二つのごちそう
ワタシが影法師と共に存在して、どれ位が経つのか分からない。いつの間にか『人間』として生きている時の『ゆち』は消え、影法師の毒素に浸食されたように、口調も性格も別物になってしまった。別に凹みはしない。よく分からない感情。これは感情と言うのか分からない。言葉一つで例えるならば『無』その一言。
「なれたなれた。ごちそうおいしい?」
「うん……」
「よかった。ゆち仲間。僕と同じ」
「違う」
「同じ同じ同じ同じ」
こんな感じで一生影法師と言葉を交わすなんて、地獄の何ものでもない。最初は頭を抱えたり、恐怖を感じていたけど、環境と言うものは恐ろしい。今では何とも思わない。駄々っ子と同じにしか思えない。見た目は普通じゃないけど。人間と変わらない。『人間と変わらない』その一言を心で呟きながら、笑いが出そうになる。何が人間と変わらないだ。影法師は元人間。そしてワタシも人間だった。
「ことば使って。ヒトと同じ」
カタコトで呟くワタシの声に影法師はピクリと身体を震わした。
「出ておいで」
「ゆち。僕は」
「かくれんぼは終わり。出ておいで」
「……」
「ねぇ白兎」
「僕は影法師」
「現在はね?」
「白兎誰?」
「影法師と白兎同じ」
ワタシはクスリと微笑みながら、影法師となりつつある自分の闇を彼にも伝染させようとする。人間の時の彼を見てみたい。どうして雪兎と同じ姿のか真実を知りたいの。昔は雪ちゃんなんて呼んでいたけど。あの時の幼い考えの『ゆち』は影法師が消してくれた。
(私は生まれかわったの)
「お……なじ」
影法師の呟きが徐々に振動し、サイレンのように鳴り叫ぶ。ワタシ…ううん。私は彼の崩れる姿を見つめながら、闇の中へと舞い戻る。
(この子の人間の姿をもっと見たい。そして……私も)
夢を見るの。影法師…そう。この子の夢を。
……あれ。私、少しずつ口調が変わってきているような気がする。だけどそんな事はもうどうでもいい。口調なんてたいした事ないし。私は私に変わりはないのだから。
漂いながら、残酷に移り変わる記憶の数々と性格。私はこの子に触れる。人間の時の何かを思い出したのか、震えながら怯えている影法師の夢を見る。そう夢と言う名の現実。これはこの子の魂の記憶。そして私と繋がったこの子の正体を知る為に。
「白兎」
どうして私は影法師を白兎と呼ぶのだろうか。まるで自分の子供に向ける言葉の愛情のように。甘く甘く、危険な果実の匂いが漂う。
「僕……は」
悪夢を見せましょう。
崩れて、毀れて、捨てて、食べて。
私はこの子を愛するの。
「ゆちなの?違う…匂いが変わってる」
ふふふふふふふふふふ
「私の名は『ゆち』この名はずっと使われている名。そして『夕月』も永遠に使われる名」
「誰。君」
「ゆちだよ?どうしたの白兎」
「ちがうちがうちがう」
「子供の話し方やめましょう。白兎私が元に戻してあげる」
そうやって影法師の闇を喰らいながら、少しずつ近づいていく。右手には『青い心臓』を持って、影法師を押さえつけるの。以前『ゆち』がされた事をし返しているのが私。
「おいしいごちそう。食べて白兎」
「青い心臓」
「おいしいよ」
「それだめ。僕思い出したくない」
「食べればぜーんぶ思い出せる。私の事も『ゆち』の事も」
赤い心臓。果実の匂い。
青い心臓。過去の匂い。