白黒の魔導書
エイトに来て1週間と数日が経った。
この前リットが言っていた転移ホールは、どうやらリットの父親の研究所で作られているらしい。
しばらく親が家を空けてるのってそういう事だったのか…
「…うん。わかった。明後日ナギサを連れて行くよ。じゃ、また」
リットは受話器を置く。
「リットのお父さん?」
「うん。プロトタイプの転移ホールがもうすぐ出来るらしくて。明後日辺りに来てくれると助かるだって」
「わかった。それまでに準備を整えておくよ」
「もうすぐお別れか……」
イリアが寂しそうに呟く。
「仕方ないよ。ナギサだって帰らなきゃ行けない所があるし。」
「そうだよね……私の身勝手なわがままでナギサちゃん止めちゃ駄目だよね」
「でも転移ホールが実用化されたら、いつでも行き来出来るよ」
「いつになんのよ、それ」
正直言って私も寂しい。何ならもうここで住んでいたいぐらいだ。
でも私はミラルでやるべき事をやらなければならない。魔法使いになるという夢に向かって。
「さて、この話はこれくらいにして今日は出かけようか」
「さんせー!!」
イリア、さっきとテンションが違いすぎる……。
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うわ……何ここすごい……
「やっと着いた。」
「疲れたあーー」
私達はエイト王国の首都オクトーにやって来た。
リットとイリアが住んでいる村からはだいぶ遠く、徒歩で40分近くかかった。
「すごい……ミラルとは全然街並みが違う……」
ミラルは全体的に近代都市のような感じなので、エイトのようにノスタルジックな街並みを見るのは新鮮である。
「さて、今日は食料の買い出しと服を新調に来たんだ。」
あっ、そうだお金………
それの存在を思い出し、私は背中にかけていたサブバッグを覗く。
入ってるのは魔導書、財布、私が大好きな推理小説、鏡…
おい。過去の私。これほんとに学生のバッグの中身か。
……とはいえ、通学鞄はユイに渡したきりだし、サブバッグだから妥当か。
しかし、財布の中身は悲惨なことになっていた。
…………300G。たった300G。
なぜ300Gなのか。何も買えないだろ300Gだけじゃ。
「ナギサ、1時間後にでこの広場で落ち合おう。それまで好きなところ見に行っていいよ」
「わかった。じゃあまた後で。」
リット、イリア、私は3人それぞれ別の場所に向かって行った。
私が向かったのは街の本屋。何かを買いたいわけでもないし、せっかく異国に来てるんだから本屋は見ていきたい。
「いらっしゃい」
店内にいたのは恐らく店員であろう白髪のお爺さんただ1人。なんか気まずい。
この本屋、私がいつも行っているミラルの本屋より断然広く、本の種類も多い。
すこし店の中を回っていると、なんと魔導書が置いてあるコーナーを見つけた。
本屋に魔導書なんて置いてるんだ…
そこに置いてある魔導書のいくつかを手に取る。
「闇属性魔法入門」などといった属性特化の入門書から、有名な魔導士が書いた魔導書まであった。
この世の中には色んな魔導書があるんだな……
さらにそこを見回すと、値札がなく、経年劣化のせいか色が抜けている魔導書を見つけた。
……いや、劣化だとしてもこの魔導書、あまりにも色がなさすぎる。普通の魔導書でも白と黒以外の色が使われているが、この魔導書は本当に色もなくモノクロである。
気になったので、魔導書を持って店員さんに話を聞くことにした。
「すみません、この魔導書コーナーにあった魔導書について少しお聞きしたいことがあるんですけど…」
「ああ、それか。ごめんごめん。それは処分予定品なんだ。なんで魔導書のコーナーに紛れ込んでいたんだ。」
だから値札がなかったのか。
「それはこの店の奥に眠っていたんだ。わしがこの店で働き出した時には既に置いてあったんだよ。
でもそれは色が全部無くなってて、研究所に持っていっても魔導書なのに魔力を全く感じないとか」
「魔導書なのに魔力がない?」
「おそらく、この魔導書は『壊れている』んだろう。魔導書は魔力を失うとその役目を終えるらしい。余程のことがない限り『壊れる』ことはないらしいがの。」
『壊れている』?魔導書が壊れる?
魔導書はまだまだ謎が多そうだ。
「そうだ。私が持ってる魔導書でなんとかこれ直せないかな……」
クロエの魔導書には、物の状態を直す魔法が記されてある。
「『リペアリ』。魔導書ぐらいの大きさなら直せるかも。」
その魔法を魔導書に放った。
白黒の魔導書は、どんどん直っていく。
「おお……これはすごい……」
ほんの数十秒で、魔導書は本来の姿を取り戻した。
「ふう…」
「お嬢さん、その本はもしかして、あの有名な『クロエの魔導書』かい?」
「はい、そうです。」
「ほほお...まさかあの魔導書が実在するとはな...」
お爺さんは大きく目を見開いてそう言った。
直った魔導書を見てみる。しかし、表紙の文字は見たことない字体で書かれており、読むことはできなかった。
「そうだ、その魔導書、どうせ処分する予定だったし持っていくといいよ。」
「本当ですか?でも悪いですよそんなの...」
「いいんじゃよ。それにいいものを見せてもらったし。それだけで満足じゃよ」
「ありがとうございます。では、ありがたく頂いていきます」
まさか魔導書がもらえてしまうとは...。
...しかし、魔導書の文字を読むことができないため、もちろん使うことはできない。
ミラルに帰ったら先生に見せよ。
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ちょうど時間にもなっていたので、広場に戻ることにした。
そこには既にリットがいた。
「お、おかえり~」
「リットもお疲れ様。イリアは?」
「まだ見てないな。もう時間だしもうすぐ来ると思うけど」
と話をしているとイリアが戻ってきた。
「おまたせ~。いろんなとこみてたら時間過ぎちゃってた」
「よし、3人揃ったし帰ろうか」
「えええええええええええ!?!?またあのながーい道を歩きでー!?」
「仕方ないだろ、それ以外に方法がない。」
「はああああああああああ......」
「ほら、帰るよ。」
そうして私たちは家路についた。
.......後から思い返せば、これが最後の安息だったのかもしれない。
この時私は、この謎の魔導書のせいで自分の運命が大きく変わってしまうなんて、思いもしなかった。