繋がっていた人間関係
時は流れに流れて、ゆちも夕月も消えた。夕月の身体だけ残り、意識を戻さない。雪兎の腕の中で『植物人間』になった夕月はまるで抜け殻。誰が声をかけても、揺さぶっても起きない。眠っているようだが、そこに魂を感じる事が出来ない。
「夕月……目を覚ましてくれよ」
震える声、喉から血が出る程の発狂と涙が部屋中に木魂しながら、孤独の空間へと彩る。雪兎はフルフルと凍えるように、冷たくなっていく夕月を温め続けた。この身体の寿命はもう近いのかもしれない。そう実感しながらも、何も出来ない無力な自分に対して『怒り』を感じながらも、嗚咽をあげる事しか出来ない。そこに遊離も圭人もいない。あの二人は消息不明。この物事から逃げたのだろうか。それとも……。研究所は人が廃れ、廃墟へと化していた。もう誰も『骨の瓦礫』を知るものはいないのかもしれない。
「どうして……」
大切にするのよ、雪兎。貴方の最愛の人を手放してはいけないよ。圭人が裏で手回し、人質になっている母の言葉を思い出しながら、スマホを取り出した。発信元は雄介。雪兎はすがるような思いで、雄介へと電話をかける。夕月を助ける為の条件をのむつもりなのだろう。その条件とは表の主犯格として圭人の代わりに『自主』する事。そして圭人を『ころす』事の二つ。すれば母を助け、難病の治療費も負担してくれるとの内容だった。そうすれば……もう夕月とは二度と会えないだろう。孤独と恐怖でカタカタとスマホを持つ手が震えている。
プルルルルル
プルルルルル
プルルルルル
僕の耳に木魂するのは、刺激するのは呼び出し音だけ。なんでこんな時に出ないんだと思いながらも、言葉にする精神力なんて、残っていない。
「出ろよ、頼むよ。夕月だけでも……」
タスケテクレヨ
プルルルルル
プルルルルル
プルルルルル
鳴り響く呼び出し音の中で少し異変を感じたのは自分が狂い始めている序章なのだろうか。もう分からない。そう自問自答していると呼び出し音は止み、声が流れる。
『はい』
「何で出てくれないんですか!何度もかけているんですよ!」
『その声は……雪くん?』
「あれ……慶介おじさん?」
『どうしたんだい、そんな慌てて』
「なんで……おじさんが……もうわかんねぇよ」
『もしかして、雄介に用があるのかい?』
「え……どうして彼の名を?」
『私の養子だからね』
「おじさんの息子は甲斐でしょう?」
『そうだね、甲斐の義兄になるね、雄介は』
「え」
『色々あってね、養子縁組をしたんだよ』
「そんな事……聞いてない」
『知らなくて当然。身内には誰にも言っていないからね』
「どうなってんだ……」
『知らない方がいい現実もあるからね。雄介にかわるよ。少し待ちなさい』
叔父は何事もないかのように、僕の知らない別人のように冷静に淡々と話を勧め、沈黙の幕を開ける。裏で『雄介、電話だ』と声が遠くから聞こえ、何がどうなっているのかついていかない頭と衝動的に脈打つ心臓の音が加速していく。僕の日常は元には戻らない。もう夕月も元には戻らない。遠くへと流れていく現実を受け止める思考は消え、軽くパニックを起こす自分がいる。
「なんだよ……これ」
僕の呟きは二人の耳に届く事はない。
勿論夕月にも……。