夕月としての最後の記憶
崩れかけていく『骨の瓦礫』人々の血肉を喰らいながら生き延びようとする『それ』はもう誰にも止められないシナリオの一つ。ゆち……あたし、夕月の義姉だった人。もうこの世にはいないだろう。いてほしいと信じたい気持ちもあるけど、圭人が操る『研究所』でゆちの代わりに『夕月』と言う名のあたしを同一人物にしようとする考えを持つ自体で、この世にはいないと推測出来るよね。雪兎から急にゆちから夕月だと言う事実を告げられ、何が真実か分からない状況ではあったけど、最近記憶と頭の中が変なの。まるで自分ではない記憶と行動。睡眠をとっているはずなのに、疲れが取れない。まるで『ずっと起きている』みたいな感覚がして、背筋がゾッとする。そして雪兎があたしを寝かしつけたと『勘違い』した時に、誰かと通話していたみたいだし、チャイムの向こうから運ばれてきた『見てはいけない』モノを雪兎は見てしまったみたい。あたしは思うの。この瞳に映る自らの両手両足は、あたしを欺く為の『ダミー』なんじゃないかと…。本当はあの研究所に保管されてた時の事が現実で、そのショックを夢へと錯覚させる為に用意した『映画』と同じものだと。そうすれば辻褄とこの拭えない違和感の納得が出来る。したくない『納得』だけど客観的に見ると、そういう風に立ち回らないと、この先『夕月』として生きていけない気がするから、強くならないといけないと思うの。
夢か幻想かの狭間で闇に埋もれた『ゆち』と会話をした事があったね。あの時凄く怖くて、自分の中に何か『思い出してはいけない』事が隠されているような怖さが溢れてた。闇のゆちがあたしに見せた記憶は、きっとあたしが記憶を失う前の、幼少の頃のあたしの姿。一番記憶の中から消したい『過去』の一部なのかもしれない。
口に出していいたくない。誰にも知られたくない。この秘密はきっとあたしとゆちしか知らない現実なのだから。これから先、心に封じながら、あたしはあたしへと覚醒していく。背中にこびり付いた苦しみは、少しずつ形を変えながら快楽へと流れていく。色々な思考と感情に苛まれながら、あたしの意識と視界が潤んできた。
(まただ……なんで)
急な眠気。この眠気はただの眠気なんかじゃなくて、意図的に用意された睡眠。自分の顔の部分に糸をつけて引っ張りながら目を動かしているみたい。
(さっきまで…寝てたのに…ど…う…して……)
その独り言を呟く『脳内』の中に響くのは自分の声のみ。そりゃそうだ。ここはあたしの最後の『扉』なのだから。誰もアタシのインナーチルドレンに介入なんて出来やしない。そう思っていた…はずなのに……どうして?あたしの内面を抉るように、幼女に近い存在の子があたしのインナーチルドレンを喰っていく。白いワンピース、右手にはうさぎのぬいぐるみを連れて。ムシャムシャと食べる口元は血でべっとりだ。
「おいしい、おいしい。うち自身はおいしい」
「……だ…れ?」
現在の年齢の自分がどんどん幼くなって自分自身を守る為に『インナーチルドレン』になるあたし。そうやって鏡合わせのように、見える姿は同じ顔。
「ん?うちは癒智やで?あんたも食べる?おいしいよ」
「癒……智?食べるって何を?」
「あははは、そんなんも分からんの?夕月自身の心を食べるんやで。蕩けるわ…美味」
「何を……言って」
「自分を守りたいから自分で心を守ろうとしているんやね。眠りの時間よ…夕月さん?今から目覚めるのはあんたの身体やなくて『癒智』うちの身体の方なんやからね」
「は……」
「あははははは。慶ちゃんの言った通り。あんたは『チョロイ』ね」
癒智と名乗る子供があたしの崩れる意識の中で微笑んでいる。中途半端に壊れた貴女はもっと崩れるべき。二度と戻らない『廃人』になりながら。うちと夕月…二人は混ざり合いながら、一人の人間になるの。うちからしたら『夕月』が邪魔やから。うち一人の身体にする為には、消えてもらわないと困るんよ。圭人なんて言う人はどうでもいい。あの人は表で人を操っているように見えて、本当の仕掛人は慶ちゃんなんやから。うちの創造者の願いのままに、動くの。
うちも……勿論夕月もね……。
闇は訪れる、そこに光はない。