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夢幻

 風の音が耳をよぎる。私はふうと溜息を吐き、サンプルへと視線を注がす。


 (変な事に巻き込まれた。圭人のせいよ)


 かけていた眼鏡を取り、白衣を脱ぎ、結っていた髪を解き、いつものケイトへと戻ってゆく。自分の名前とあいつの名前が一緒のせいで、自分で自分の名前を言っている錯覚に陥り、頭をくしゃくしゃかき回した。 


 (あんな、瀕死状態のバケモノを人間に戻すなんて、それも、自分が気に入っていた子を手にかけるなんて…)

 『…狂ってる』


 でも何故だか笑い声が出てきそう。


 (私も充分狂ってるか…)


 心の奥底で笑い声が聞こえる。気持ちいいなんて叫んで笑い転げてる自分の姿が。私はいつでも冷静にいなきゃいけない。今までもこれからも。やっと父から自由にしてもらった貴重な時間を無駄にしたくない。でもね、自分の抑え込んでいた欲望が顔を出して言うのよ。自分の思い通りの人を作るって最高って。こんな自分の顔があるなんて気づかなかったけど、少し気楽になったような気がしたの。夜の蝶として輝いていたあの子を見ていた自分としては、今のこの現状が愉快で仕方なくて、性格悪いなぁ、なんてゆっくり考えてる。いい子だったけど、圭人に近づいた時、なんだかムシャクシャして、いっそ全て壊れてしまえばいいって思って、意図的に発作が起こるようにデーターを改ざんした。彼の望むゆちじゃなくて、恨みと辛み塗れのゆちに変える為に。歪んだ心に軋む音私の中で何かが崩れ去った瞬間だった。



 ポタポタ落ちる雫。何の音だろう。あれは何に見えるのだろう。そう静かに心の奥の本当のあたしは微笑みながら今の状況を楽しんでいる。あなたはだあれ?心の奥底の幼少の頃の自分が見えてる気がするのはあたしのきのせい?全ては幻。あたしの中の夢の一つ見たいなものかもしれない。そうやって目覚めるあたしは徐々に本当の姿を失って、ゆちへと近づいていくのだろうか。少し怖いけど、なんでだろう、少し安心する。何て言葉にしたらいいのか分からない。そんな曖昧な感情。カプセルの中のあたしが目覚めたのはいつ頃だろうか?もう自分であって自分ではない感覚がする。まるで浸食されてるような感覚。


 『おはよう、ゆち』


 目覚めたあたしに声をかけてきたのはあの研究員の女のケイトだ。ニコニコしているのに、何故か身体全身から感じる雰囲気はドロドロした感情のような気がする。それはあたしの考えすぎで思い違いかもしれないけど、直観がそう物語ってるような気がするの。


 『よく寝れたかしら?あの後の事覚えていないでしょ?』


 ふふふと微笑みながらあたしのカプセルに近づいてきて、ガラス面に手を添える。その手の温もりが伝ってあたしの心に浸透していく。まるでそれはあたしの体に巻き付いている液体のようでねっとりと熱を帯びている。あたしは言葉を発する事が出来ない、動くことも、泣く事も、感情を露にする事、彼女に伝えれるのは唯一の心の奥底の言葉だけ。ケイト曰くデーター改ざんしあたしの思っている事が機械とリンクしているらしく彼女だけにそのアクセス権限があるから読み取れるし、会話が出来るらしい。発展された技術とはいえどこからそこまでの技術がどこから作られたのか疑問なぐらい高度な技術だからどこから仕入れて、作ったのか理解できたいふしがある。それも感覚でしか分からないけどこの研究所みたいに小さい所ならなおさら。どこからその技術を開発したのか、その資金はどこから出てるのか、そんな現実を考えるとありえないという考えが妥当だと思う。そんな事を考えながら体を包み込む液体の中で漂いながら考えてる自分がいる。そんな事考えても仕方ないと思うのにその思考回路を変える事ができない自分がいる。


 『ゆち…あなたが寝てから大変だったのよ?』


 唇の動かし方がそう話してるように見える。

 五体満足の人達の感覚では分からないだろうが、自分がこの状態になると普段とは違う感覚になるんだと体験して分かる事だと今のあたしなら理解できる。何故自分がこんな状況に陥ってしまったのかも理解できない自分が歯がゆい。そんな事を思いながらもこの状況が変わるとは思えないし、どうにかなるなんて甘い考えもない。漂いながら揺れるあたしの心は空中をぶらんぶらんしてて、幽体離脱しているようで気だるく感じる。あたしの体は何も感じるはずないのにどうしてこんな気だるいんだろう。


 不思議な感覚がする。そんなあたしの心の中を見透かすように、ケイトの声が耳に入ってきた。いや耳で聞いてるというか、心に直接入ってくるような不思議な感覚。この感覚の正体はきっと彼女の言うプログラムの影響を受けているのだろうか?


 『無理もないわね、その表情見てれば分かるわ。何が起きたかなんてわからないでしょうね』


 そう言って微笑みにも似つかない怪しい表情であたしに囁く。まるでケイトの中に悪魔が住み着いてるみたいに怪しくあたしを浸食してゆく。怖いという感覚よりもっと深い、言葉に出来ない恐怖が心の中に渦巻きながら飲み込んでゆく。含みのある言葉ではなくて、本音を少し出してる感じがする。まるで嫉妬心の塊みたいだ。あたしの知ってるケイトとは違うケイトがあたしのそばにいる。

奇妙な感覚にとらわれる。直観的に感覚で体が感じ取ってると言ったほうがいいだろうか。どんな表現で表したらいいのか分からないくらい複雑な感情が渦巻いている。


 『まぁ、知らないでいい事もこの世の中には沢山あるから、貴女は何も知らないでいいのよ』


 そう囁く言葉の続きには他の言葉が隠れているように錯覚するのはあたしの気のせいだろうか?貴女は私のお人形さんだから…、とかそういうニュアンスの言葉が続きそうな言い回しというか含みを感じてしまう。今のあたしの状況を考えるとそんな事を考えても無意味だし、彼女に心を覗かれるだけのような気がするから、何も考えず無になろうと思う。あたしの命をつなぎ留めてるこの機械の性能がどこまであたしの感情を読み取れるのか把握していないし、もっと進歩していて、自分の知られたくない感情にまで気づかれるのが怖いという恐怖感もあるから一番いい対策としては何も考えず、心のもたないロボットになるのが一番だと思うから、それを実行してるだけにすぎない。自分では出来てるつもりでも、出来ているのかは分からないからなんとも言えないけど…。そうやって努力する事でしか今の状況を打破出来ないから。


 ピリピリと肌を伝って彼女の感情が伝わって、真っ黒い、いやどす黒いもっと別の何かがあたしと混ざり合って違う自分へと変わり始めてる段階に感じている。これがあたしではなく、彼女達、ここの研究員達の言うゆちになるということなのだろうか。


 『…さて時間ね、貴女に面会したいと言ってる人がいるの。私個人的には会わせたくないのだけれど、本人がどうしても会いたいと言うから仕方なくて…会ってくれるかしら?』


 あたしに嫌という選択肢はない癖にそうやって聞いてくる彼女を少し憎く思う。唇なんて動かせない、声なんて発せれない、心の中で彼女に問いかけても、あたしの感情を知るのはあの装置だけ、それを無視すれば何も届かないのと同じ。涙なんて出ないのに、泣きたくなる。これが人間の形なのかもしれない。泣く事も笑う事も出来ない事がこんなに悲しくて、悔しいなんて初めてだった。そりゃそうだよね、あたしに過去の記憶は残っていないけれど、普通に生活していた事だけは頭で考えれば分かる事だから。


 『…じゃあ、連れてくるわね、待ってなさい』


 そう言葉を言い残すとケイトの姿は消えた。あたしの記憶の中で知る唯一の孤独かもしれに。一人なんて嫌なはずなのに、どうしてだろう、何故か心地よく感じる自分がいた。解放感がある感覚。監禁されてて、やっと自由を得た感覚がしたあたしはもう洗脳されているのかもしれない。


 『おはよう、ゆち。よく寝れた?』


 甘ったるい声が聞こえる気がする。普段聞くといい声のはずなのに、不気味さと嫌悪しか感じない。そんな声にしか聞こえない自分になっている。それはこの声の主の言葉の発し方か、それとも少女を覆いつくすオーラーから感じているのかもしれない。


 『わたしの事覚えてる?ずっとゆちに会いたかったのにミオとケイトからダメだって言われて、ゆちが落ち着くまで待っていたんだよ?やっと会えてうれしい』


 少女は満面の笑みであたしの体に近づいてきて、カプセルに手を置く、この子にはあたしの感情なんて流れる訳でもないのに、心の中でギクリと跳ねた自分がいた。少し瞳を動かすと、ぼんやりとだけど、あたし達のやり取りを観察している、ううん、監視って言ったほうがいいのかな?ケイトの姿がぼんやりと映る。まるで汚物でも見ているかのような嫌な感じ。


 「嫌だ、近づかないで、あたしに触れないで、あたしの心の中に入らないで」


 そう言ってもあたしの声なんて届かなくて、少女の行動はエスカレートしてゆく。手を置いてただけだったのに、あたしの体を守っているカプセルに頬ずりをしているのだ。何かに縋り付くような、あたしに依存しているみたいに。身体から警告音が聞こえる。この子は危ない、近づけてはいけない、そうサイレンが頭の中で鳴り響いてる。


 『ゆちぃ、会いたかったよぉ。ゆちはミカサの物だもん。誰にも渡さないもん』


 やっと手に入れたおもちゃを手放したくない子供が駄々をこねているみたい。この子は人間の皮を被ったバケモノかもしれないとヒシヒシと伝わってくる。


 「あたしは嫌なの、あんたと同じ空間にいるなんてごめんよ。嫌だ、この空気、あんた事態も大嫌い」


 初対面であった時のような嫌な感情が渦巻いてる。まるであたし自身が怯えているみたい。逃げ出したい衝動に駆られてしまう。どうしてだろう、この子と会ったのは今回で二回目なのに何故そんな恐怖を感じてしまうのか分からない。ただ言える事は見た目は可愛らしいでも見た目と相反しない言動というか、中身が全くの別年齢のような気がして凄く違和感を感じている。あたしはミカサの事なんて何も知らないはずなのに、何処かで会って、よく知ってる、本能というか直観というか、あたしの失われた記憶のピースに関係していると脳みそが働いてあたしに教えているのかもしれない。知りたいけど知りたくない。そんな危険信号もあるのだけど、やはりこうなった経緯が知りたいし、失われたものを取り戻したいという欲望は拭えないのだろう。自分の事なのに第三者の目線で見てる自分に驚いてしまう。


 「あたしって、こんな考えをする奴だっけ」


 どんな考えを持ってたか知らない。どんな感情を持ってたか知る由もない。だけどそう思うの。そんな自分自身に自問自答してると、それに気づいたみたいに場の空間を戻そうと、遠くで声が聞こえた。


 『ミカサ、そんなはしたない事はやめなさい。もう少しだから我慢出来るでしょう?子供じゃないのだから』


 この声はケイトだ。まるで子供に言い聞かせてるみたいに問いかけるケイトがあたしがさっき感じたケイトではなくなり、優しくなった気がした。あたしの気のせいかもしれにけど。ケイトにとってミカサは一体どんな存在なのか気にしながらも、この異様な空間が早く消えてほしいと願う自分もいる。


 『わかったよー、ケイト。もう少し我慢する。わたしいい子だから』

 『いい子ね、ミカサ。もう面会の時間はおしまいよ。ミオが待ってるから行ってあげなさい』

 『…ちぇ、もう少しいたいのに…ねぇケイトダメ?』

 『…ミオに怒られるわよ。お母さまに報告されたらゆちに会えなくなるのよ?それでもいいの?』


 ゆちに会えなくなる、その言葉を聞いた瞬間ミカサの目つきが変わった気がした。少しの沈黙が流れて、そしてあたしの心は張り詰める。それを破るのはミカサの発言であるのは目に見えていた。


 『…分かった、もう行く』


 ただ一言そう吐きながら、出て行くミカサをケイトは見ているような気がする。あたしの全身はビリビリ震えている。鳥肌以上に感じる寒気。彼女達の存在感の大きさを感じた瞬間だった。表では愛想笑い、でもその裏に見える本当の感情は、あたしが感じてる違和感と悪寒が物語っている。あたしの感じている感情は脳内を行き渡り、アドレナリンを放出してゆく。痺れを与え、生きている感覚を奪っていくようだった。ミカサの存在が消え、少しの沈黙が続く。ケイトのオーラーから感じるものは警戒心だと感じているのはあたしの気のせいなのだろうか?そんな疑問と静寂を掻き消すケイトの言葉。あたしには何も見えないし、聞けない、分かるはずないのに、聞こえた気がしたんだ。(やっと消えた)って、これはあたしとケイトの心がシンクロしているからなのか、それとも機械の影響を受け、あたしの脳内が誤作動を起こしているのか、普通では聞こえるはずのない言葉だったから、自分が自分じゃなくなっているのではないかと恐怖に包まれながら目を瞑り、彼女にばれないように狸寝入りをした。


 ばれてしまうかもしれないけど、それでもいいと思ったんだ。


 この空間から逃げたいのに逃げれない状況だし、彼女の本当の言葉が聞こえるような気がして、少し期待したのもある。そんなのは淡い期待だって分かってる。自分でも夢を見ているくらい、届かない期待。でも自分で思いこまないとどうにもならないから、呪文みたいに思い込もうとしてみる。大丈夫、大丈夫、そう心の中で呟くと本当に大丈夫になるような気がする。何だか懐かしい感じ。どこか遠くで誰かがあたしを抱きしめ、囁いてくれてるみたいな感じがする。

 影が見えるような気がする。あれは誰だろうか?記憶の中で蠢くものの正体が分からず、あたしの脳細胞はボロボロと崩れていく。崩れていくものを感じながら、グサリと刺さる心の棘が今のあたしを傷つけていく。まるで過去と現在がリンクしているような錯覚を感じてしまうのは気のせいだろうか?見た事などないはずなのに、見た事があるような錯覚がしてしまう。そんな夢心地の中で浮かんで、ゆらゆらしているあたしを呼び戻すのは大きな警報音だった。


 研究所を鳴り響くサイレンがあたしの体にビンビンと伝わってくる。身体が動かないという恐怖があるはずなのに、何故か心地良く感じる。どうしてだろうと考える脳細胞も痺れを醸し出しながらあたしの存在そのものを支配してゆく。どうしたどうしたと人の気配を感じた。何がどうなってるのか分からず、この場に居続けるしかない。体を動かす事が出来ない私は今の状況がどんなものなのか理解できないが、異常事態なのは分かる。そんな中で聞こえた気がした、声があたしを包み込み、ゆっくりと癒してゆく。迎えに来たよ、そう誰かが言った気がしたんだ。

 意識が遠のく、動かなかったあたしの身体は熱を持ち、少しずつ動くようになってゆく。何故?そんな事を考えながら、温かい手の温もりがあたしを持ち上げ、大丈夫だからと誰かがあたしに囁く。

 

 それがあたしの覚えている記憶のかけらだった。





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