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二人のけいと(ケイトと圭人)隔離

 目が覚めると、そこは青に包まれていた。言葉で表現出来なくて、唯一伝えるとしたら青、ただそれだけだった。まるで海の中、透き通った水があたしの体を巻きついて全身を支配してゆく。自分の意識はあるのに、動かせれるのは唯一目だけだった。体は鉛に押しつぶされているような激しい痛みと重圧で言うこと聞いてくれない。何故自分がこんな所にいるのかどうしても分からず記憶を紡ってゆく。


 あれ、なんで?頭に鈍い痛みが走る。ズキンズキン釘を打たれるような痛みは加速して混乱を招くのだ。頭の血管を通って全身に広がるこの異様な感覚。驚きを隠せずに、自分が狂ってしまったのではないか?と思う位、記憶がないのだ。半透明な膜が脳裏を包んでどうしても複数の人の影しか思い出せない。


『あれ、目覚めた?』


 水中の中に隔離されてるあたしの耳は水のコポコポと言う音しか聞こえない。だけど、あたしの目とあなたの目が合って語り掛けてきた感じがしたから、そう聞こえたの。あたしの自分勝手な妄想なのかもしれないけれど、あなたから悪意は感じなかったから。


 見えるのは長い髪の少女…と言うべきなのだろうか。人と言うか、それとは少し違った存在に思えた。表情がないと言うか、何故か創られた人間って感じがしたから。


『大丈夫だよ、食べたりしないから』


 口がゆっくり動く。あたしに伝わるようにゆっくりと、心に囁いてくる。ふふっと口元が緩み、手で口元を隠した。笑っているのだろう。首が揺れ、それに合わして髪が靡く。その光景が誰かに似ているように思えたあたしは壊れかけた思考に問いかける。ピリピリとしびれにも似た痛みにも似た快楽が脳内細胞を活性化させ、狂わしてゆく。


 「許せない、あいつ」


 誰を指しているのか分からない、ただ零れた記憶の奥底にあいつと呟いた黒い影が浮かんだ。忘れたのは今の自分の状況になる以前の記憶だけではないらしい。だがかすかに残る匂いが殺意を呼び覚ましてゆく。


 「似てるなぁ、あいつに」


 綺麗な所とか髪の色、そして存在そのものから匂いがして、心臓が跳ねた。怒りに満ちてゆく自分を制御出来ない。それに気づいたのか研究員がパタパタと走り保管されているあたしの体によってきた。機械音が懐かしい。トクトクと自分の脈と温かいドロリとした液体が入ってきて、何かを注入された事に気づくのだ。


 現実か妄想か夢か、それとも…。


 狂ってしまった脳に問いかけても何も返ってくるわけなく、その代わりに妙な眠気が広がってゆく。赤黒い、赤黒い、自分の心の闇みたいに、言葉にもならない言葉を呟いた。そこにうまれた感情はどんなものなのか頭がついていかない。彼女は自分の唇をかみ切ると添えてた指先で拭いながら見つめた。


 トクトク流れる血液を見ながら女は笑ってる。


 まるで子供がおままごとを楽しんでいるみたいに、純粋にこの光景を楽しんでいた。


 『もう少しで会えるね、ゆち』


 そう呟いて笑っている口を手で隠し、首を傾げた。長い髪がゆらりと揺れた。


 『怒ってるとこも、かわいい』


 女はバラバラになっているあたしに向かって呟いた。あたしの体を研究している人たちは女の姿を見るやスマホを取り出し、電話をかける。慌てているのだろう。緊急の要件みたいだ。女に聞こえないように、刺激をしないようにコソコソ通話している。女の耳に入ると後が大変な状況になるのだろうか。少し怯えている様子も伺える。


 何分たっただろう、何の変化もない状況が続く。


 『ゆち、おきて』


 そう言うとカプセルに近づき、赤いスイッチを押そうと手を伸ばした。


 「何してるの?ミカサ」


 その言葉でミカサの手が固まり、楽しく微笑んでいた表情が一変する。


 『ミオ、何?』


 薄暗い研究室の中で一瞬見えたのはミカサの怒りの表情だった。まるでおもちゃを取り上げられたような、駄々をこねるような口調でミオに食らいつく。


 「ここがどんなとこか分かってるよね、母さんの邪魔になるから出ていきなさい」

 『ミオには関係ないじゃん、ミオはいつも特別なんだね』

 「いいから」

 『ゆち見てるだけだよ。それもダメなの?』

 「さっきスイッチ押そうとしたでしょ」


 普通この年ならばれたと思い表情に出るのに、一切出さずに淡々と会話をしている。


 『わたし、そんな事しない』

 「そ。ならいいけど」


 深いため息を吐き、この子に何度言っても無理と思ったのだろう。ミオの言葉はミカサを刺激しないように、後に引いた。


 「邪魔だけはしないでね、ゆちの為にも…」


 ゆちの為にも、この言葉を吐くとミカサの表情が元に戻ってゆく。それを知ってかミオはあえて言葉に付け足したみたいだ。


 「うん」


 外見とは程遠いほどの元気な声があたし達の耳に入った。それを聞いて回りの人達は安心したのだろうか。先ほどの緊迫した雰囲気とは違い、少し安著を感じれた。


 「早く会いたいなぁ」


 そう呟いて、周りに聞こえないように口だけ動かし、こう言った。ほんもののゆちに、と…。まるであたしにだけに伝えてるように。そんな夢うつつの状態で現実に返ってきた。耳から聞こえるのは相変わらずコポコポと聞こえるだけ。水の中に空気が入って変則的に耳にオトが入ってくる。水の中でいるのに、耳に水が入ってくる感じが全くしない。無空間の中で体が浮いてるような変な錯覚がする。


 (なんだろう、これは。)


 そう不思議に思うけどまだ続く頭痛にかき消され思考が停止してゆく。


 「もういやだ」


 何も考えたくない、今の自分の現状も夢ならいいのにと思ってしまうぐらいだ。そんなあたしを急かすように、一人の女が近づいてきた。


『もう少しだから待ってなさい』


 カプセルの中でいるあたしに勿論声は聞こえない。あたしが唯一動かせるのは目だけだから、ゆっくり確実にあたしに読み取れるように口を動かしている。何がもう少しだから待ってなさい、だ。

あたしの身になればそんな言葉出て来ないはずなのに、その言葉に唯一の希望を感じるのはあたしが甘ちゃんだからだろうか。そんな事を考えてると疲労を感じた。体を動かせない状態で目だけ動かすのは本当に体力を消耗する。目も痛いし……。


 こんな当たり前の事なのにそれがこんなにも大変だなんて、今まで感じた事も、考えた事もなかったから、こんな自分に驚きを隠せない。疲れたあたしは天井に目線を戻すと、少し力が抜けるのを感じる。よっぽど無理をしていたのだろうか。何だか力と共に涙腺が緩むのを感じた。力いっぱい全身を動かそうとしてみる。それを試みてみる度に脱力感と喪失感が心をぐちゃぐちゃにしていく。動かそうとしているのに、両手を感じれない。足があるように感じれない。


 なんでだろう、あたしは生きているはずなのに、死んでしまったみたいな絶望感に苛まれていく。

痛みなんか感じないのに、動かない全身ようり深い心の痛みが叫び声にかわる。いたいいたいいたいいたい、そう叫んでいるはずなのに、口もピクリともしない。まるで誰かに支配されているみたいに感じた。涙が止まらなかった。


 [君はゆちじゃないから…]


 誰かの声が聞こえる。あたしの前には研究員の女しかいないのに、男の声が耳元でこだましている。ぐるぐる回る脳内と声があたしの理性をとばしていく。


 (何これ?…)


 訳が分からない。あたしは狂ってしまったのだろうか。男の声が聞こえるなんて、もうそろそろやばいんじゃないか。そう心の中で思いながら、今の状況も普通じゃないということに気付いてしまう自分がいる。こんな訳の分からないカプセルに入れられて、白衣の女、男がいる中で中心に置かれてる存在は人間じゃなくて、実験体のような気がして、吐きそうになった。生きてるものではなくて、置かれてるものとして扱われている気がして情けなく、嗚咽が出るのを我慢している。誰もこの場にいなければ、きっと出ない声を絞り出して、えんえんと子供のように泣きじゃくっている事だろう。

そんな不安というか、恐怖なのだろうか、あたしの心情を察するように、水の笠が減っていき、カプセルの中は水が抜かれて、その代わりに空気が入ってきている。やっと自分の力で呼吸ができると思うと、少し安心する。トクントクンと体に血液が流れているのを感じる事が出来る。なんて心地良いのだろうか。そんな安著感に浸っていると、ある違和感を感じ始めた。空気を吸えて、全身に回っているはずなのに、手足の感覚がないのに気づいた。何故今まで気づかなかったのだろう。そう考えているとある答えに行き着いた。


 ドクンドクン、心臓が飛び跳ねる。真っ黒い感情があたしの心を支配し、別人に作り替えてゆく。


 〔君はゆちじゃないから…]


 その言葉が頭の中をグルグル回って、唯一覚えている記憶の中へと飛んで行った。行き着く音はどんな音?あたしの中で見知らぬ感情が飛び跳ねり、そして自分の想像を膨らまし、一つの可能性に行き着いたのだ。


 「もしかして、あの時…?」


 記憶が薄れる前、複数の男達の笑い声と冷たい言葉が制する世界。あの空間が答えなのでは?そう考える事しか出来なかった。きっとあたしはなんらかの出来事に遭遇して男達に捕まり、あの場所に捨てられたのだろう。朦朧としていたのは、血を流していたからかもしれない。くらくらして訳が分からなかったから、その可能性が高いと思う。そして記憶を喪失してしまった過去の記憶は自分の精神では耐えれない事があったから、忘れてしまったのかもしれない。そういう答えに行き着く。と…言う事は、その喪失する前に両手両足を切断された可能性があるのではないかという、怖い発想を考えてしまう。何故こんなにも冷静に分析が出来ているのだろうか?空気を吸えるようになった安堵か、諦めか、自分でもよく分からない。この状況下の中でヒステリックになっても何もいい事もないし、自分にとってのメリットを考えると思考に身を委ねた方が得策のような気がする。


 「もうどれくらいの日にちが経ったのかな。時間の感覚が狂う」


 言葉にならない言葉を自分自身に吐くと、もちろん何の返答も返ってこない、はずだったのだが、私の言葉に答えるかのように、女性の研究員が口を開いた。


 『貴女がここに来て三週間くらいよ、それしか答えられないけれど』

 「どうして、あたしの言葉が分かるの?」


 あたしの口は動かす事も、喋る事も出来ないのに、何故この女性は理解できるのか不思議で不思議で仕方なかった。


 『分かるわよ、貴女の思考は全てプログラミングされているの、話す事が出来なくても、私には理解出来るのよ。』

 「それじゃぁ、ほかの人にも…」


 今までの黒い感情や不安、焦り、悲しみ…色々な感情が他の人にまで知られていたら、と思うと生きていけないと感じた。何故か分からないけれど、こんなのは自分じゃないと感じたから。


 『大丈夫よ、ほかの連中には分からないわ。管理者である私以外に、それを見る権利はないから、だから大丈夫、心配しなさんな』


 そう私に呟くと、他の研究員がいないのをいい事に、煙草を咥え、火をつける。スゥっと煙草を吸うと、表情が緩んでいく。


 「いいの?こんなとこで煙草なんて吸って。誰かに見られたら」

 ははっ、と笑いながら近づき口を開く。その瞬間に言葉と共に煙も零れていく。

 『大丈夫よ、あんたさえ言わなきゃ…って今のあんたは喋れないもんなぁ』


 再び煙草を咥え、あたしに向かって笑ってくる。その姿が容姿からは想像もつかない子供っぽさを醸し出し、この状況の中でからかう彼女を見て、不機嫌になったのは言うまでもない。


 「うるさい」

 『おぉ、こわ』


 そんな言葉が彼女とあたしの中で空回りしてゆく。その場に何もないはずなのに、あたし達の会話を楽しんでいるように、空間が変わりだした、そんな気がした。くるくる回る風車、あたし達二人の間に新しい風が吹き、状況の変化を加速してゆく。


 『何をしている』


 その一言が空間を変え、あたし達のゆるい空気を凍り付かせてゆく。その言葉を聞いた彼女は眉をピクリと動かし、表情を作り振り返ってゆく。振り返る寸前に左目とあたし達にしか分からない会話で彼女が指示を下す。目で合図しているだけなのに、彼女が何を言いたいか理解出来てしまう自分がいて驚きを隠せなかった。彼女があたしに伝えた言葉『眠ってるふりをしろ』とただそれだけ。そして振り返りながら言葉に出した彼女は声の主に現在の状況をこう伝えた。


 『生体の状態を確認しているだけです』と…。


 何が生体の状態確認だ。それとは程遠い、ただのサボりなのに、口回しとしては随分達者だ。そんな事思いながらも、声の主の雰囲気を体全体でヒシヒシと感じる現状を考えると彼女の言う通りにするしかないと考えたあたしは言う通りに目を閉じた。ドキドキと心臓の音が加速していく。コツンコツンと足音が静寂な空間の中に響き渡る中で変な緊張感と重圧が全身を支配している。


 『私はお前に期待している。だが余計な干渉はするな』


 耳を澄ますと、男の声が聞こえ、反対に足音が聞こえなくなった。

近づいていた足音が消えた、すなわちあたしの入っているカプセルの前で立ち止まっているのだ。


 『私は自分の仕事をしているだけです』


 柔らかい口調なのに、ピリピリした緊張感と憎悪が垣間見えた気がした。目を閉じているからだろうか、口調の変化と声のトーンが少し変化した事が鮮明に理解出来てしまう。先ほどの女性の口調とは違うから余計そう思ってしまうのかもしれない。私だけが知ってる彼女のプライベートなのかもしれない。女性がそう答えると、少しの間沈黙が続いた。男は小さな溜息を吐き、一言呟いた。


 『煙草はやめろ』

 『何ですか?よく聞こえませんけど…』

 『…もういい』


 その会話が最後に聞こえた。会話が終わると不思議なものだ。緊張感と重圧が少し和らいだ気がした。


 コツン…。その足音と共に再び静寂に包まれていく。近くにいた男の足音が少しずつ、ゆっくりと遠ざかってゆく。そして、ドアを閉める音を最後に途絶えた。少ししてから、女性が口を開いた。


 『あぶねー、もういいわよ、目を開けても』

 「…あの人はだあれ?」


 少しの沈黙を破ったのはあたしの問いかけだった。普段ならそんなに興味なんて示さないのに、何故か少し気になった。そんな事を考えていると普段の自分がどんな自分か分からない事に気づき、言葉のあやに頭を痛めてしまう。多分普段の自分を無意識の内に、なんとなくだが体がインプットしているのかもしれないと考えにいきつく自分がいる。


 『珍しいわね、今までの貴女ならそんな言葉出なかったのに』


 そう言われて、あたしの口が彼女の言葉に噛みついた。


 「今までのあたしを知ってるの?」

 『…今の貴女には関係のない事よ』


 関係ないですって?そんなの関係あるかないかはあたしが決める事で彼女が決める事じゃない。そう心の中で叫んでいる自分がいて、でもその感情を口に出す事なんて出来なかった。何故か分からないけど…。彼女はあたしの表情の変化を見て、感情のもつれを感じたのか、フッと笑い、口を開いた。


 『おこちゃま』


 口元を抑え、緩みを隠す。その仕草が余計際立ってあたしの感情を逆なでてゆく。


 「あなたに関係ない」


 感情の奥底から浮き出る焦燥感と苛立ち、どうして自分の感情がコントロールできないのか分からずに、本能のまま口走る。あいつと同じ匂いがする人間は殺す。その時、もう一人のあたしが吠え出した。心の粘膜を食い破って、あたしはあたしへと覚醒してゆく。今思えばそれがゆちへと変わりつつある変化だったのかもしれない。


 『まずい』


 そう研究員の女の言葉がいつものあたしの耳へと囁き、木魂する。いやだいやだいやだいやだ…消さないで。そう聞こえたのは幻聴だったのだろうか?あたしには何が怒っているのか理解出来なかった。ピピピピピピピピピと機械音と共にサイレンが鳴り響く。その音へと向かい、あたしの体へと向かい、複数の男達が研究員の女に急かす。何を急かしているのか分からないけれど、あたしを包むカプセル近くの赤いボタンを押し、再び液体が流れ込んでくる。ポカポカする、ここはどこだろうか?母体にも似た居場所。落ち着く心音、あたしはあたしへと近づいて、液体のせいでもう一人のあたしが消えてゆく。絶対に逃がさない。綺麗なドレスを着た懐かしいあたしの姿が見えた気がした。あなたはあたしで、あたしはあなた。ゆちなんかじゃないわ。くるくる回る脳内映像に翻弄されながら、深い深い眠りに誘われる。


 『おやすみなさい、少し悪い夢を見てしまったみたいね、おこちゃま』


 男達に囲まれた研究員の女はあたし達に憐れみを向けた瞳で呟いた。





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