サイン
知る由もしなかった他人からしたら『未知』の世界。当時の俺はそれを簡単な事だと錯覚して軽い遊びのつもりで言葉を操る。そうするとさある人に言われたんだ。
『慶介……お前は闇と光の言葉、深く使いすぎる。人を壊さないようにな』
「ん?言っている意味分からないんだけど、僕何かした?」
『人を殺すのは直接手を出して殺すより、タチが悪いのが言葉で人を殺す事。無自覚なら余計罪だな』
「何を言っているの?僕は周りの大人達がしている真似をしているだけだよ?」
『…そうか、そこまでお前は浸食されているんだな』
「しん…しょく?」
『綺麗さっぱり雄介の事を忘れなさい。そうしたら楽になる』
「ゆう…すけ…?」
『あなた!』
『ああ』
『なんでもないのよ、慶介。早くご飯を食べなさい』
過去にトリップする脳内映像は、永遠と心の中で生き続けている。自分がなりたくてなった環境を消し去るように。そんな事を考えながらも、身体は親父から発せられる『威圧』が全身にビリビリと感じながら、過去の記憶を全てリセットし、消してくれる。凄く有難い事だ。心理の事を考えてしまうと『あの時』を思い出して、ままならない。自分自身で理解している限り、その連鎖から逃れる事は不可能だと思っていた自分がいる。それが正解か不正解かは誰にも分からない。静寂が続く中、俺の…雄介の内面を読み取っているように鋭い眼光を浴びせながら、左手を額に添え、表情を軽く隠す親父の姿が目に映る。
『お前…昔の事を考えて、私の事を忘れていただろう?』
ゆっくり話す親父の口調がバラバラになった雑音のように心にグサリと刺さる。
『私には直接関係ないが、雄介…お前の抱える闇の奥底は沼しかないぞ』
「ふふふ。急にそんな事を言って、俺を混乱させようとしてるの?」
『いや、純粋にそう思ったからな。お前は危ういから』
「危うい?」
『体と魂の結びつきが弱い。人の為に犠牲になりかねないだろう』
冷淡に話す親父の声は氷の雫。耳の奥の鼓膜にコポコポと余韻を与えながら、現実の音をシャットダウンさせようとする。理性よりも本能で動きたい衝動に駆られながらも、記憶の中の雄介が啓介を止める。全ての…『俺達』の計画を潰してもいいのかと、そうやって見えない影になりながらも、背中にべったりと引っ付いている。まるで死者の『魂』のように…。
『まぁいい。女の為に犠牲になるなんて雄介は馬鹿な事しないだろうし、大丈夫だろう』
その口ぶりは雄介と慶介、二人の事、過去、そして壊命骨の瓦礫…全ての事を把握しているサインだったのかもしれない。親父…いいや『彼』は一体何者なのだろうか。その時の俺には分かる余地もない。