……!!」
「待っててナギサ。」
リットの目は冷たかった。
「くらえ、『バーニングショット』!!」
その手から放たれた強烈な火炎弾は、アルめがけて飛んでいった。
「ふん。こんなもの!」
しかしアルはそれを手で吸い込み、
「おらよ!お返しだ!」
そっくりそのままリットの方へ送り返した。
「リット、危ない!」
リットは、何故か動けなくなっていた。
「………!!!!」
「『アクアビーム』!!」
イリアが咄嗟に水魔法を放った。
放たれた水は、リットの目の前で火炎弾を無効化することができた。
「……ごめん、イリア。なんか力が抜けて」
「謝罪は後!とにかくこいつをどうにかしないと!」
アルは依然としてナギサを離そうとしない。
これ以上下手に刺激すると何されるかわからないので、所員もグラムも手を出せずにいた。
「……いい加減に……して…」
「だったらさっさと魔導書ちょうだい?」
「……はあ……」
ナギサは体を揺らし始めた。
「これでも……くらえ!」
そして、ちょうどいい所でアルの腹部を思いっきり蹴った。
「いってええええええええ!!!!」
「はあ……はあ……流石に呼吸が……もたない……」
ずっと胸を掴まれていたせいで、服で首を絞められ呼吸がままならない状態が続いていた。
「さて……どうやって痛めつけてやろうかな」
そしてナギサは呼吸を整え、魔導書を取り出した。
……しかし。
「あーあ。せっかく穏便に済まそうと思ってたのに。仕方ない。」
そう言いアルは謎の魔法陣を展開し始めた。
「何……それ……」
ナギサも見たことがない魔法陣に困惑していた。
…その一瞬の油断が命取りとなった。
「!?!」
ナギサは謎の鎖のようなもので、動きを封じられてしまった。
「……総員、『コードE』用意!」
状況を見かねたグラムが、所員全員に護身用に持っていた魔素付与の腕輪を出すよう指示する。
「......どうなっても知らないよ。」
そしてアルは縛られたナギサに近づいた。
「アル……!!あなたって人は!!!」
「……ふん。」
アルはナギサの持っていたバッグを漁り、本を取り出した。
と同時に。
「撃て!!!」
とグラムの号令と共に、アルの周囲から電流弾が放たれた。
「そーれ」
アルは全く動じなかった。
「『アンチマジックウォール』。」
「何っ!?」
アルの魔法陣からでた壁によって跳ね返された弾は、猛スピードで所員全員に命中した。
「皆……!!」
所員は全員気絶した。
ここで動けるのは、これでグラムとイリアとリットのみになってしまった。
「ナギサ、もう君は用済みだ。そこの転移ホールとやらでまた知らない所に飛ばしてやるよ」
「……やめて!!!」
抵抗も虚しく、ナギサはアルに投げ飛ばされてしまい、転移ホールの中へと入ってしまった。
そのまま、ナギサは気を失って動けなくなった。
「さーてと。」
アルは転移ホールの制御装置に手をかけようとした。
「止まれ!それ以上動くな!」
グラムがアルに近付いた。
「まだなんかやるの?俺はこいつを消せれば君たちに手は出さないけど」
「その装置から離れなさい。できれば手荒な真似はしたくないんだが」
「嫌だね。こいつは俺にとって脅威でしかない。」
「貴様...!!!」
グラムは右手に付けていた指輪から、魔法陣を展開した。
「私は電気魔法の使い手だ。もう一度言う。手荒な真似はしたくない。今すぐその装置から離れなさい。」
グラムがそう言うと、アルは大人しく下がった。
「...わかったよ。」
「よし。それでいい。」
「……俺が触っちゃダメなら、この装置をぶっ壊してやるよ」
「ま、待て!やめろ!」
「『エレキストライク』!」
アルは右手から電気弾を放った。
「『エレキショット』!」
と同時にグラムもアルめがけて電気弾を放った。
だが。
アルの放った弾は、転移ホールの制御装置に命中した。
そしてグラムの放った弾は。
「『超反射』!」
アルが取り込み、グラム目掛けてはね返した。
「!?」
「『バーニングショット』!」
そこへリットがすかさず火炎弾を放った。
グラムの目の前で電気弾と火炎弾が衝突し、爆発した。
「はははは!!!!これでナギサは俺の目の前に現れることは無くなる!!じゃあなお前ら!!」
アルは転移魔法でその場から消えた。
「待て!」
その直後、リットが叫ぶ。
「父さん!転移ホールが!」
転移ホールが突然、動き始めた。
「なんだと……!!」
「早くとめないと、ナギサが!!」
グラムは急いで制御装置を操作する。
その頃、メイン装置の中ではナギサの身体が浮きはじめていた。
「まさか、このまま作動して……」
最悪な想定がグラムの頭の中をよぎる。
その前に、何としてでも止めなければ。
「ナギサ!!!」
転移ホールが起動し、ナギサの身体は量子化のための一時的な崩壊を始めた。
「早く、父さん!」
「やってる!!」
グラムが急いで作業するが、ナギサの身体の崩壊は勢いを増す。
「プログラムの一部が破損してる……これをどうにか直せれば……」
原因の特定は出来た。あとは時間との戦いである。
しかし、もう既に身体の半分まで崩壊していた。
「破損箇所が多すぎる……!
リット、手伝えるか!?」
「任せて!」
リットも加わり、2人がかりで人体量子化プログラムの復旧を試みる。
残された時間は、もうあまりない。
「ナギサちゃんが!!!」
イリアが声を上げる。
ナギサの身体は、もうすぐ消滅を迎えるところまで来ていた。
「間に合うか…!?」
リットとグラムが大急ぎで作業を進める。
──が、手遅れだった。
「ナギサちゃんが……消え……!!」
「!!!!」
ナギサの身体は、音もなく崩れ、装置の光とともに消えていった。
「………ナギサ君!!!」
グラムが顔を落とす。
「………」
3人は、しばらく言葉を発することが出来なかった。
「……こうなってしまっては、もうどうしようもない。装置もプログラムも正常じゃないまま転移されたから、どこのレーンで、どこに飛んでいったかもわからない。」
グラムは俯きながら言った。
「そんな………」
イリアが泣き崩れる。
「何か方法は……ないの……??」
「……可能性がない訳では無い。なんとかしてそのレーンを特定して、無理やりにでも『道』を繋げられれば、ナギサ君が飛んで言った場所まで行けるかもしれない。」
「ほんとに……!?」
「だが、レーンが多すぎる故にどれほど時間がかかるか分からないんだ……」
「……どれ程時間がかかろうと、絶対にナギサを見つけ出す」
リットが顔を上げ、そう言った。
「ああ…そうだな……」
「私も……手伝う!」
イリアは泣くのをやめ、立ち上がった。
そして3人は絶対にナギサを見つけだす、と、そう誓った。