隠されたヒント
聞いた事のあるような名前のような気がする。ずっとずっと昔に『神崎しおり』と言う少女に出会ったと父が呟いていたことがあったような……。
あたしは幼くて、その名前をうろ覚えだけど、消えかけのパズルの一部のように頭脳に刻まれている。
「しおりさん……?」
『ん?なあに?』
「どこかで会った事ありますか?」
『どうしてそんな事聞くの?』
あたしの家に一度訪問した記憶があるような、ないような、不確かな情報だから、本人に聞くのが妥当と思ってたんだ。
あたしの記憶い?勘違い?それとも……
しおりさんが嘘をついている?
「貴女の名前、聞いた事があるような気がしたので」
言葉の迷路の中で彷徨うあたしは、彼女の蛇のような目つきから、逃げようと必死だ。綺麗な人で、優しそうだけど、何かを隠している、そんなふうに読み取れるから、不安をかき消したい衝動が起こる。
『……気のせいよ。同姓同名じゃないの?私は会った事なんか記憶にないけど』
しおりさんはあたしに気付かれないように、深呼吸したように見えた。よく人を観察する癖のあるあたしは、すぐに人の嘘と、違和感を見抜いてしまうところがある。
それが原因で、人間関係が壊れる事も多いけど、それで壊れるのなら、その程度だと考えている。
最初少しの沈黙があり、その後に作り物の言葉を吐く事で、曖昧に誤魔化しているように考えられる。だから彼女は嘘をついている、自分の正体を隠すように。
あたし思うんだけど、知られたくないのなら、自分の本名を教える必要ないと思うんだよね。きっとこの名前は実名なのだろうし、不思議な人。
出すべき情報は出す、そして自分の全てを把握されないように、隠している部分もある。そうやって色々な自分の部分を混ぜ合わせながら、あたしの前で、別の『神崎しおり』を演じている感が否めない。
「そうですか」
ここで普通なら引き下がらないのだろうけど、後を考えると、喰らいつく事により、自分のマイナスになり、立場も危ういと、感じてしまうし、自分の身体を預ける人間なのだから、余計な事をされない為の自己防衛。
『あら、聞きたいって顔に書いているけど、引き下がるのね。面白い子、そして賢い子ね。その選択が正しいと思うわよ』
しおりさんはあたしに少しのヒントを与えながら、ふふふ、と微笑み、見つめてくる。
深い、深い、闇のように、混ざり合いながら、彼女は過去の自分と現在の自分を受け止めているんだなって思う事しか出来なかった。