赤いルージュ
バタバタ動かすけど、拘束具に邪魔されて思うように動かせない。
『あまりあばれないでください。……と言っても私の言葉、聞こえないでしょうけど』
「ぐーぐぐうう」
『ふふふ。まるで動物みたい。堂上さんの娘さんでもそんな獣みたいな遠吠え出せるんですね』
楽しそうに微笑む女は、あたしに見せていた表情とは正反対な別人を演じているようだ。
勿論、拘束されているのは、全身。両手両足も含まれる。当然だが……。
白いベッドに閉じ込められたあたしに女はゆっくりと近づき、耳元でこう囁くのだ、もう少しですよ、生まれ変わるのは、楽しみですね、ミカサ?と。まるで子供をあやすような囁きに反吐が出てしまいそうになる。あたしはあー、とかうー、とかしか言えないのに、直観で、体でヒシヒシと感じているみたいだ。
手の感触が全身へと広がっていく。最初は頬を愛でる。そして下に降りていき、右手首へと流れていく。服を着ていたはずの私は、いつの間にか、誰かの手によって、裸にされているみたいだ。
『痛くないですからね、注射をしましょう』
楽しそうに、まるでおままごとをしているようだ。何かを手にし、キラキラと光る液体を入れている。何も考える事が出来ないあたしには見えない、知らない光景だったのは言うまでもない。
「あああああ」
『はいはい。もう少しですよ』
待って、待ってと母親みたいなあまったるい口調で、余韻を残しながら、離れたと思ったら、再び近づいてくる。そしてあたしの右手首を摩って、コットンに垂らした消毒液で軽くふいてくる。通常ならチクッとする。大した事のない痛みのはずなのに、刺された瞬間に、肉がはちきれるような、ブスリと言う奇怪な音が部屋中を支配している。
「ぎゃあああああああ」
声にならない叫びが永遠に続く。何分経っても、何時間経っても、何日経っても、解放してくれる様子なんてない。これは地獄、そう思うしかない。理性や思考が砕けても、防衛本能は残っているから、人間とは不思議な生き物なんだ。
ドクドク流れていく液体の色は何色なんだろう。見てみたい、知りたい。でもその好奇心さえも許してくれないのが現実だ。その当たり前の事を考える事すら、ゆるされないのだから。
それがあたし御笠が殺人兵器ミカサへと堕ちた瞬間だとも気付けずに。
血管を渡りながら、加速していくのは狂気と喜び。
「あ……ああ」
『いい子ですよ。慣れてきたでしょう?『ツォイス』は人間の体内に注入すると身体を変異してくれるの。今回は脳をいじる他にも、プレゼントとして、この『ツォイス』を貴女に託した。好きに使いなさい。簡単に人を殺めれる』
現状のあたしに何を語りかけても、理解出来ないのを知っているのに、永遠に説明し続ける女の唇がニヤリと微笑みながら、反射する。
赤いルージュが光と溶けて、夢になっていく……。