魔導書グリモワール
ミラル王国、数日前──
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魔導士レイズは、ミラルの魔法学校で起きた事件の後処理をしていた。
「ナギサ……無事かしら」
近い所なら動向を確認するくらいどうという事はないのだが、どこに飛ばされたかもすら分からないため、安否確認が出来ずにいた。
学校内部を見回るが、特に目立った痕跡もなどはなかった。
「ハイジ先生、そちらの様子は」
「異常なしです。主犯の仲間らしき者もいなさそうだし」
「そう…なら良かった」
「とりあえずは被害は無さそうですね。警察の方々にも報告しないと」
現場にいた警察に状況報告をした後、2人は校舎を出た。
「レイズさん、待ってください」
「?」
ハイジが指差した先にあったのは、校庭に書かれた大きな魔法陣だった。
「なにこれ…」
「こんなに大きな魔法陣なんて、私も今までに見た事も聞いたこともありません」
「アルはこれを使って何を企んでいたのかしらね。」
念の為、警察に周囲の見張りを手配した。
「とにかく一旦帰りましょう。この魔法陣の調査はまた明日に」
「そうですね。色々と情報も整理したいですし」
2人は帰路についた。
…はずだった。
「っ!!」
レイズの周りに突如鎖が現れた。
「レイズさん!?どうしました!?」
「き、急に縛られて動けなく……」
「この間はどうも」
ハイジとレイズは咄嗟に振り向く。
「あなたは…!!」
「…例のブツを確認しにきたら、まさかアンタが釣れるとはな。1週間ぶりだね、魔道士殿」
事件の時とは違う容姿をした、アルだった。
「ええ……そちらも元気そうで。」
「1週間も寝たきりだったから、だいぶ良くなったよ。」
レイズは敵を前にしても、冷静だった。
「……魔導書は持ってないわ。私達に危害を加える意味なんてないはず」
「はあ……?目の前で目当てのもん取り上げられて、アンタをそのままにしておける訳なんてねえだろ……???」
「待ちなさい。そもそもなんであの魔導書を欲していたの?目的は?」
「今はそんなことどうだっていい。知ったってどうせ無意味だろうしな!!」
今のアルに話は通じないようだ。
「ここで今アンタを蹴散らしてやるよ!」
「仕方ないわね……先生、よろしく」
「わかりました。少しお待ちを」
ハイジは有事の際にとレイズから託された魔具を取り出す。
…しかし。
「魔術解放、ステージ2」
「!?先生待って!!」
アルはレイズの目の前で魔法陣を展開し始めた。
「俺はこの力を代償に片目を犠牲にした。そして、この力で俺を見放したこの国を消し飛ばす。その前にまずはアンタで試してやるよ…!」
「片目を代償に……?まさか、あなたあの『魔導書』を……??」
「『魔導書グリモワール』。クロエの魔導書よりすこし劣るがそれでも十分。」
「どこでそんなもの……!」
このままでは、まずい。
「レイズさん!準備出来ました!」
「ええ。あとは頼むわ」
「『マジックウォール』、行け!」
ハイジの持っている魔具から、縛られて動けないレイズの前に壁が作り出された。
「無駄だ、『ライズショット』!」
アルの腕からその魔法弾が放たれた。
「………!!」
轟音と共に、魔法弾はマジックウォールに衝突した。
「持ち堪えて……!!!」
壁に恐ろしいほど強大な力がかかる。
ハイジがその壁を必死で抑える。
しかし抵抗も虚しく、壁は破られた。
「!!!」
レイズは、どうすることもできなかった。
「はっ!!」
ハイジはギリギリのところで自分の体を倒し、魔法弾を避けた。
魔法弾は運悪く校舎に当たった。今日まで臨時休業だったのが不幸中の幸いだった。
「避け、られ、た……?」
アルはまるで信じられないという顔をしていた。
「先生、怪我は」
「大丈夫です、魔法弾があと数ミリ下だったらどうなってたことか」
アルがショックを受けている隙に、レイズは鎖を凍結魔法で解いた。
「もう1回病院送りにされたい?」
「お断りだね。それに俺の力はまだこれだけではない」
「あら、わかりやすい負け惜しみね」
「もういい。好きに言ってろ。次に会った時、絶望させてやる!」
そう言い放ち、アルは転移魔法の魔法陣を起動した。
「ではまたいつか。魔道士殿。」
「待ちなさい!」
レイズの声も届かぬままアルは消えていった。
「……」
「レイズさん、大丈夫ですか?」
「何とかね…それより、大変な事になってしまったわ」
「まさか『魔導書グリモワール』がまだ存在していたとは……私が読んだ古文書には消失したと書かれているのに」
「あの魔導書は、『最凶の魔導書』と呼ばれている。クロエの魔導書が書かれる前から存在していて、強大な魔力を秘めていると言われているわ」
「そんな昔から……」
「先生が読んだ古文書には、魔導書は消失した、と書かれていたのよね?」
「ええ。どの古文書にも。」
「あの魔導書は少し特殊な魔法がかかってるの。あれは魔導書で詠唱して魔法を使うのではなく、魔導書の1ページが魔法になるのよ。」
「魔導書の1ページが魔法に?」
「そう。その1ページはその持ち主の魔力となり、持ち主は半永久的に魔法が使えるようになる。」
「なるほど……」
「さらに厄介なのが、魔導書を1ページ使うと、魔導書自体がどこかへ消えてしまうと言う事。つまり、魔導書のページは持ち主の数、という事になる」
「そんな……」
「だから『最凶の魔導書』と呼ばれているの。…ただ、あの魔導書の魔法を使うと代償を背負わなければならなくなる。アルのようにね」
「だから片目を失っていたんですね…」
「あの魔導書の魔力を消滅させる方法はあるのだけれど、それはまだ分かってないの。」
「それなら私が片っ端から魔導書について資料集めて調べておきますよ。見つかるかどうか分からないけど」
「ええ……ありがとう」
騒ぎを聞いて駆けつけた警察官に、事の顛末を話した。
「では、学校の警備をより厳重に、更に街中にも警備を置きます。どこで何が起きるか分かりませんし」
「ええ。お願いします」
「さて。私達もとりあえず帰りましょ」
帰る頃にはもうすでに日が傾いていた。
最凶の魔導書、グリモワール。
一体どこにあるのか、まだそれは誰も知らない。