おまえはだれだ
『ご飯の支度をしようか』
「うちがするよ。慶ちゃん」
『え?癒智、ご飯作れないだろう』
眼鏡をかけた慶ちゃんは、普段とは違う雰囲気に包まれながら、驚いている。あたしは内心『ギクリ』としながら、彼の一挙一動で不安になってしまう。癒智はどんな行動をしてた?どんな会話を交わしていたのか分からないから余計に。彼女から何も聞いていないあたしは、ミスをしていたんだ。
癒智は人間の欲により創られた『人形』そして午前0時に記憶を失い『別』の癒智に変わる事なんて何も知らなかったの。そう、それがあたしのミスだと言う事にも気付けずに、彼と共に生活をしているあたしは狐に化かされてたんだ。
気付かれないように『癒智』を演じていると信じていたあたしは彼の言葉で奈落の底に叩きつけられる。
『お前、癒智じゃないよね』
「え?何言ってるん?うちは癒智やで」
『じゃあ癒智と言い張る君に、質問をしていいかな?』
「うん」
『イエスかノーで答えて?言い訳はなしで』
「わかった」
慶ちゃんが何を言いたいのか分からない。何を聞いて確認しようとしているのかも。予測不能。
『昨日の晩御飯、何食べた?』
晩御飯か。何でそんな簡単な事聞いてくるんだろう。誰でも分かる事だし、答える事出来る。
あたしは何の躊躇いもなく口走る。
「ハンバーグ」
『そう…じゃあ、俺と癒智、君との関係性は?』
え…と。慶ちゃんの見た目からして30代。癒智はしっかりしているけど『幼子』だけど、この人の雰囲気を感じていると『父親』とは違う。どちらかと言えば『兄』のような関係性。あたしはそう思う、そう感じた。だってこの人結婚した事ないでしょ。この部屋を見れば分かる。生活感も何も感じない無の中で共に生きる女性なんて、存在している訳がない。
そう決めつける。ただの雰囲気。ただの直感。そして慶ちゃんがあたしに接する接し方で思い込んでしまっていた。
考える時間を延ばせば伸ばす程、相手に不信感を与えてしまう。そしてそこから綻んで『嘘』がばれてしまう。もし嘘がばれてしまったら、あたしはどうなるのだろう。
ゾッとした寒気が走る。
慶ちゃんの瞳も冷たく、冷酷に光っている。
まるで『ハンター』のようだ。
あたし『夕月』を狩る為に用意された人。
「何言ってるんよ。お兄ちゃん」
その一言を呟いてしまう。癒智にとって彼は創造者である事に気付けない愚かなあたしが佇んでいる。
『癒智、おいで』
先ほどまで無表情でいた慶ちゃんは、人が変わったみたいに微笑みながら、あたしを試している。両手を広げ、あたしが飛び込んで抱き着いてくるのを待つ体制で。
「何?お兄ちゃん」
そうやってあたしも彼の微笑みに合わせながら、胸に飛び込んでいく。
癒智ならしない行動をしてしまうあたしは罪人。
『お ま え は だ れ だ』