足音
純粋だったあたしはいない。雄介に言われた通りに『ミオ』を誑かして、軽く暴走するように仕向けた。あたし達三姉妹には、それぞれ暴走、壊れる『スイッチ』があるみたいだ。それは暗号のようで、暗号ではない。音の上がり下がりと言葉が上手くリンクしないときちんとした『スイッチ』とは言えない。イントネーションにも似た感じなのだが、それをマスターしているのは雄介だけみたいだ。
圭人さえも知らない情報らしく、何故創りものの『あたし』に教えたのか理解出来ない。圭人からも、雄介からも、よく分からない『信頼』と『信用』されているみたいに感じるのは、考えすぎだろうか。
ミオの壊れる『スイッチ』を教えてくれた。あたしには出来ないと思っていたのに雄介は『ミカサ、君になら出来るよ』と微笑みながら、あたしの頭をゆっくりと撫でた。恐ろしくもあり、気持ちよくもある。変な感覚が身体を駆け巡ってる。
人の手は嫌いだ。いつもあたしを壊そうとする、処分しようとする。化け物だと後ろ指を刺して、嘲る。そうやって一部の人間達から『飼い殺し』されていた事実があるからこそ、そう感じてしまう。
あたしに感情なんてないはずなのに、雄介と関わるようになって、歯車が徐々に狂っていったの。
それを待っていたかのように、あたしも壊れていって、闇と言う名の波に呑まれながら、もう一人の自分が創造されていく。人間で言う『二重人格』みたい。あたしが光なら、産まれたもう一人のあたしは『闇』二つの自分が合わさりながら、あたしはあたしへと本当の姿を取り戻し、覚醒していく。
その余韻の中で言われるまま、下準備をしたあたしは自ら『木箱』に入り、時を待つ。
まだかな、まだかな。外に出たい。自由が欲しい。
そんな事を考えているとね、コツコツとゆっくりだけど確実に近づいてくる足音がしたの。遠くから始まり、近づいてくる足音が。ドキドキしながら、蓋のされていない木箱に蹲るあたしの身体。体は窮屈だけど心は自由を手にしている。フフッと微笑みが毀れる位に楽しみにしている自分がいて、驚く半面、こんな感情を持っている事が心地よく、フワフワしていて気持ちいい。
人間はこんな素敵な感情を手にしているのに、どうして大切にしないのだろうと疑問が過る。そんなあたしの心の中を見ているかのように、近づいてくる足音があたしの傍で最後の音を鳴らした。
響いていた一つの音が、無音の空間へと移り変わり、五感の自由を奪っていく。