味方それとも敵?
(ねぇ、夕月、貴方はあたしの事忘れてしまったの?)
そう過去のあたしが囁く。
(見せてあげる、貴方の一部を…。)
不安が押し寄せてくる。なんと表したらいいのか分からない感情があたしを捉えて離さない。
ガシャーンとガラスの割れる音が耳に響く。それと同時に、女性の叫び声が聞こえる。
『やめて…雪ちゃん』
『…僕はもう嘘つけない』
『私には好きな人がいるの、知ってるでしょう?それに貴方には夕月がいる』
『…君の変わりは夕月には務まらないよ』
不敵に微笑む彼は先ほどの彼とはまるで別人。この光景をあたしは知ってる気がする。二人には気づかれていないけれど、その場にあたしもいたから。
『私は、こんなつもりで、ここに呼んだ訳じゃない』
『……また夕月の為っていうの?』
『何が悪いの。本当の事だもの』
『君は、またそうやって僕から逃げる。あの時のように…』
『…あの…時?』
少しの沈黙が訪れる中、あたしはクローゼットの中に隠れて、少し光が零れる隙間から彼達を傍観してる。そこに落胆とショックはない。好きだったはずなのに、その感情があたしの中になくなって、溜息しか出なくなっていた。あたしが一番嫌いな事、それは面倒くさい恋愛。その一択。雪兎はそのあたしの中のルールを破ったんだ、この数時間で、正直冷めていた。どうゆちに押し付けようかと考える自分がいて、女って生き物は何て恐ろしいんだろうと痛感する。顏の似てる双子の姉妹。性格は違うけど、ゆちの性格を知ってるなら、彼を押し付けるのは簡単な事。そしてあたしはゆちの代わりにゆちの好きあな人を奪うって訳。ゆちから聞いた所によると、正直雪兎よりも、魅力的な男性だし、彼女には勿体ないと感じたから、代わりにあたしがゆちになりきればいいだけの事。ずっと一緒にいたんだ。ゆちの癖、仕草位コピー出来て当然。だってあたしはずっと彼女と一緒にいた妹の夕月だから。大人しい彼女なら、何でも譲ってくれる彼女なら、あたしの事恨んだりしないし、きっと自分を責めて自爆するだけ。正直、二人の関係は前から気づいてた。だからゆちの好きな人にもこの状況を伝えないといけないと思うし、そういう事しないとあたしの気がすまないから。冷静でいようとしているはずなのに、感情的になってる自分がいて驚いた。そこまで雪兎の事好きだったのかと言われて、答えは分からないとしか言えないけれど、ゆちに対しては、はっきり言える。大好きなお姉ちゃんだからこそ、許せないし、つらいのだと思う。そんなあたしの思考を遮るのは雪兎の言葉だった。
『…気づいてないなら、いいよ。僕は君をずっと昔から見てた。君と会う前からずっとね』
『…雪ちゃん、どういう事?…ねぇ、まさか』
『君の想像の通りだよ。気づかない君が悪いさ。色々なものプレゼントしても、気持ち悪がって捨ててた癖に』
『…誰かも分からない人から、あんな文送られてきたら、誰だってそうすると思うわ。ましてやあんなものまで』
『……あんなもの?あぁ、子猫の死体かい?』
『…聞きたくない、もう帰って。ここには二度と来ないで』
耳を抑え、震えるゆちがいる。あたしの知ってるゆちとは程遠い姿の姉。少し見てみたい気持ちもあるけど、出た方がいいと危険を感じる自分もいた。貴女ならどうする?出る?出ない?この選択肢で未来が全て変わってしまうのなら、貴女は決めれる?選択できる?あたしは少しの不安と、嫌な予感を覚えながらも、もう少し情報の欲しさに、傍観者に回るようにしたの。その選択肢がよかったのかどうか分からないけれど、どう選んでいても結果は変わらないと判断する自分がいて、直観に頼ってみたの。
『それはないよ。やっと関りが持てるようになったんだから…』
『夕月が知れば、もう終わりよ。彼女は私と同じ考えだから。貴方にストーキングされた時助けてくれたのも夕月だし、彼女のアドバイスで私は強くなれた』
『…僕はそれが気に入らなかったから、君から夕月を奪ったんだ。僕は彼女も欲しかったから。君に対しての執着とは少し違うけれどね』
『全部…私のせいなの?』
『さぁね…自分の心に手を当てて聞いてみれば?』
クスクス微笑む雪兎は、まるであたし自身だ。彼はあたしが見ているのも気づいて、二人を試しているのだと思う。気づいていないのはゆちだけ。彼の狂気はあたしが知るよりはるかに深く感じた。君はどうする?僕を選ぶ?それとも…。そんな言葉が聞こえてきそうな空間の中であたしは閉じ込められている。完全に出るタイミングを失ってしまった。あたしの性格を見越して、全て計算通りなのだろう。正直雪兎がここまで、頭の回る奴なんて考えもしなかった。少しあたしと似た雰囲気があったけど、そういう部分出さない彼は、ある意味演技をしてたのと変わらないのだろう。そんな事にも気づかないあたしは無能なのだろうかと、少し負けた感じがあり、凹んでしまう。そんな事を考えていると、クローゼットの隙間から雪兎と目が合った気がして、少し動揺してしまう。
直観的になんだか嫌な予感がする。
『…もう出てくれば?そこにいるんでしょ、夕月』
その一言で、ゆちの表情がみるみる内に青ざめてゆく。
『えっ……?』
ゆちは、何が起こったのか理解できずに、ただひたすら硬直していた。雪兎に対する恐怖と、あたしに嫌われたくないという思いが混ざっているのだろう。あたしはそう予測する。
『出てくれば?僕は気づいていたよ』
『……夕月、いるの?』
雪兎の戦略にはまった気がする。自分で出ていった方がゆちにも安心させる事が出来たし、ここは失敗してしまったと、頭を抱えてしまう自分がいる。これは雪兎の計画なのだろう。ゆちの脳内を思考停止にさせて、自分が有利に動ける状況に作っているのだと思う。まぁ、ここはあきらめるのが肝心だろう。そう思いながら、ゆっくり出ていく。クローゼットから出てくるあたしを二人が見つめてくる。一人はやっと出たかと言わんばかりの表情。もう一人は何でいるの?と言う疑問の表情。二人の感情と視線が凄く痛くて、不愉快に感じたけれど、この現実を受け止める選択肢しかないから、なんとも言えない。出てきたあたしを見て、ゆちの表情が固まって、少し泣きそうになっている。
あたしの姉の癖にこういう修羅場には弱いし、頭も舞うタイプではないから、何とも言えずに、出ていくしかなかった。あたしは父親に似てて、ゆちは母親に似てる。顏は同じだけど、性格が反対だし、今まではあたしが守ってあげないといけないという使命感に囚われていたけど、もうあたし達は大人だし、お互いを庇いあう状態でもないと感じた。だけど雪兎の思い通りに動きたくないし、ゆちの心は脆いから、守りたいと思う自分もいて、そういう二面性のある自分に動揺を隠せない。
自分で二つの感情に揺られながら、疲れている自分がいる。そんなあたしに二人から言葉の投げかけの攻撃が始まるのだ。まぁ、そんな事予測出来てるし、溜息をつく暇もなくなるだろうと、心の中でメンドクサイと感じながら、頭をクシャと欠いた。
『いつからいたの夕月?』
『ゆち、考えれば分かるだろ、あんな所に隠れてたって言ったら初めからに決まってるだろ』
『……貴方に言われたくない。貴方に聞いてる訳じゃないから』
『おぉ、こわ。もう昔みたいに雪ちゃんって呼んでくれないの?』
『………、何も言う事なんてないわ』
『…言う事ないじゃなくて、言える事がないんだろ?ゆちはお頭が弱いから…、まぁそんな所が可愛いんだけどねぇ』
「二人の茶番はいいから、なんか用?あたしが隠れてたの気づいていたんでしょう?雪兎」
『…もうそんな呼び方で呼ばなくていいのよ?夕月。この人は私達を騙してたんだから』
『人聞き悪いなぁ。僕に近づいてきたのはゆちの方じゃないか』
「痴話喧嘩を聞きたい訳じゃないから、二人とも黙ってくれないかな?」
『夕月……』
『いつでも冷静だね、流石僕の彼女』
「……だから黙って言ってるでしょう?」
あたしの言葉で二人の言葉が止まる。この状況はあたしにとってとてもいい傾向にある。
言葉の主導権を握りたがっていた雪兎から、奪い取り、流れを少しずつ変えていく事が出来る。あたしの計画は少しずつだけど、いい方向にいってる。ゆちの発言でダメにならなきゃいいのだけどと言う不安が一番あるのだが、彼女の言葉も予測出来るし、冷静に判断して対処していけば大丈夫だと思う。少しの不安は残るけど大丈夫だと自分に言い聞かせて、雪兎との言葉の戦争の幕をきる。その仕事をするのがあたしの役目だと思う。
「やっと黙ってくれた。二人とも煩すぎ」
ふうと肩を落としながら、大きく息を吸い込み、自分の感情をリセットする。目を閉じたい気分だけど、心の中で目を閉じて、全てをリセットしてゆく。そういう瞑想をする事によって、自分の精神を安定させる事が出来るし、物の見方も客観的に見えてくるから。凄く有効的だと思ってる。そう考えてるのはあたしだけかもしれないけど。一つ言える事はゆちはあたしの考えと雪兎の考えについていける頭の回転を持っていないと言う事だけは、はっきり分かる。だから、ここでのゆちの発言は重要じゃなくて、雪兎の発言の節々から、どこまで分析して、彼の言葉を打ち負かせるかが問題になる。二人の一騎打ち。恋人同士で言葉のバトルだなんて、普通なら喧嘩以外しないだろうけど、あたし達は似た者同士だし、彼の考えてる事が何となく手にとるように理解できるから、こうするしか方法はないと考えてる。きっと彼もそう感じてるから、あえてあたしが隠れている事を口に出し、出てこいなんて言ったのだろう。ゆちと話ししてるだけでは前に進まないし、ループするだけだと判断し、あたしの存在を欲したのだろうと考えてる。まぁ、あくまで予測だから、雪兎が何を考えているのかは、とうの本人にしか分からない。個人的にはそれはそれで楽しいから、いいけど、なんて少し、今の現状を楽しんでいる自分がいる。こんなあたしの内面を知るとゆちならショックで泣くだろうななんて考えてると現実離れしてるような気がするのはあたしだけなのだろうか。
「てか、雪兎、なんであたしを呼んだの?この状況を作り出したのは貴方でしょう?隠れろ言うたのも貴方だし」
『え……、どういう事?』
ゆちの眉毛がピクリと動く。
「あたしはゆちに聞いてる訳じゃないから、説明めんどいし、雪兎に聞いてるの。後で発言権与えるから今は悪いけど聞いてて?ゆち」
『……夕月……、うん』
彼女の返答は大人と言うより、子供に近い返答だ。いつものあたしの雰囲気と違うからだろうか、彼女があたしを少し避けてるというか、距離を開けてる感じがする。それはあたしの憶測かもしれないけれど、大体は当たってると思ってる。これで、ゆちは発言を控えるだろうし、やっと雪兎との心理戦の一騎打ちになる。一応雪兎の彼女だし、あいつの事はある程度把握している。彼からしたら、あたしの事把握しているのから、ファエなんだけどね。どっちもどっちもいうか、何というか。
「雪兎…、貴方あたしに言ったよね、会社の人が来るから、面倒事に巻き込まれたくないから、あたしに隠れろって。それで、なんでゆちがいるの?」
『…僕は、君には嘘ついてないよ?夕月。会社の人が来る予定を滅茶苦茶にしたのは、君の姉のゆちなんだし』
「……それってどういう事?」
そう問いただすと、チラリとゆちを横目で見ながら、ふうと溜息を吐き、淡々と話しをし始めた。そこに感情はなく、まるで朗読をしているかのように思えて仕方なかった。
『君も、僕とゆちの会話を聞いていただろう?』
「ええ…」
『ゆちは君には知られたくない事…こう言えば分かるかな?君は頭がいいから、僕の言っている言葉の意味が把握できるはずだよ?』
「……あたしも完璧な人間じゃないの。それは都合よすぎない?」
『何が?』
ん?としかめ面をしながら、私の言葉にクビを傾げる雪兎。その姿を見ると、お腹の底から笑い声が出てきそうで、本当に笑えてくる。
「あんだけ、ゆち、ゆち言っといて、あたしを巻き込んで、あたしの事を褒めるとかありえないから。何が流石僕の彼女よ。笑えてくるわ」
『夕月……』
「ゆちは黙ってて言ってるでしょう?あたしの姉の癖に、言葉理解出来ない訳?」
『ごめんなさい』
「……まぁ、いいわ。それで続きを言いなさいよ。雪兎」
『ゆちには好きな人がいる。でもそれは僕じゃない。彼女は相手の都合や気持ちなんてお構いなしに、依存して家
庭を潰した』
「……」
『ここまで言えば理解してもらえるかな?』
「あんたのとこの職場の上司って訳か…」
『…何で…』
まただ、感情の乱れが来るとゆちは絶対言葉を発する。いつもの癖だ。何度も私が言っているのに、言いつけを守らないのは、彼女の精神年齢が低いからだろう。あたしは何度も言うのがめんどくさくなり、彼女の方に鋭い視線を注がす。そうするといつもと違うあたしに気づいたのかゆちはビクと体を震えさせた。鈍い彼女でも、この空気の変化には気づけるのだろう。自分の発言が今のあたしにどんな怒りを買うか理解出来たみたいで、慌てて口を塞ぐ。幼少の子供みたいに。いい大人なのに、手で口を押えるとか、どんだけガキなんだよ。そんな事を思いながら呆れながらでも男達はゆちみたいなタイプが好きなのだろう。まぁ気持ち分からんでもないが。私が性別男なら惚れてしまうかもしれない。多分。今の私の性格と彼女との距離感を考えれば、まず惚れる事はないけど。近すぎたら、見たくない部分でも見えてくるし。まぁ個人的にはありえないって感じだ。色々知ってるからこそそういう答えが出てくるんだと思う。
「正直、あたしには何の関係もない話だよね、何であんたらのもめ事にクビを突っ込まなきゃいけないの?」
『…夕月、君は頭いいけど、冷たい部分があるね。ゆちとは違う魅力。不思議だね、同じ顔をしているのに性格がここまで違うなんて』
「顏とか関係あるの?正直ないでしょ。それとも雪兎、貴方は顏でしか人を判別出来ない訳?」
『そんな訳ないじゃないか。僕はそんな事で判断する人間じゃないよ』
「…そ、ならいいけど。違う返答が来てたらペット扱いする所だったわ」
『君はSだね』
「…そういう時にお茶らける。そういう所が貴方のいい所でもあったし、魅力でもあったけど。今はただムカつくガキね」
『…二人共喧嘩はやめて』
ゆちの言葉であたし達の言葉の罵り合いは、ストップし彼女に矛先がゆく。この状況と、それが分かってのか発言なのかは理解出来ない。まさか、ただの心理戦が彼女から見たら喧嘩に見えたのかもしれない。それだったら笑ってしまうだろうな、あたしも雪兎も。そんな事を考えていると、フリーズしたあたしの様子を見ながら、雪兎の言葉が空間を制する。
『ゆち今は黙っていたほうがいいと思うよ。夕月、本当に怒ってるから。もう少し空気読まないとダメだよ?』
「喧嘩じゃなくて、意見言ってるだけ」
『……でも』
「何度も言わせないで、子供じゃないのだから…。それとも、貴女は子供より聞き分けが悪いの?」
そう不機嫌そうに言うと、ゆちは少し悲しそうな瞳で、あたしを見つめ、無言になった。この状況を招いているのは、ゆち本人だから。何も言えない…言う立場じゃないから。言葉が見つからないのかもしれない。その時のあたしはゆちの気持ちなんて考えずに、自分の考えと、冷静さを保ちながらこれから起こる未来の事なんて考えずに、自分の気持ちを貫いていた。それが悪いのか、いいのか人の意見で変わるかもしれないが、ゆちの人生を狂わした行動には違いないのが現実だった。
「で、雪兎、話続けてくれないかしら」
雪兎はチラリと横目でゆちを見ながら、小さな溜息を吐く。
『何で僕がゆちの尻拭いをしなきゃダメなんだろうね…。まぁ元好きな人が困っているから仕方ないか』
「…何も言う事ないわ。さっさと話しなさい」
『怖いね夕月。そういうとこが好きだよ』
「…いい加減にして」
あたしには怒りの段階がある。