光に誘われて
誰か助けて、暗闇に支配されながら、視界の先に見えるのは『太陽』光。あたしの叫びなんて誰にも届かないのに、もう目覚めたくないのに、現実なんて見たくないのに。悪魔は意地悪をして光の方へと歩かせるの。もう歩きたくない、疲れた。そこにいるのは冷静なあたしじゃなくて、ボロボロのあたし。夕月と名を付けられた時を思い出しながら、空想に浸っている。立ち止まりたいのに、立ち止まれない。自分の意思とは反する行動は癒智の願いなの?夢の中で癒智と出会って、それが悪夢の始まりだった。あの子は人間ではない。人間の殻を被った悪魔で、あたしの義姉『ゆち』の複製品。義姉の身体は何処に流れたのか、もう分からない。もしかしたら歪んだ癒智が義姉『ゆち』自身なのかもしれないと考えているのは、考えすぎだろうか。
『夕月は……いつも落ち着いている。何があってもきっと、ずっとそのまま『冷静』なんだろうね』
昔の義姉の言葉を思い出しながら、相手の立場にたって考えてみると、もうあの時から兆候はあったのかもしれない。本当にこの現実は雄介や圭人、そして遊離の意思なのか疑問だらけ。それでも進まないといけない。体を失い、戻れなくなったあたしは『夕月』ではなくなった。ただの透明人間と変わらない。
『さあ、こちらだよ。おいで』
聞いた事のない声があたしを呼んでいる。その代わり、背中を伝い背後から流れてくる音は悲しみの涙。ポタリポタリ流れる雫の音が暗闇に響いて、身体を伝って、あたしになる。
『おいで』
背中を見えない手で引っ張られながらも、心は戻りたいと願いながらも、声から逃れる事は出来ない。
(行きたくない、会いたくない……)
貴方なんかに……。
知りもしない、何者かも分からないけれど、心はそう警告している。これは防衛本能かもしれない。目覚めは近い。あたしは癒智の身体を占領しながら、瞳を開ける。太陽の光に誘われて。
『おはよう、癒智』
「……」
目を開くと見た事もない人があたしの目の前で様子を伺っている。まるで嘗め回すように、商品を見ているように、品定めされているみたいで気持ち悪い。普段のあたしならフル無視だけど。この身体はあたしのものじゃないから。この人に気付かれないように呟くの。
「おはよう」
そして続けて『その人』の名前らしい名を呼んで、演じるの。
「慶ちゃん」
直観で分かる。癒智が懐いている人間……。この人が雄介だろう。癒智が口を滑らして『慶ちゃん』と言っていたから、この呼び名で合っているはず。どうしてこの人は『慶ちゃん』と呼ばれ『雄介』と呼ばれているのか、分からないまま。時は静止し続ける。