頭脳の確認
どうなっているも何も君は知らなくていいよ『ゆ き く ん』
心の中で雄介は微笑みながら、名前が入れ替わった、自分の名前を語る『慶介』に近づいていく。スマホをミュートにし、雄介と会話を楽しむ。まさに酒を飲みながら兄弟で話していたい場ではあるが慶介はそれどころではない感じだった。
「……親父。どうして雪兎が番号知ってんの?」
噛みついてくるかと思えば、そんな事か。心の中で昔から弱虫で頑固な雄介を見ていると何も変わっていないと実感してしまう。クスクスと笑いながら話を聞いていると『何が可笑しいんだよ』と再び牙を剥く。雄介は大事な事を忘れている。本物の雄介……俺は感情の起伏がないのに、それで実の兄の名を語るとか、よくばれないな。俺なら速攻で見破っているよ。偽物だってね。過去の事忘れてしまったのか?と聞きたい位だ。お前の兄雄介は人体実験により、感情を欠落させた壊れ物だと言う事実を。口走りそうになるが。俺は今『慶介おじさん』な訳だよ。運命の悪戯か何の因果か分からないが。あの研究所のじいさんと弟の名前が慶介。漢字も呼び名も全て同じ、本当に笑った。そしてチャンスだと思ったんだ。俺があのじいさんと弟になり切る事が出来れば『二つの顔』を有効活用出来ると結論に辿り着いた。見た目は新薬であのじいさんになったが、全てが同じになった訳ではないから。二人を演じるのは簡単な事で、可能なんだよ。
まぁ弟が同じような事を考えているとは思わなかったけど……。
兄雄介と弟慶介の二人を演じようなんて。それも慶介から少し漢字を変えて啓介なんて、単純すぎてうける。茶番だ茶番。そういう抜けている所も弟らしい。兄雄介は慶介になり。弟慶介は雄介になった。
天秤はグラつきながら、空から呟きが聞こえてくる『後悔してないの?』てな。後悔なんて言葉、昔に置いてきたよ。
(なぁ弟。兄が実は生きてるなんて知ったら、どんな顔をするんだ?)
そんな内面の疑問と反対に口走る言葉。
『雄介、子供みたいだな。そんな事でキャンキャン吠えて。そんなんじゃあ冷静な雄介とは呼べないなぁ』
その一言は遠まわしのヒントなのかもしれない。現状ばかり見ているミスに弟は気づくのだろうか。
「吠えてねぇよ。非通知でかけた意味がないだろ。親父正体ばれちゃったし。どうすんの?」
『私達二人の関係性は甥っ子に言ったが、もう今更隠す必要はないだろう』
「邪魔者も消えたし……か」
『消えたよりも、飼いごろしにしてるが正しいだろう。雄介。君がね』
「……今そんな話をしてる時間が無駄だ。雪兎から俺に何の用事?」
『はははは。雄介に用があると言えば『夕月』の体の事だろう』
「ああ、抜け殻ね。しかしまぁ。あちらから接触してくれるとは有り難い」
『お前は目をつけたものは何でも欲しがる』
「じゃないと体売競なんてしてねぇよ」
『それもそうだ』
そうやって俺達は互いの頭脳の確認を言葉の節々から感じ取りながら、雪兎を追い詰める準備を始める。
「「ここからが……はじまり」」