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今のところ実感がそんなにない

 オレは帰りたくないんです。

 気付くと、目の前には大空があった。太陽と思しき光源が真正面にある。自分の感覚が正常なら、今は正午頃ということなんだろう。そして、オレは大の字で寝そべっている体勢ということになる。軽く痛む頭を左手で押さえながら上体を起こすと、服の襟首の部分から、日光で熱せられた砂がざらざらとなだれ込み、何とも言えない嫌悪感に駆られた。着ていた真っ白いシャツの背中側の裾を広げて砂を落としながら目の前を見ると、そこには遥か彼方まで広がるシアンの海があった。

「……。」

 常識的に考えれば、夢だとか幻覚だとか記憶喪失だとか、そういう『逃げ道』はいくらでも思いつくだろう。けれど、その全てを否定するように、『逃げ道』が潰れていく。

 触れれば肌が焼けるような真っ白い砂の感触。鮮明に思い出せる今までの記憶。気を失う前までの記憶も全て保持している。

 つまりこれは――現実リアル


『気が付いたかな?』

 お決まりのように、というのも変な感覚だが、その中性的な声は背後から聞こえてきた。そこに立っていたのは、中性的な顔立ちをし、純白の衣服を身に纏い、水晶のように透けた鳥類の翼を背中に備えた、見るからに『天使』だった。

「簡潔に事態の説明を……おい待て。」

 オレは冷静にその天使に話しかけようとして、我が身に起きている明確な違和感に気が付いた。

「……何でオレの声、女になってんだ・・・・・・・――?」

『聞き覚えない? その声。』

 天使は呆れたように笑って、そうオレに問いかけた。聞き覚え。確かに今オレが発した言葉を紡いだ声は、どこかで聞いたことのある声だった。そう、オレが生きていくうえで何よりも大切にしていた――。

「……『ドラゴンズウルティメイト』?」

 MMORPGでオレが使っていた、アバターの声だった。プレイヤーは全員ドラゴンに変身する能力を持っており、レベル上げや習得するスキルなどによって、変身するドラゴンの姿や使用属性、特性などが大きく変化する、異色のゲーム。

 そのゲーム内でオレが使っていたアバターは、確かに女性だったが……。

『だいたい落ち着いた?』

「まぁ、最初から落ち着いてはいるんだが……。」

『だよね。……コホン。

 おいでませ、【ファーレイム】の世界へ、マトイ・イイダ。君は晴れて選ばれし者になった。君にはこれから数多の災難が降りかかることだろう。しかし、君ならば必ずやその全てを打ち払い、元の世界に帰る権利を手にしてくれることだろうと期待している。健闘を祈るよ。』

「……口上だけ言われても事態がさっぱり理解できん。どういうことなんだ。」

 依然ハイティーンの少女風の声で、オレはドヤ顔を決め込む天使に尋ねる。天使はちらりとオレを一瞥すると、途端に疲れ切った表情になり、大溜息をついた。

『……だろうね。僕もそんなに手間取りたくないから、ぱぱっと説明するよ。

 ここはさっきも言った通りファーレイム。君たちの住んでいた世界とは別の場所にある世界。君達にはここで、現実世界に戻るための殺し合いをしてもらうんだ。』

「物騒だな。」

『僕に言わないでよ。ここに連れてこられた君の世界出身の人間は、全員『ドラゴンズウルティメイト』のプレイヤーさ。ゲーム内で使用していたアバターの肉体と技術やら特技やらを得て、最後のひとりになるまで頑張れー、って話。』

「だからオレの声が女になってたのか。」

『気付いてないみたいだから言うけど、体も女の子になってるからね。』

「気付いてる。」

『あっそ。』

 オレはそこまで聞いて、ようやく座ったままの状態から立ち上がり、天使と向き合った。身長はオレの胸のあたり。アバターの身長はリアルのオレとだいたい同じにしていたから、この天使は150センチメートルほどだろうか。……ん、センチメートル。

「そういえば、この世界で用いられてる言語や各種単位は、独学で身に付けるのか?」

『ん? いや、この世界の言語とかは全部地球語で理解できるようフィルターがかかってるよ。なんかそこらへん弄りたかったら、設定画面開くと良いよ。』

「そんなもんあるのか。」

 天使は先ほどまでの営業スマイルからは遠くかけ離れたつまらなさそうな表情のまま、片手で金色の髪を弄りながら、突如としてオレの右目を指で弾いてきた。その瞬間、電撃のような痛みが右目の奥に奔り、咄嗟にオレは右目を押さえてしまう。痛みが和らぎ、手を離すと、目の前に霧のように半透明な画面のようなものが浮かび上がっていた。

『今みたいに右目に衝撃与えれば、設定画面見れるよ。』

「事前にそれを言ってからやってくれよ……。」

 設定画面には、『ドラゴンズウルティメイト』のキャラクター詳細画面のようなものが映し出されていた。所持スキルや変身するドラゴンの姿、ドラゴン時のスキルや属性、使用可能魔法など。その代わり、装備アイテム欄や所持アイテム欄などは消えていた。

 そして、ゲーム内にはなかった項目がひとつ、追加されていた。

「……リアルの姿にもなれるのか。」

『なれるよ。デフォルトの姿がそれってだけだからね。やっぱ女の子の身体は違和感ある?』

「いや、別に。変に馴染んで怖いくらいだ。排尿の仕方も頭に叩き込まれている……。本当に変な感じだ。」

『それを違和感って言うんだよバカちん。』

「じゃあそのバカちんにもういくつか教えてほしいんだが。」

 そう言って天使の方を見ると、天使は律儀に腕組みをして待ってくれていた。案外良い奴なのかもしれない。仲良くなれそうだ。

「ひとつめ。今俺がいる場所はどこなんだ?」

『ファーレイムの南方にある【ガーラム諸島】のひとつ、【シェマル島】だよ。』

「……現実世界に帰りたくない場合はどうすれば良いんだ?」

『別に。この世界で生きてけば良いと思うよ。まぁ現実世界に帰りたい人たちが君を殺しに来るだろうけどね。帰りたくないの?』

「特段帰る理由が……いやぶっちゃけ帰りたくない。」

『ぶっちゃけるねぇ。』

「帰ってもまた年休トータル一週間とかいうクソみたいな会社生活に戻るだけなんだからな。」

『よくそれでゲームする暇あったね?』

「帰ったらゲームしてたからな。」

『睡眠時間は?』

「五分あれば余裕だ。」

『アホじゃない?』

 何と言われようと、オレにとっては『ドラゴンズウルティメイト』だけが生涯の楽しみであり、癒しだったのだ。その時間だけは何より譲れなかった。もちろん社畜生活を抜いて、の話だが。

 そしてオレは、最後の質問を天使に投げかける。

「――結局、これ誰の企画だ。」

『……うちの上司。』

 リアルのオレのような死んだ魚の眼をした顔で、天使は答える。

「神様とかいうクソ野郎か?」

『そ、うちのクソ上司。』

「……おたく何連勤?」

『三百六十五連勤。』

「……すまねぇ、なんか敬語使いたくなってきた。」

『いや、今のままで大丈夫だよ。お互い上司には恵まれなかったってことでさ。まぁ生き残っちゃえば帰るも帰らないも自由だから、なんとか生き残ってよ。僕もバレない程度に手伝うよ。』

 やっぱり仲良くなれた。しかも助力までしてくれるそうだ。とてもありがたい。そんなこんなで、オレの異世界生活が始まることになってしまった。


 さっき天使くん? ちゃん? が言ってくれた通り、オレの名はマトイ。日本語にすれば飯田纏いいだまとい。女性の姿で暮らすことになったわけだし、中性的な名前をつけてくれた両親には感謝せねばなるまい。これで『ユウタ』とかだったら違和感の塊だ。とはいえこの世界に住んでいる人間がどんな文化を作り上げているかにもよるわけだが……。

『この世界の文化様式? んー……まぁほら、君たちの言うラノベとかの『異世界』だと思ってくれればだいたい合ってるよ。あと僕に性別はないよ。名前は……そうだなぁ、シグマとでも呼んでよ。』

 ということは、少なくとも赤毛に緑色の瞳をしたオレのアバターが『ユウタ』ってのもなかなかに違和感があるだろうな。『マトイ』でもギリギリだが、『ユウタ』よりはマシだと思うことにしよう。

 今、オレとシグマは、このシェマル島にあるという開拓本拠地を目指して、鬱蒼とした森の中をひたすらに歩いていた。

「……飛ばねぇの?」

『飛ぶと足が付くんだよ。この翼、いつどこでどんぐらい飛んだかが天界に逐一記録されるようになってるんだ。』

「うっわクソシステム。」

『クソだよねぇ。これじゃあ天使に生まれた意味がないよ。毎日毎日働き詰めだし……睡眠できる君らが羨ましいよ。僕らは睡眠も食事も排便も必要ないし、疲れも溜まらないから、ただただストレスだけが蓄積されていくんだよね……。』

 やや歩いて、また会話を始める。

「……いくつか質問があるとかかっこつけた手前、また質問して悪いんだが……この世界に飛ばされた『ドラゴンズウルティメイト』プレイヤーは何人なんだ? 残機とかは存在するのか?」

『百人だよ。ランダムで百人のプレイヤーが飛ばされてる。残機はないよ。ここでの死はそのまま命の消滅に直結する。』

 いやはや、意気投合してしまえば天使とも会話できるものなんだな。営業で身に付けたコミュニケーション能力がこんなところで役に立つとは思ってもいなかった。人生何があるかわからん、こういう時に人生経験は身を助けるな。あまり嬉しくない人生経験だが。

『もうすぐのはずだよ。』

「そういや開拓って言ったが、何故開拓しているんだ?」

『この諸島はここから見て北西方向にある『帝国』って呼ばれてる国家の領土でね。近年希少鉱石の発見や特産の青果に含まれる効能が評価されて、ここに街を作ることになったんだ。』

「その最初期段階ってわけか……。」

『そういうこと。』

 そんなことを話していると、やがて前方に光が見え始めた。いい加減けもの道を歩いてきたせいで体中すり傷だらけでそれなりに痛いし、目的地がそこだと言うのなら、まずは手当てをお願いしたいところだ。そもそも初期装備がシャツと半ズボンって貧弱にも程があるだろ。

『さて、本拠地だね。僕の姿はこの世界の人間には原則見えないから、あとは君だけで頑張ってね。』

 森を抜けると、そこには三軒の煙突付きのログハウスが建っていた。

 ――ここから、オレの人生再スタートを賭けた生存戦略が始まる。

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